矛盾した言葉で惑わすなんてありえなすぎる!
目的地から少し離れたところで、アスミさん達と別れ、あたしはイコールさんとともに村へ向かう。
現在時刻は10時40分。1つ2つイベントを踏んでも問題ないくらいには時間がある。
並んで歩きながら、あたしはイコールさんに聞いた。
「シリウスさんとはどんな話をされたのですか?」
「なにしろ時間だけは山ほどあったからな。馬鹿っぽい話題から真面目な議論まで色々したぞ」
「なるほどそうですか。その馬鹿っぽい話題のうち、あそこであたし達を凝視するに至った話題を教えていただけますか?」
「もちろん、エロい話だ」
「即答された!」
少しは口ごもってくれると思ったのに!
「小中学生じゃあるまいし、そんなことで口ごもるわけがないだろ」
「女子に対しての配慮はないのですか……」
「こんな質問してくるやつにする配慮はないな」
「うっ」
痛いところをつかれた。というか、墓穴を掘ってしまったみたい。
言葉につまるあたしを見て、イコールさんは話題を変えてくれた。
「真面目な話の方だと、この村の話を聞いたりしたぜ」
「イコールさんの方でもその話を?」
「お前らもしてたのか。酷い話だよな。『教会』が隣の村を廃村にしたせいで、この村から出られないNPCが山ほどいるなんて」
「え? そんな話は聞いてないですよ? あたしは、『教会』に追われた人達が逃げてきた村だって聞いたのですが」
イコールさんは一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに真面目な顔に戻って考察する。
「あいつらの言っていたことに嘘がないと信じるなら……話の流れで、言ったところと言わなかったところがあるって感じか」
「多分、そうだと思います」
あたしたちは聞いたことを互いに話す。
イコールさんが言うには、この世界の住民もあたしたちと同じく、12時間以上外を出歩くことが出来ないらしい。
昔はあたしたちが通ってきた草原の途中にもう1つ村があって、そこを経由すればこの村から王都まで行くことが出来た。けれど、隣の村は『教会』に消されてしまい、王都に行くことが出来なくなってしまったと言うのだ。
「分かってはいたが、教会は鬼畜だな」
イコールさんの率直な感想に、あたしは頷く。
「色々事情を知ってるあの2人が、一泡吹かせたいと思うのも無理ないですね……と、もう村の入り口ですよ!」
おしゃべりしている間に、木の柵にぽっかりあいた村への入り口が目の前にある。
なのに、イコールさんは冴えない顔だ。
「それをいうなら、浮かない顔だな」
「どうして分かったんですか!?」
「顔に出てるんだよ。ボケたいってな!」
「ったく……」といって、浮かない顔をしていた理由を、彼は語り出す。
「いや、なんか入った瞬間にお前がトリガーを引きそうな気がするんだよね」
そう言ってイコールさんが指さす先には、慌ただしく走り回る村民の姿が。あーこれは、明らかに普通じゃないですね。
「歓迎ならいいですけど……」
「そんな楽観視は出来ないな」
「はぁ」とため息をつく。けれど、進まないわけにも行かない。
あたしの決意を待つように見ていたイコールさんに、力強く頷く。
そして村に一歩踏み出――――
『トリガーイベント<衝突と歓迎>発生』
案の定トリガーを引いてしまった。イベントなのはいいけど、名前からじゃ内容が分からないなぁ……。
「相反する言葉が並んでるな……どういうことだ?」
イコールさんも同じようなことを思っ――――ちょっと待った!
「なんでイベント名分かってるんですか!?」
「そりゃあポップアップが出たから……ん? ということは俺もトリガーを引いたのか!?」
気づいてなかったんですか……。
「じゃあこれは――お前が魔女だから発動したってことじゃあなく、別の要因でトリガーが引かれたってことだな」
「た、多分そうだと思いますけど」
数瞬前まで気付いていなかったとは思えない、状況を把握した的確な意見。あたしはそこまで考えていなかったよ。
ただでも、それを把握しただけじゃ事態は変わらない。イベントで起こることを、きちんと見ておかないと。
そう考えて村の方に視線を戻すと、そこにはずらりと並ぶ槍兵が。いきなり目を背けたくなる。
「……これは、明らかに『衝突』だよな?」
「イベントだから大丈夫だと思うんですけど……」
そう言った瞬間に
「攻撃開始だ。この村を守れ!」
と、あっさり幻想は打ち砕かれて、大量のHPバーが視界に現れた。イベント戦闘? でも相手は結構真剣そうだよ!?
「面倒くせぇな!」
そう言って、イコールさんはあたしの前に出て、背負った剣を抜き放つ。彼は先陣をきって突っ込んできた敵の突きを受け流し、その鎧に斬撃を叩き込んだ。その一撃でよろけてしまった兵士を見る限り、そこまでレベルが高いわけじゃなさそう。
ただ、とにかく人数が多い。あたしは加勢するため呪文を詠唱する。
《雷力解放》
イコールさんを後ろから攻撃しようとした兵士に、頭上から雷が襲う。けど倒しきれず、麻痺もつかない。
なんで! と毒づいてしまいそうになったその時、兵士の後ろから誰かが叫ぶ。
「やめろ! 魔法を使う者が『教会』の人間なわけがないだろう!」
よく通る男性の声が聞こえてきたとたんに、大量のHPバーが消失。つまり戦闘状態が終わった。
あたしたち『教会』の回し者だと思われてたのかぁ。とても不愉快だ。
「で、でもこいつらグリフォンに乗って来たんだぜ?」
金属の鎧をかき分けながら前に進む男に兵士は言う。
「あれに乗れるのは修道騎士だけじゃねぇか?」
あたしはイコールさんと顔を見合わせる。2人でトリガーを引いたのはそのせいだったか!
驚くあたしたちの前に、男がたどり着いた。紺のローブを羽織った、20代後半ぐらいの人。
彼は兵士の方を向いて言う。
「それでもだ。魔法使いだという理由で、他国の使者をモンスターに堕とす『教会』が、そんな簡単に意見を変えるとは思えない」
他国? 聞き慣れない、というかこの世界で初めて聞いた単語だ。「教会」が統治する国の他にも、国があるってこと?
あたしの疑問に答えず、彼はさらに続けた。
「それに私は、王都に、優秀な魔法使い宛てのメッセージを残してきている。君、なにか心当たりはないかい?」
「え? あの……あれ?」
いきなり話を振られ、焦ってしまったあたしに、イコールさんが「ちょっと落ち着け」と耳打ち。
あたしは、1度息を吐いて言い直す。
「北の図書館の魔女に会え、ですか?」
男は満足そうに頷く。あの狂気を感じるイベントはお前の仕業か!
「それだ。2人は来るべくしてここへ来た。私たちはむしろ、歓迎しなければならない」
あたしの怒りに気付かないまま彼は話を進めていった。
「そこまで言うなら……仕方ねぇ。こいつらは様子見だ。なにか不自然なことをしたらただじゃおかねぇからな!」
兵士のリーダーらしき人が、そう言い残して背を向けたのを皮切りに、兵士達はこの場から去っていった。
後に残るは、あたし達2人と男だけ。
彼は振り向いて、さっきまでより幾分か柔らかい声で言った。
「さぁ2人とも、ついてきてくれ。彼らは警戒してるだろうから私の家に来てもらおう。少々手狭な家だが、まぁなんとかなる」
そう言ったところで《ログイン場所が変更されました》とポップアップが出る。ログアウトしても、あの平原に戻ることはないはず。
あたしがほっと一息ついた時に、イコールさんは警戒心が見え隠れする声で男に言った。
「俺はイコール、異邦人の闘剣士だ」
それでも、まず最初は自分から名乗るんだね。さすがイコールさん。
「お前は誰で、何なんだ?」
その言葉に男は歩みを止め、こちらを見る。
「私はベシュベール・ブレンネ。北の図書館の魔女、管理の魔女とともに『帝国』からやってきた使者だ」
それから、少し考えた後、彼は続ける。
「そして今は、一体の無力なモンスターだ」
「…………」
どうやら、自虐的な笑みを浮かべた彼こそが、アスミさんの言っていた『実例』らしかった。