珍しい状態異常だからってこんなことが出来るのはダメすぎる!
モンスターが出現したのは、あたし達が入ってきたのと反対側の出入口。既に兵士が戦い始めているけれど……戦況は芳しくなさそう。
ボロきれをまとった幽霊に翻弄される兵士を見て、ブレンネさんが言う。
「加勢するぞ」
声が届いた瞬間、彼の姿がぶれた。
彼がいた場所には、白い毛の、まるで不気味な土面を被った少女が乗っていそうな、大きな山犬がいる。
山犬は「ワオォオオオオン」と遠吠えして、兵士の前に飛んだ。その爪の一振りで、その牙の一噛みで、幽霊は悲壮な声を上げ消滅していく。
加勢する必要を感じさせない無双っぷり。あたしは一応イコールさんに聞く。
「あの山犬……ブレンネさんだよね?」
「どう考えてもそうだろ。あれはブレンネさんだ! って気合を入れて見てみろ」
言われたとおり、あれはブレンネさんだあれはブレンネさんだ……と思いながら山犬を見てみる。すると確かにブレンネさんとして見える。爪が鋭くなっていたり、長い牙が生えていたりしてるけど。
「もしかして、今のあたしも気合を入れないと、汚いお婆さんに見えるの?」
イコールさんは間を置かずに口を開いて、そのまま止まる。多分なんの考えもなしに発言しようとしたんだと思う。
数秒たって、彼は言いづらそうに、あさっての方向を見る。
「まぁ、そういうことになるか、な?」
「………………」
そう見えるんだね、やっぱり……。この状態異常を早く直さなきゃいけない理由が、また1つ増えてしまった。
「それよりもだ! これで「今の私」じゃ太刀打ち出来ない理由は分かったな!」
あたしの沈黙に耐えかねたイコールさんが、大声で空気をかき消しにかかる。
「どういうことですか?」
「モンスターとしてのあいつは山犬。だから魔法が使えなくなって、弱くなった。ってことを言いたい
わけだ」
「なるほど……でも、あの動きですよ? 少なくとも物理攻撃は今のほうが強いと思うのですが」
戦うブレンネさんを見て、あたしは言う。
「お前みたいな魔法の使うなら、わざわざ「攻撃補助の魔法」なんて言わないと思うぜ? 多分、俺らがまだ知らない、物理攻撃系の魔法使いだったんだろうな」
物理攻撃と魔法って、相反する言葉だよね? あ、でもこれがある。
「魔導騎士……とか?」
「そんなところだろうな」
そう言って、彼は前線へと向かってしまった。
話をぶつ切りにしていくなんて! と思ったけど、周囲を見回せば、戦闘に参加しないあたしを訝しげに兵士が見ている。これは仕方ない状況だね……。
あたしは視線に気付かない振りをして、呪文の詠唱を始めることにした。
あたし達が戦闘に参加して数分後、あっという間に幽霊を倒しきり、戦闘状態が終わる。
あたしを睨んでいた兵士達も、ホッとした表情を浮かべている。なのに、人間の姿に戻ったブレンネさんは怖い顔を浮かべたまま。
「どうしたんですか?」
あたしが話しかけた一瞬後、少しだけ表情を柔らかくしたブレンネさんは答える。
「いつも現れる、ひときわ大きなモンスターが見当たらなくてね。どうしたんだろうかと思っていたんだ」
「まさか陽動か!?」
あたしの後ろで話を聞いていたイコールさんが、村を囲う柵に沿って走っていってしまった。
この幽霊達を囮にして、その大型モンスターは他のとこから攻めてくるってこと? 考えづらいけど、いつもいるのに今日だけいないっていうのは、確かにおかしい。
それに、メタな話になっちゃうけど、ここにいたモンスターを倒したのに、ミッション完了のポップアップが出てない。これはつまり、まだ倒すべき敵がいるってことじゃない?
あたしはブレンネさんの方を見る。
「あたしもイコールさんを追います!」
そう言って、走り出────そうとしたら、腕を捕まれた。
「待て、私も行こう」
そう言うと、ブレンネさんは兵士達に、このまま村に戻り、異常がないか確認するよう指示して、あたしを見る。
決断が早い! 魔女様と比べて、自分は全然みたいなことを言っていたけれど、やっぱりこの人もすごい人なんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、あたしは頷いて、イコールさんが向かったのと逆方向に走り出した。
村の外周を、多分4分の1ぐらい走ったところで、大きなモンスターが目に入った。ぼろきれのような服を着ているのは、さっきまでのモンスターと同じだけど、こちらは死神の大鎌を構えている。見ているだけで、魂を吸いとられてしまいそうな綺麗な刃。死神ってところかな? 今までのとは格が違う。
その後方には、走ってこちらにやってくるイコールさんが見えた。こいつは1人で相手でできるモンスターじゃない。いちかばちかで逆方向に走って良かった。
ある程度近づいたところで、あたしは歩みをとめる。とりあえず情報が必要だよね?
《情報開示》
相手のステータスや特性、弱点が目の前に表示される。ほとんどの状態異常が無効化されちゃうけど、氷属性のバインドだけは効くみたい。弱点も氷属性。変な特性はないし、知らせないとまずそうな技も…………あるじゃん!
2人に向かって叫んで伝えようとして、でも死神が山犬に向かって、大鎌が降り下ろそうとしてるから、あたしはかわりに呪文を叫ぶ。
《氷力束縛!》
死神の足元から氷がわき出る。弱点だったからかモンスターは怯み、振り下ろし攻撃はキャンセルされた。ついでにバインドもつく。
ここぞとばかりに攻め込もうとしている2人に、あたしは再度、叫ぶ。
「周りから見えなくなる技を使ってくるみたい! 気を付けて!!」
多分、暗殺者のハイディングのモンスター版。隠れた後の1撃目は、見えない状態のまま攻撃してくるはずだから、かなり危険だ。
出来ることなら使われる前に倒したい。あたしは、氷属性の魔法でダメージを与える前に、唱えておきたい魔法があったのを思い出す。
《削力解放! 削力減少!》
灰色のエフェクトと共に、敵のHPが1割以上減る。やっぱりHP削りは強い!
モンスターが動けなくなったところで、死神のすぐそばに赤と青のエフェクトが発生。イコールさんとブレンネさんは、隙だらけの巨体へと、大技を叩き込んでいく。
残り体力は7割くらい。あたしが今度こそ氷属性の魔法を放とうとした時に、死神が叫ぶ。
「キィイイイィイイィイイ!」
ガラスを引っ掻いたような悲鳴が、辺りに響きわたる。反射的に耳を両手で塞いで、座り込んでしまった。音がやんで顔を上げた時には、モンスターはどこにもいなくなっていた。いや多分、見えなくなっている。
そして、モンスターがもといた場所の近くで、うずくまる山犬。あたしは慌てて駆け寄る。
「ブレンネさん、大丈夫ですか!?」
山犬の姿がぶれて、人間に戻る。
「先程の悲鳴のせいで、頭が割れるように痛い……」
もしかして山犬になっているせいで、聴覚が良くなってるのかも。だから、音の攻撃には弱いんだ。
「いつもはどうしてんだ?」
イコールさんの問いに、彼はゆっくり首を振る。
「1人でここまで体力を減らせたことはなくてな……。いつもは日が登り、あいつが消滅するまで、注意引き付けている」
注意を引き付ける……?
あたしが首を傾げた瞬間、イコールさんが青い顔をになる。
「冗談じゃねぇ! ソウ、出来るだけ範囲の広い魔法を村の方に撃てってくれ!」
「え? うん、いいけど?」
あまりの焦りように驚きながら、あたしは呪文を唱える。
《凍てつく大地》
凍てつく地面は前方へと広がっていく。そして柵の直前で、氷が何かに触れる。
攻撃が当たったことによって、死神の姿があらわになる。なんであたしたちに攻撃してこないの?
「あいつの目的は村を攻めることなんだろ? だから隙があればあっちにいくはずだ」
イコールさんは苦々しく吐き捨てて、移動できなくなっている死神へと走る。
そうだ、なんにせよ敵が見えている間に攻撃しないと!
《氷力解放!》
氷のつぶてが敵を襲う。そのいくつかはヒットしてHPを減らし、避けられたものは村の柵に当たった。
そして、当たった木の板は凍りつき、パリーンという音ともに、消滅してしまった。
「嘘でしょ!?」
いやだから、いくらあたしがモンスターだからって、出来て良いことといけないことがあるよ! 絶対調整間違えてるって!
村を破壊してしまうことが分かった以上、この位置からじゃ攻撃が出来ない!
村側から迎え撃つ体勢をとろうと、柵に向かって走る。けれど、たどり着く前に、死神はまた見えなくなってしまった。頻度が高い!
「さっきのをもう1回」と言いたげにあたしを見るイコールさんに、あたしは勢いよく首を振る。
「あたしが魔法使ったら、村が壊れちゃう!」
「このままにしておいたら、モンスターに壊されるんだ。一緒だろ!」
「でもさ!」
あたしは、あたしを訝しげに見る村人達を思い出す。あたしが柵を壊したなんて知られたら、ここを追い出されかねない!
そんなことを思っている間に、早くも柵が崩れた。イコールさんが間に合う場所じゃない! あたしは魔法を撃つか迷う。
と、その場所に向かって赤い彗星が飛ぶ。音攻撃から復活したブレンネさんが、ぼろきれの一部を引き裂いた。そして、モンスターから落ちる前に、鋭い牙で食らい付く。
死神は一瞬姿を消したけれど、すぐに実体が現れる。もしかして、噛みついてる間はずっとダメージがあるの? それなら、もしかしてこの方法が使えるのかな?
イコールさんに駆け寄り、あたしの考えた作戦を伝える。
「マジで言ってるのか?」
「あたしは本気だよ」
イコールさんは嫌そうな顔をしたけれど、「それしかないな」と、最終的には折れてくれた。さぁ後はタイミングしだい!
死神は腕を振って、ブレンネさんを払い落とす。瞬時に透明になったけど、焦っちゃダメだ。あたしはイコールさんの背後で待機する。
まだかな? いや、そろそろ!
《重力解放!》
モンスターが見えていないから、そもそも重くて動かせないから不発……とはならない。だってあたしが対象にしたのは
「うわぁあああああああ」
叫び声をあげながら、柵に沿って飛ばされていくイコールさん! 叫びながらもきちんと剣を前に構えているから、実は余裕があるのかも。
ズドンッと重い音をたて、イコールさんはなにもない場所でなにかと衝突。一瞬後に死神が現れる。うまくいった! でも、当然イコールさんのHPが一気に減ってしまう。それに、痛みのフィードバックはないけれど、かなり恐ろしい体験をさせてしまった。後で謝らないと。
イコールさんはモンスターに振り落とされる前に、自分から退避する。敵の体に、深々と刺さる剣を残して!
骨すらない死神の腕に、ブレンネさんが噛みつけていたからいけると思ったんだ! どんなに暴れても、簡単には抜けないだろうね。
暴れていたモンスターは再び透明化しようとしたけれど、刺さった剣によるダメージですぐに姿が現れる。あたしはだめ押しとばかりに呪文を唱える。
《重力解放!》
対象は刺さっている剣。それは見えない力によって、死神の体に押し込まれていく。死神はそこで始めてあたしの方を見た。無表情だけれど、ターゲットをあたしに決めたに違いない。
音もなく近づいてくるモンスター。魔法を使ったら村に向かってしまう方向だけど、もう関係ない。
ブレンネさんの噛みつき、イコールさんの捨て身の一撃、そして刺さった剣による継続ダメージで、死神のHPは残り1割近くまで減っていた。そして、モンスターの後ろには、3度目の赤い闘志のようなエフェクトが見える。
「ブレンネさん!」
一瞬巨大化したようにも見えたその爪が、体ごとぼろきれを引き裂いた。
死神の消滅と共に、ミッションクリアのファンファーレが鳴り響く。
やっと終わった。と息を吐いた時、新たなダイアログが目の前に生まれる。なになに『「モルティフェル・トレーデキム」がドロップしました』……?
もしかして、レアドロ!? メニューからアイテムを確認すると、死神の持っていた大鎌と、同デザインのものが手元にあるみたい!
喜び勇んでイコールさんに報告しようと駆け寄ったら、そんなことをいう前に、言わなきゃいけないことがあるのを思い出した。
「イコールさんごめんなさい」
そう言うと、彼はさして怒った様子もなく首を振る。
「勝つためには仕方ないことだったからな。謝る必要はねぇよ。男ならあれくらい度胸で出来ないといけないんだぜ?」
もしホントにそうなら、男もなかなか大変だ。あたしは思わず笑みがこぼれてしまった。
それを見ていたブレンネさんが話しかけてくる。
「そうだな。ソウ君の機転、そしてイコール君の勇気があったからこそ、あのモンスターを倒すことが出来たのだと、私は思うぞ」
「そんなことないです」と、謙遜する前にブレンネさんは続ける。
「君達2人にお願いしたい。北の図書館にいる管理の魔女を助けてくれ。それが無理なら、倒してくれ」
唐突なお願いとともに、『トリガークエスト<管理と解放>を受注しますか?』とポップアップが現れる。
「今の戦いを見て、君達になら出来ると確信したのだ。お願いできないだろうか?」
あたし達は顔を見合わせ、頷き、『はい』の選択肢を押す。
「分かりました。引き受けます」
「俺たちに任せておけってところだな」
そんな返答を聞いて、ブレンネさんは「本当にありがとう」と言う。
でも、お礼を言いたいのはこっち。これでやっと、やっとモンスター化という名の状態異常と、お別れできるかもしれないんだから!




