使者まで罠にはめるなんて非情すぎる!
「ふむ、では君達は『教会』の高位にいながら、あのクズどもとは違う考えを持つ者達の助けを借りて、ここまで来たという訳か」
手狭とは一体どんな謙遜なのか、かなり広い食堂で、アタシとイコールさんは、ブレンネさんに自分達のこれまでを話した。
彼はNPCのはずなのに、相槌を的確に打ち、質問を飛ばしてくる。しまいには、話したことのまとめまでしてきた。一体どんな技術を使っているのやら。
「ここの村人達は、多かれ少なかれ、『教会』にを恨みを持っている。そして、畏れも持っている。グリフォンに乗って来た君達に、ああいう態度をとってしまうのも分からなくはないんだ。どうか許してほしい」
頭を下げる男に対して、アタシは「やめてください」と言うしかなかった。
これ以上、この話を続けても意味がないと思ったのだろう、イコールさんが話題を変える。
「俺らの話はもういいだろ。そちらの話を聞かせてもらえないか?」
年上のNPCという、微妙な立ち位置の人に対してだからか、いつもとちょっと違う言葉遣いのイコールさん。
決して丁寧ではなかったけど、ブレンネさんは「普通に喋ってもらって構わない」といい、目の前のテーブルに置かれたグラスを手に取った。
つられてアタシも水を飲む。それを待って、モンスターにされた男は喋りだす。
「家にくる前に、ちらっと言ったかもしれないが、私は管理の魔女様とともに、隣国からやってきた使者だった」
過去形で話すブレンネさん。
「訪れた理由は、『教会』から、いくつかの魔法について興味がある、技術を交換しようと持ちかけてきたからだ。別に国交が全く無いわけでもないからな。すぐに実現することになった」
「技術を知りたいということは、異邦人じゃない聖職者が使う術とやらは、魔法に似たものなのか?」
イコールさんの問いに対して、逆にブレンネさんの方が首をひねる。
「さっきも思ったのだが、異邦人とはどういう者だ? 私の知る、異国の者という意味と、違う使われ方をしているようだが」
異邦人の意味を知らない? 王都の人は知ってそうだったのに。
「教えてくれ。ここへ来たのは何年前だ?」
イコールさんが唐突に聞く。え? もしかしてそういうことなの?
「5年ほど前だが、それがどうかしたのか?」
アタシ達は顔を見合わせる。このゲームが始まったのは1年前、4倍速で時間が進むから、ゲームの世界では4年前に、異邦人は現れたことになる。
それより前からここにいたのなら、異邦人の存在を知らなくて当然だ。
アタシは、異邦人、つまり自分達のことを説明した。
聞いていたブレンネさんは青い顔になっている。
「異邦人の聖職者は神聖術を使えるだと……? 数代前の教皇を最後に、使える者は絶えたはずなのだが……」
どうやら、衝撃の事実らしい。が、すぐに、動揺を押さえてイコールさんに向かって言う。
「質問に答えよう。今私達が使う術は、名前はどうであれ全て魔法の派生だ」
ブレンネさんは「まぁ『教会』のやつらは認めないだろうがな」と付け加え、コホンと咳払い。
「話を戻そう。私達は使者として王都に行き、数ヶ月に渡って技術の交換を行った。危惧していた情報の出し惜しみもなく、予定通り進んだのだが…………」
ランプの灯が、ブレンネさんの顔に影を落とす。
「奴らは最終日になって仕掛けてきた。文字通り、仕掛けてきた。トラップをな」
そのトラップに引っ掛かった男は、苦々しく言う。
「決して油断していたわけではない。ただ、トラップという形で術を仕込むなんてことは、考えついたこともなかった」
発想で負けていた、と言わんばかりに首を振る。
「でも、それなら自分で治せるんじゃないですか?」
「魔法にも分野がある。私が覚えているのは攻撃補助の魔法が中心でね。ここに居続けられるようにするのが限界だった」
攻撃補助の魔法が中心、ねぇ……。果たしてアタシにその他の魔法を覚えられるのかな?
「しかし、管理の魔女様ならモンスター化の解除など簡単に出来る。私がここにいるのもすぐに気付くだろうと思っていた」
思っていた、ってことはそうじゃなかったってこと? でも、解除しない理由なんて……。
ブレンネさんは、過去を思い出すように灯の光を見ながら話を再開する。
「ここへ来て1月ほどたった後のことだったか。村人に、この付近にある廃虚のような建物から、妙な声が聞こえてくるから様子を見に行ってくれないか? と頼まれたのだ。私は、どうせモンスターが住み着いただけだろうと軽い気持ちで、そこに行ってしまった」
彼は水差しでグラスに水を注ぎ、それを一気に飲み干す。
「私の想像をはるかに越える大きさの建物の中には、大量の本が保管されていた。しかも、私が見た限り、その全てが魔導書だ。ただの廃虚ではない。それには気付いたが、引き受けた手前、原因を見ずに帰ることは出来なかった」
「本が沢山置いてあったから、図書館?」
「そういうことだ。魔導書ばかりであることを考えれば、『教会』のやつらからすると、禁書図書館というところじゃないか」
禁書図書館。不謹慎ではあるけれど、いい響きだね。一体どんな内容の本が置いてあるのだろう……。
妄想を始めかけたアタシを置いて、イコールさんは話を戻しにかかる。
「その原因が、なんたらの魔女とやらだったってわけか」
その言葉に、ブレンネさんが初めて嫌そうな反応をする。どうやら、管理の魔女に対しては敬意を払えということらしい。
それに気付いたイコールさんが「管理の魔女……様だったな」と言い直したのを聞いて、彼は話を続ける。
「イコール君の言うとおりだ。管理の魔女様は明らかに理性を失われていた。まるで心までモンスター化してしまったのかようにな」
若干悲しげに、ブレンネさんは語る。
「天才と呼ばれ、様々な種類の魔法を使いこなす管理の魔女様に、いくら理性を失われているとはいえ、今の私では太刀打ちすることなど出来るわけがない。結果、無様に逃げ帰ってきた。というわけだ」
つまり、管理の魔女様は、アタシやブレンネさんにかけられた術とは別の何かをかけられていた。ってことなのかな?
アタシが疑問を口にする前に、イコールさんが向かいの彼に質問した。
「さっきから気になってはいたんだが、「今の私」ってのはどういう意味だ?」
「あぁそれは、私は管理の魔女様やソウ君のように、モンスターとしても魔女となったわけではな――――」
そこで、扉がバンッと開けられ、数人の村人が部屋に入ってくる。そして目の前には『トリガーミッション<過去の不幸、現在の災難>発生』のポップアップが。
「おい、てめぇら! 何しやがった!?」
あまりの急展開についていけないアタシに変わって、イコールさんが村人達に答える。
「俺らは何もしていない。やましいことは、一切な」
「毎月この時期にはモンスターが現れるだろう? 彼らから聞いた話は明日する。だから2人をそんな敵視するんじゃない」
ブレンネさんの援護射撃もあり、村人は押し黙った。
「さぁ私をモンスターが出た場所に連れて行ってくれ」
そう言って、彼はアタシ達の方に顔を向ける。またも、自嘲的な笑顔だ。
「君達も手伝ってくれないか? さっきの質問の答えは実際に見てもらった方が早いだろう」