図書館の中がダンジョンなんて嫌すぎる!
ログイン時の白い光が、視界から消え去り、落ち着いた色の天井に移り変わる。ブレンネさんの家の客室のベッドに
、あたしは寝そべっていた。
死神のようなモンスターを倒した後、あたし達はそれぞれ別の客室に通された。そこに置いてあった、つまりこのベッドがあまりにも柔らかそうだったから、回線が切れる直前まで寝そべっていたんだよね。
ログアウトした時の状況が、ここまで再現されるんだ……。
上の空で考えていると、部屋のドアがドンドンと、乱暴にノックされる。
「開けるぞ!」
あたしが答える前に扉は開かれた。デリカシーの欠片もない! そう抗議する前にイコールさんはまくし立てる。
「待ちくたびれたぜ。北の図書館に向かうぞ」
「え? あ、うん分かった」
迫力に押されて抗議出来なかった!
うぅ、言う機会を逃しちゃった気がするよ。まぁあたしが待たせていたみたいだし、ここは見逃してあげよう。
あたしがベッドから起き上がるのを見届けずに、イコールさんは部屋の外へと走り出す。
「待って!」と、言っても聞きやしない。ちょっと急ぎすぎじゃない?
イコールさんを追って、ブレンネさん宅を出たあたしは村の中を駆けていく。すれ違う人々から、昨日のような訝しむ目線を感じられない。
どうしてだろう、と首をかしげたところをちょうどイコールさんが振り返って見た。
彼は足を止めずに答える。
「ここの人達は昨日のモンスターに、大分悩まされてたらしくてな。あの男が倒すのに貢献してくれたって話したら、ころっと評価を変えやがった」
どうやらあの死神を倒したことは、あたし達にとってかなりいい方向にころんだみたい。
でも、それならここを急いで出る理由はどこに?
「じゃあ、なんでこんなに急いでるの?」
「一番の理由はお前だよ。ダンジョン1つ攻略しなきゃならないんだぜ? 時間が限られてるなら、急ぐしかないだろ」
「ダンジョン?」
何の話かさっぱり分からない。あたし達がこれから向かう場所って、図書館でしょ?
聞こえなかったのか、無視されたのか。イコールさんは答えずに走り続ける。まぁいいや、行く途中で聞かせてもらおう。
村の出口が見えてきた。その近くにはブレンネさん――だけどブレンネさんじゃなくて、大きな白い山犬がいる。
今は戦闘状態じゃないから、ブレンネさんはわざわざモンスターになってるってことだよね?
なんで? と疑問に思う前に、イコールさんがその背に飛び乗った。なるほど、モンスター状態でなら、あたし達を乗せて移動できるってわけね。
イコールさんがあたしの伸ばした手を握り、引き上げてくれる。白いふかふかの毛が気持ちいい。何時間乗ってても疲れなさそう。
山犬の切れ長の瞳が、ちらりとあたし達をみる。あたしがきちんとまたがったのを確認して、山犬は走りだした。
スピードだけなら、グリフィンにも勝るほど速い! 図書館は村の近くはずだから、すぐに着いてしまいそう。いやでも、目的地はどこかのダンジョンなのかな?
「イコールさん、さっきダンジョンを攻略しなきゃって言ってましたが、どういうことですか? 管理の魔女さんを助けに図書館に行くべきだと思うのですが?」
あたしの前に座る彼は、手をヒラヒラと振って答える。
「別にその2つは相反することじゃねぇだろ?」
あたしはその言葉に数秒間首を傾げ、そして驚きの答えに達する。
「え!? もしかして図書館の中がダンジョンなんですか!?」
耳を手で覆いながら、イコールさんはこくこくと頷く。
「そうだが、そんなに驚くことじゃねぇだろ」
「本が置かれ、本を読むためにある神聖な場所を、モンスターが跋扈するダンジョンにしてしまうなんて許せません! 運営に文句を言わないと!」
「……いや、お前が運営に言わなきゃならないことは、それ以外にたくさんあるとおもうぞ?」
わざわざ振り向いて「1度冷静になれよ」と、呆れ顔で言ってくるイコールさん。
あたしは深呼吸をする。酷い状態にあるなら、まず自分でどうにかしようと思わなきゃ。他人に頼るのはその後!
「落ち着いたよ! もう大丈夫」
「本当に大丈夫か……? まぁいいけどよ」
そう言って、前に向き直ったイコールさんに、あたしはさらなる疑問をぶつける。
「でも、1度ブレンネさんが魔女さんのところまで行っているんですよね? ルートが分かっていれば、そこまで時間はかからないと思うのですが」
「前回は機動力に任せて大幅にショートカットしたらしい。ほとんど参考にならないだろうな」
「え? 機動力に任せて? ということは、もしかしてブレンネさん本棚を踏み越えたり、本に爪をたてたりしてたん――」
話している最中に突如、まるで首を振るかのように山犬の体が揺れる。振り落されそうになって、思わずイコールさんの体をぎゅっとしてしまった。
「んなぁ!?」
イコールさんが変な声を上げた。あたしはすぐに手を離す。
「ごめんなさい。苦しくなかったですか?」
「……ダイジョウブダ。ゼンゼンクルシクハナカッタゼ」
「本当に大丈夫ですか?」
日本語がうまく言えてないように聞こえるんだけど……。
こちらに顔を見せないまま、イコールさんはコホンと咳払い。
「まぁとにかくだ。あれだけ体を振って否定してるんだから、お前が懸念するようなことは一切ないと思うぜ」
何事もないかのように話を戻してきた。片言だったのも治ってるし、大丈夫そうではあるけれど。
「そうですよね。ブレンネさんがそんなこと、するわけないですよね」
一瞬、山犬の体がビクッと痙攣したような。気のせいだよね?
うーんでも、図書館の中がダンジョンかぁ。どういう経緯でなったんだろう? そしてその本は読むことが出来るのかな? 確認することは出来ないけど、すごく気になる。
首をひねって下げていた目線を、イコールさんに意見を聞いてみようと上げた時、ついに目的地が目に入る。
遠くからみただけで、かなりの大きさの建物だって分かる。図書館というより、巨大な教会のようだ。
「思ったより早くに着きそうだな。先にこれを渡しておくぜ」
数日前のように、『equalからプレゼントが届きました。受けとりますか?』とポップアップが出てくる。
「え? すごい……」
渡されたものの内容は、前と同じ回復アイテムの合成素材。ただ量も質も違う。特にMP回復アイテムの合成素材は、前回の数倍の量があるだけじゃなくて、wikiでしか見たことのない高ランクものまである。思わず声が出るくらい豪華だ。
「こんな量いったいどうやって?」
「村の人達がくれたんだよ。餞別にな。あの村、今の状態になる前は回復アイテム、特にMP回復アイテムの合成素材の生産地だったらしい」
「もしかして、ここが王都から切り離された理由ってそれなのでは……」
「ゲームが始まる前の話だからなんとも言えねぇけどな。それよりは、あの建物のすぐ近くにあるからってほうがありえるんじゃないか?」
「たしかにその通りですね」
魔導書が大量に保管された図書館に行けないように、あるいはMP回復アイテムが手に入りにくくなるように。どちらにしろ魔法使いに不利なもの。
アスミさん達じゃないけれど、このクエストが、ムカつく『教会』に一矢報いれるものにならないかなぁと思いながら、あたしは山犬に揺られるのだった。