ここからの覚醒は絶望すぎる!
3月に入ってしまうかもしれない(15日)
本当に申し訳ありません。
さて、今日もまたあたし達は管理の魔女さんのいる部屋に来た。もう正直嫌になる……って言いたいところなんだけれど、これでお終いらしいから我慢することにしよう。
……ん? だってもう2週間ここと安全地帯の往復してたんだよ? こうしなきゃいけないことも、こうするのが正しいことも分かってはいるんだけどね……。地味というか面倒というか、少なくとも進んでやりたくなるものじゃ無かったんだよ。
「これでやっと終わりですか。長かったです」
だから、あたしはしみじみそう思う。
「これから本番だと思うんだがな……。こういうの嫌いか? 俺はいかにも攻略してるって感じがするから、結構好きだぜ?」
「好き嫌いは置いておくとして、戦いとは本来こういうものではないか? 魔女様に対してこれを行うことになるとは思ってもいなかったが」
そういうものなのかなぁ。あたしには分からないや。
「さて、そろそろ行こうぜ。2人とも、パターンは覚えているな?」
あたしたちは頷き、そして、扉を開ける。
そう、管理の魔女戦はMMOの王道も王道、しかもそのど真ん中であると言う『パターン覚えゲー』らしいのだ。
「少々手間だが、探せるぜ。魔法を内包した物とやらを」
2週間前、ちょうど目の前の部屋から命からがら出てきた直後に、イコールさんはそう言いきった。
部屋から出るだけで寿命が縮みそうな体験をしたのに、どうやったらそんなことできるのか。あたしには想像もつかない。
「そんなこと出来るんですか?」
どうしても言っていることが信じれなくて、思わず口から出た言葉に、イコールさんは苦笑いで応える。
「まぁあくまで予想だ。しかもたった数分しかて……魔女様の戦い方を見れなかったからな。確度は低い。だが、多分出来ると思う」
確度が低いというわりに、妙に自信ありげなイコールさん。一体どういうことなんだろう?
「イコール君、それはどんな方法なんだ?」
ブレンネさんが真剣な顔で尋ねる。
「1から説明するぜ。まず俺が気になったのは、何故か攻撃の前に余計な行動が行われること。入ってすぐ、槍の射出の前の咆哮。剣を出現させた時や魔法を使った時も、行動は手を突き出してからだった」
「確かにそういうことをしていたな。それがどうかしたのか?」
「あぁ、どうかするんだぜ。この世界で今まで戦った相手はどいつもこいつも事前動作が無かった。動作が遅かったりしたことはあったがな」
この頃戦ったボスたちを思い出す。いきなり不可視の攻撃を放ってきたり、怒りの悲鳴とともに姿を消したり……鞭を振り上げるのは攻撃モーションの一部かな?
確かにイコールさんの言うとおりかもしれないけれど、それがどういう意味なのかは分からない。
「そしてもう1つ。ソウが本に触った瞬間に、魔女様は攻撃を中断してワープしたこと」
「あたしが狙われたのはランダムじゃなくて、必然だったってこと?」
「俺はそうだと思ってる。で、ここから考えられる魔女様との戦いかたは、『事前に下調べして相手の攻撃パターンを全て覚える』だ」
イコールさんは懐かしそうに語る。
「このごろのゲームは、フェイントとかも普通に使ってくるようになって、かわりに攻撃力が下がったから、こんなことしなくても良くなったけど、昔は魔女様みたいなのばっかりだったんだぜ? 誰かが1回ミスしたらパーティーが壊滅とかもざらだったな……懐かしいぜ」
「……懐かしいの?」
それって面白いのかな? まぁでも、実際にやったことがあるイコールさんがそうだと言うんんだから、少なくともその時は楽しく遊べていたんだと思う。
というかイコールさん。これの前にもネットゲームやってたんだね。
「少々何を言っているか分からない所があるが……事前の下調べと言うのはまた王道だな。知性あるものに通じる手ではないが、今の魔女様に考えて何かをするということは出来ないだろう。やってみて損はない作戦だな」
ブレンネさんが同意を示したのを聞いて、イコールさんはあたしの方を見る。
「イコールさんがやる価値があると思うなら、あたしもやってみたいです。ただ……あの感じだとその『下調べ』も大分危険なんじゃないですか?」
「まぁ危険だろうな」
あっけからんとした感じで、イコールさんは答える。
「だから、お前には出来る限り下調べには参加しないでもらう。本当は俺1人でやりたいところだが、それだと時間がかかりすぎるからブレンネさんには手伝って欲しい」
「私なら逃げまわることに徹すればあまり危険はないだろうからな。……音攻撃は勘弁だが」
「いつ叫ばれるかってのもきちんと見てかなきゃならないな。まぁもろもろ全部見てくのに2週間もあれば十分だろう」
「え? 2週間?」
思った以上に長いんですけど……。
「うむ、妥当だな。早速何から見ていくか決めようではないか」
「どっからがいいかな……やっぱり初撃のあれから調べてくのがいいか」
「咆哮があると私は動けないからな。さてどうやって――――」
2人は議論に熱中しだす。うーんついていけないなぁ。でもまぁ、これでなんとかなるなら、それはそれでいいかぁ……。
そして、昨日やっと下調べが終わり、念の為の最終確認も済んだというわけ。本当に長かったよ。後半一週間はやることが色々あったからまだ良かったけど、前半は本当に、誇張表現とかじゃまるでなく、見てるだけだったからね……。
「ソウ、大丈夫か? 気を抜いてるとすぐやられちまうぞ?」
「う、うん! 大丈夫大丈夫。早く入ろうよ」
そして、あたしとイコールさんが部屋の敷居をまたいだ瞬間、飽きもせず黒い影は咆哮する。
けど、そんなことはどうでもいい。
「走れ!」
イコールさんとあたしと、そして部屋に入らないことで、人間の姿のまま叫び声を聞いたブレンネさんは一斉に部屋の角へと走る。イコールさんとあたしは左手前へ、ブレンネさんは右手前へ。そして、研究資料のようなものが置かれた机の上に、行儀が悪いけど土足で登ってしまう。
あたしは早速その場所を調べ始める。見落としそうで怖いなぁ。緊張する。
「槍の射出が始まった! 後15秒で調べるのは終わりだ!」
あたしの後ろで、ゲーム機のメニューからストップウォッチを開いていたイコールさんが叫ぶ。黒い槍はぎりぎりここには届かない。雨のように降るそれが地面に突き刺さる音を聞きながら、あたしは必死に探したけれど、見つからない。まぁこんな簡単に見つかるわけないよね。
「5・4・3・2・1・散れ!」
槍が全て着弾する前に、あたし達は再び走りだす。イコールさんは左の、ブレンネさんは右の、そしてあたしは入り口の壁際へ移動。さて、どこに来るかな?
影は、空中に生み出した黒い球体からやっぱり黒い剣を取り出し、滑るように動き出した。
あたしの元へ。
ふぅ。攻撃が始まる前に大きく息を吐く。大丈夫、落ち着いてやれば3撃はかわせる。そのあとは打ち合わせ通りだ。
恐ろしいスピードで近づいてきた影は、そのままの勢いで上段から剣を振り下ろす。横へ避けると、あたしを追うように横へ切り払ってくる。屈んでよけて、再度の振り下ろしの前に、前転の要領で影の懐に飛び込む。。
明らかに剣の間合いじゃない。もちろん魔法の間合いでもない。だから、影は必ず飛び退る。そして、もう一度剣を振りかぶる前に。
「――――ッ!」
影は目の前から消え去り、わざと本を触ったブレンネさんの元へ。そして、本を触ったその場所に剣を突き付ける。勿論、もうそこにブレンネさんはいない。影は壁から剣を引き抜くと、山犬に近づいて、剣を振るい始める。
ブレンネさんが剣を軽くあしらっているのを確認して、あたしは再び角の机へ。
「後10秒」
一足先に左奥の机を探していたイコールさんが、ストップウォッチを確認して言う。
うん、確かにこれは覚えゲーだね。攻撃パターンを覚えてればなんとかなる。集中力を切らさなければ、だけど。
切れる前に見つけられるかが勝負。分かっているから、後10秒探し物に全力を注ぐことにした。
そこから1時間、探せたのは15分くらいかな? それでも全ての角の机は見終わった。けど、目当てのものは見つからない。ブレンネさんは「見れば一瞬で分かるはず」だって言ってたけど……。見落としたってことかな?
「ソウ! ぼうっとしてるとって、うわ!」
「イコールさん!」
あたしに気を取られていたイコールさんは、影の反応する領域へ入ってしまった。
それに対する今の返しは確か……闇力注刺? あれはダメ!
「ブレンネさんお願い!」
山犬が応えるように短く吠えた。あたしも、影の気を少しでも引くため領域内に踏み入ろうと駆ける。
イコールさんが闇のナイフの第1投をなんとか避けたところで、影があたしに反応。黒い小球が回る右腕を振りかぶる。
大丈夫。飛んでくるナイフは魔法を当てれば相殺出来る。わざわざ確認したんだから間違いない!
意気込んで呪文を詠唱する前に、ブレンネさんが飛び込んできた。再びターゲットは切り替わりブレンネさんへ。影はあたしに背を向ける。
そう、背を向けた。近くにいるときは大抵こちらを向いて攻撃を仕掛けてくるから、この距離で影の背中を見るのは、初めてだった。
そして、あたしは視認する。影の背中に貼り付いた、どす黒い瘴気を放つ直方体を。
見れば、同じく背を向けられたイコールさんもあれを確認したみたい。あたしは退避しながらイコールさんに合流。
「イコールさん、あれって」
「ブレンネさんが言っていたのに間違いないだろうな。まぁ確かに、破壊されちゃまずいもんなら、あいつにくっつけておくのが一番安全だ」
安全だから、あたしたちは困ることになる。
「どうしますか? 1度引いた方がいいんと思うのですが」
「まだ時間もあるし、ブレンネさんの話を聞いてからでもいいだろうよ。とりあえず次の攻撃を避けるぞ」
影が部屋の中心へ移動する。次の攻撃は槍の射出みたい。
「ブレンネさん! こっち!」
訝し気な……犬の表情は分からないけど、多分訝し気な表情であたし達のいる角まで来てくれた。
角がぎゅうぎゅうになっちゃったけど、槍に当たるよりはましだよね。あたしはブレンネさんに気付いたことを話す。
「ふむ……魔女様の背中に魔法を内包した物が、か。破壊するしかないだろう」
ブレンネさんはやる気みたい。どうすればいいんだろう?
「さっきみたいに近距離攻撃の時に連続で近づけば、攻撃を当てれれるんじゃないか?」
ストップウォッチを見ながらイコールさんは言う。
「確かにそうですね……。魔女様自身じゃなければ魔法も聞くかもしれないです」
机の下から「ぐるる……」と唸る声が聞こえる。多分、悩んでいるんだろう。
「それでやってようか。魔女さまがイコール君を狙ったところで私が突っ込み、後ろからイコール君とソウ君で攻撃だ」
「分かりました」
「了解したぜ」
タイミングを見計らって散らばり、次の攻撃を待つ。
影が近づいたのは、丁度良くイコールさんだった。その瞬間、ブレンネさんは走りだす。あたしもイコールさんの後ろに回る。
と、ブレンネさんに影が反応する。そして、イコールさんが駆け出した。あたしも呪文を詠唱する。イコールさんが近くにいるから炎力爆発は使えない。それならいつものあれだね。
《雷力開放!》
青く輝く剣の軌跡と雷光が、がら空きの影の背中に打ち込まれる――――
はずだった。
キッ、と振り返った影が右腕を突き出す。その手にはまた黒い小球。その小球はあたしの電撃は吸い込まれ、その手に斬りかかったイコールさんは吹っ飛ぶ。壁際だったから速度が上がりきる前に当たったみたい。
教会のような場所の地下で見た嫌な光景を思い出す。これは……物理反射だよね? 情報開示じゃ出てこなかったのに! あの黒い球の効果ってこと?
色々と新しい情報が多すぎるね。作戦を立て直すべきな気がする。
「一旦引くぞ!」
ブレンネさんの号令で一斉に出口へ向かう。が、無慈悲にもバタンと扉が閉まる。え? 嘘でしょ!?
と、そこで
パリィィィィィィィィィィィィィィン
部屋中に何かが割れる音が響き渡る。あたし達は全員部屋の中の方に振り向く。
割れたものは、本についていた鎖だった。
「……どういうことだ?」
イコールさんが呟く。本についている鎖が壊れた。鎖って本を『管理』するものだよね。そして影は『管理の魔女』……。
「あっ」
気付いてしまった。この鎖、魔女様が作ってたものなんだね。そして、影はその『管理』を放棄した。つまり――
と、そこでいつの間にか中央に移動していた影が、ふわりと宙に浮く。
身を縮込めながら浮かび上がっていく影を見て、あたしは一歩後ろにさがって……いや違う、これはブレンネさんの耳を塞がなければいけないパターンだ!
あたしの直感大当り! 力を開放するように身を開き、強烈な咆哮を放つ。それと同時に影はスタッと床に降りた。正直、あたしも頭がくらくらするレベルだよ。
影は直方体から出てたのとは比べ物にならないほどのどす黒いオーラを放っている。この図書館の管理を放棄して、戦いに全力を注いでる……ってことかな?
「覚醒……だと?」
「完全に殺しに来ているな……」
正直、絶望しかない。でも逆に考えればあの直方体壊すのがあたし達のすべきことって言うのははっきりしたね。
「イコールさん、ブレンネさん」
あたしの表情を見て、2人も真剣な顔になる。言葉にしなくても、言いたいことは伝わったみたい。
「んじゃあ、さっさと終わらそうか」
震えのない声で、イコールさんは言う。山犬はそれに頷き、もちろんあたしも同意する。
「はい! 行きましょう!」
本を読むためにも、状態異常を解除するためにも、そして、このクエストをクリアするためにも、ね!
絶望すぎてはない気がしなくもないですね。
作中の雰囲気の通り、後1、2話程度で今やっているお話は終わります。
その後の予定は考えている最中ですので、まとまり次第活動報告に書いておこうと思います。