分かってたけどギリギリすぎる!
目の前にはニコラス・フラゲラムという名の大ボス。ボス部屋の仕様で逃げ戻ることは出来ず、そして、後たったの20分でタイムリミットを迎えてしまう。あたし達を振り出しに戻すタイムリミットが。
そもそもあたしが安全地帯の中で本を読むとか馬鹿なことをしなければこんな事にはならなかったのに……。
「ごめんなさい……」
呟いた瞬間に、目の前のイコールさんが叫ぶ。
「そう言うのは本当に駄目だった時にしろ! 今は全力を尽くせ」
その言葉は、あたしの安っぽい罪悪感を、遠く遠くに吹き飛ばしてくれた。2人に謝るためにも、こいつは20分で倒さなきゃ!
そのために、まず必要なのは情報だよね?
《情報開示!》
ポップアップしたウィンドウにざっと目を通す。魔法耐性持ちで、状態異常無効。魔導書を取りに来るのはもちろん魔法使い。だから、魔法に強くなっているのに違和感はないけど、なんだか出鼻をくじかれた気分。
まぁいいや。それで、弱点は……一部部位のみ全属性? なにそれ? 初めて見たよ。
「イコールさん、ブレンネさん! 敵はなんか……弱点部位? があるみたいです!」
ボスの振るう鞭を避け、1度後退したイコールさんが聞き返す。
「弱点部位?」
「攻撃が通りやすい場所があるということだな? イコール君は左足から攻撃していってくれ、私は右からやる」
「じゃああたしは上半身から狙えばいい?」
「あぁ、よろしく頼む」
白い山犬は答えるやいなや、再び鞭を持った法衣の男に駆けて行く。次の瞬間には技が発動して、赤いエフェクトが彗星のように尾を引きながら、ボスの右足に突き刺さる。
でも、ボスは態勢を崩しさえしない。直後に振り下ろされた鞭を、ブレンネさんは軽やかに避けた。右足は弱点部位じゃないみたいだね。
攻撃後の硬直を狙って、イコールさんも技を発動。青い光をまとった剣身が、敵の脛に、腿に一本の斬線を描く。
ボスは何も言わずに後退する。弱点部位をやられたから、じゃなくてダメージを受けたからって感じの下がり方。そして、鞭を持った右手を振り上げる。
「やらせない!」
あたしはボスの、無防備に空いた胸へ魔法を撃つ。
《炎力爆発!》
放たれた火の玉は、まっすぐ敵の上半身へと向かう。そして、触れた瞬間
『グゥァアアアアアアァアアアアアアアッ!』
爆発音をかき消すほどの叫び声が、この部屋を震わす。耳を塞ぎながら敵のHPを確認すると、耐性持ちであるにもかかわらず、しっかりとダメージが入っていた。
あたしは、ブレンネさん……はさっきの音でダメそうだね。イコールさんに目配せする。意図を読み取ってくれたイコールさんは、再び剣身に青いエフェクトをまとわせる。
敵の目の前で飛び上がり、回転しながら1度2度。ボスの上半身に×字を刻む。かなりの大技だね。これで大ダメージが入る!
が、ボスはびくともしていなかった。
え、嘘? なんで? あたしがそんな風に取り乱している間に、ボスは技使用後の硬直状態にあるイコールさんへ鞭を振り下ろした。
轟音。鞭が地面を抉った。
「イコールさん!?」
叫んだのとほぼ同時に、巻き上がった土煙の中からイコールさんを咥えた山犬が出てくる。
「間一髪だったな」
「悪い。だがあれは……どういうことだ? 魔法は最初から弱点なのか?」
「弱点どころか、耐性持ちです」
「はぁ?」と、目を見開くイコールさん。
「確かに弱点を突いたにしてはダメージが少なかったな」
じっくり理由を考えたかったけれど、ボスはそこまで待ってくれなかった。ニコラス・フラゲラムは前方にバシンッと鞭を叩きつけ、叫ぶ。
『偏りし力を持つものに我は倒せぬ!』
そこから10分ぐらい、泥試合が続いた。
相手の動きはそこまで速くない。だから回避もできるし攻撃も当てられる。が、HPが減らない。どうやらこの敵、物凄く硬いみたい。なんでこういう時に限ってこういうボスなんだろう……。
残り時間は、後5分
「弱点突かなきゃ、絶対倒しきれないけど……」
なぜか、魔法以外では弱点判定にならない。何度試しても、イコールさんとブレンネさんの攻撃は弱点ヒット扱いにならない。
一体どうしたら……
「ソウ!」
呼び声で我に返り、目の前を見ると、ボスがあたしの目の前で鞭を持つ手を天高くに突き上げている。
回避するよりも……迎撃かな?
《雷力開放!》
大きなボスの更に上から雷が突き刺さる。
『グゥァアアアアアアァアアアアアアアッ!』
今日何度目かの怒号と共に、法衣の男は部屋の中央まで飛び退る。そして、左手にも鞭が生まれ、その両方を地面に叩きつける。
「怒り状態?」
HPは残り6割弱。ただでさえ面倒なのにここから更に強くなるなんて……もうどうしようもないの?
『偏りし力を持つものに我は倒せぬ!』
さっきも言っていた台詞を、ボスはまた叫ぶ。
それが一体どうしたっていうの!? ここにいるのは魔法使いだけじゃないのに!
と、そこまで言って気付いた。
このボスの攻略法に。
あたしは大急ぎで魔法を唱える。
《爆呪炎!》
男の法衣を、赤黒い炎が渦巻く。そしてそれと同時に――――
「「なっ?」」
男の胸に赤い肉の塊が現れる。これがきっと弱点部位なんだ。物理攻撃で弱点に当たらないわけだよ。弱点部位が魔法を当てた時にしか現れないなんて!
一定時間出っ放しのこの呪文がなかったら本当に詰んでたじゃん!
「ど、どういうことだ!?」
「理由は明日! 速く!」
残り時間は後3分。しかも相手は怒り状態で何してくるか分からない。急がないと!
赤い光と青い光が左右で光り、胸の塊に向かう。あたしも敵の近くまで走る。
「はぁああああああああああああああああ!」
イコールさんの剣が正確に3度肉塊を斬り、
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオン!」
山犬の爪がそれを深く抉った。
一気にHPが二割減る。この調子なら、もしかしたら!
あたしはもう一度呪文をかけ直し、着地したブレンネさんの耳を塞ぐ。
「んがぁ?」
犬の口から不思議そうな声が漏れた瞬間
「――――――――――ッ」
法衣の男が声にならない悲鳴を上げる。犬の耳には辛い音だと思うけど……?
「ブレンネさん、大丈夫ですか?」
山犬は頷き、またボスへとかけていく。
2人のラッシュによってボスの体力は1割、2割と減っていき、そして
「ったく、てこずらせやがって」
イコールさんが肉塊を真っ二つに切った瞬間、ボスのポリゴンは爆発四散した。
「やった! やりましたねイコールさん!!」
「あぁ、お前のおかげだよ。どうやって弱点を出したんだ?」
「それはですね……」
「2人とも、そういう話をするのはまだ早いぞ!」
そうだった。ボスを倒しても、安全地帯にたどり着かなきゃ意味無いじゃん。
メニューから時間を確認する。後……1分?
「乗れ!」
戦闘が終わったことによって人間に戻っていたブレンネさんが、山犬の姿になる。あたし達が乗ったと同時に、出口の扉へと走りだした。
音より速いんじゃないかと感じるほどの強烈な加速度。イコールさんの背中になんとか縋り付き、耐える。
数秒後、回廊の出口が見える。見えたと思った時には、部屋に入っていた。絨緞が敷かれ、ソファとクリスタルガラスのテーブルが置かれた応接室のような場所だ。
その調度品を蹴散らしながら山犬は止まり、ブルブルとあたし達を振るい落とす。
「おい、いきなり何すんだよ!」
《遠く遠くへ行きたいという願いを……》
ブレンネさんは答える代わりに呪文をつぶやいている。時間は後15秒。
《……空間を可変とし、重複させ……》
間に合って、間に合って、間に合って! もう、後は願うしかなかった。
《……偽りの場所は、今真なる土地となる!》
呪文を言い切ったか、言い切らなかったか。
その瞬間に、無機質な『error:ネットワークに接続できません』というポップアップがあたしの目の前に表示された。