NPCにそんな権限があるなんておかしすぎる!
次の日の土曜、あたしは敵の動きに注意を払っていた────現実世界で。
ガチャリと音がして玄関のドアが閉じ、続いてまた似たような音がする。多分鍵を閉めた音だ。ここで廊下にでるのは死亡フラグ。あたしはそのまま、リビングに待機する。
数十秒息を潜めていると、外からエンジンが唸る音が聞こえてくる。それは少しずつ小さくなって、消えた。
更に1分。静かな住宅街から、自動車の走行音は聞こえてこない。
うん、もう大丈夫。敵が忘れ物で戻ってくるみたいなこともなさそう。
あたしは焦る気持ちを押さえて、ゲーム機のある2階を目指す。
それからあたしはゲーム機をつけてログインし、自分の周りにイコールさんとあの2人がいることを確認してすぐ、緊急離脱、つまりログアウトをせずアバターをゲームに残して、現実に戻る。そして、何事も無いかのように1階に降りた。
辺りは静かなもので、帰って来る気配すらない。あたしはふぅ、と安堵のため息をついた。
どうしてわざわざこんなことをする羽目になったのか。その理由は簡単。そうしないとあたしのタイムリミットまでに目的地に辿りつけないから。目的地はイコールさんの言っていた、馬じゃ辿り着けない村のこと。アスミさんとシリウスさんがあのグリフィンにあたしたちを乗せて(なんと2人乗り可能らしい)村まで連れて行ってくれると言うのだ。
あの2人はどうやら、初期からトリガーを引きまくってきたらしい。引きまくっていたらいつの間にか『教会』の中心部に来てしまっていたんだって。信じ難い話だけど、職業欄に枢機卿と修道騎士って書いてあったら、疑うわけにもいかない。
『多分、このゲームはトリガーで変化するようになってる。だから、魔法職が不遇なのは、聖職者の僕がトリガーを引きすぎたからだって、前から責任を感じてはいたんだけれど』
『今回の件で、責任感じてるだけじゃ済まなくなったわ』
2人の言葉を思い出す。
魔導書狩りなどで、魔法職が増えにくい状態を作り出していた『教会』は、久し振りに王都に現れた魔女であるあたしを、かなり危険視した。
で、あたしを排除するために、他の枢機卿が、プレイヤーをモンスターにするトラップを作成。それを使ってモンスター化させ、倒してしまおうということになったらしい。
反対した2人は実行犯に任命され、毎日仕事内容を、嘘発見機みたいなものの前で吐かされるそうだ。
『NPCの枢機卿どもはね、戦闘に関わる術は一切使えないくせに、変なトラップとか機器とかは作れて、しかもトリガーまで設置出来るの。ホントふざけたゲームよね』
『それよりも僕としては、プレイヤーがクエスト発注出来ることのほうが恐ろしいけど……』
戦闘を行ったという事実を作るために、あそこまでやったアスミさんには言われたくないと思うけど、それでも文句を返せないかな。
まぁそんなこんなで、モンスター化のトラップを仕掛けさせたのも、クエスト出したのも彼らだけど、たった2日でクエストを閉じたのも、あたしが囲まれた時、全バフ解除をしてくれたのも彼らという、複雑な状況が生まれたわけ。
あの2人としては、こんな馬鹿げたことをやり始めた『教会』に、どうにかして一泡吹かせたいらしい。
どういうシナリオを描いているのかはよく分らないけど、そのためにあたしをその村に連れて行きたいというのだ。
連れて行ってくれるというなら、乗っからない理由があたしにはない。
もちろんのことついていくと言ったイコールさんにも、2人はあっさりOKを出してくれた。ついてきて貰うのは、最初から決定事項だったらしい。
あたしは夜になるのを楽しみにしながら、親の帰りを待つことにした。
その夜、例のごとく、下の階でやることをさっさと終わらせたあたしはヘッドギアをかぶって、待機状態から復帰させる。
「うわっ!」
次の瞬間あたしは、グリフォンの上に座っていた。下が草原だから分かりにくいけど、すごい速さだよ!
「ダメダメ、じっとしてないと落ちちゃうわよ」
キョロキョロしていたあたしを、アスミさんがぎゅっと押さえた。作り物の体のはずなのに、人の暖かさ伝わってくる。
「まぁでも、ログインしたらグリフォンの上って状況で、なにも気にならないなんて人いないわね」
冗談みたいにそう言って笑う彼女。掴めないなぁ、この人は。第一印象よりはずっといい人なんだろうけど。
「グリフォンを見ただけで、あたしは驚きましたけど。どうやって手にいれたんですか?」
「修道騎士になる過程で、こいつのでっかい版と戦うミッションがあったのよ。その報酬で貰ったわ。正直あれは2人でやるミッションじゃなかったわね……」
そう言って、多分ちらりと横を見たアスミさんのあたしを抱える手が強張る。
「どうしたんですか?」と聞く前に、彼女は小声でいう。
「あっちのグリフォンに乗ってるやつらに向けて、なにか攻撃魔法を撃ってくれないかしら」
え? シリウスさんとイコールさんに向けて? 疑問に思いながら横を向くと「眼福眼福」と言いたげな男どもが見えた。そうかそうだよね、女の子が2人、べったりくっついてるんだもんね。ついつい見ちゃうんだよね。
《雷力解放!》
男の2人に裁きの雷が落ち、それの巻き添えを喰らったグリフォンが、パニックをおこしてあらぬ方向へ飛んでいってしまった。
2度と帰ってくるなとは言わない。反省してから戻ってきて欲しい。
「ありがとね、ソウさん。やっぱりプレイヤーに攻撃できるっていいわね。ダメージなしでいいから、プレイヤー同士でも攻撃が通るようにならないかしら」
そう言ってみれば、アスミさんは昨日シリウスさんに戦いを止められた時、かなり憎々しげに睨んでた気が。こういうことを考えていたのかな?
「その分リアルで殴ってるからいいんだけどね」
「それ、本当にいいんですか……?」
いや待って、それだけで流しちゃいけない言葉だった!
「シリウスさんとはリアルでも親しいんですか?」
「仲良いわよ。あいつは腐れ縁としか言わないけど」
「…………」
ことあるごとに殴られてたら、そう言いたくもなると思う。
あたしが沈黙していると、アスミさんが逆に質問してくる。
「貴女とイコールさんは一体どんな関係なのかしら?」
「え?」
「だって、あの人は本来、この件とはなんの関係もないはずでしょう? でも、こうやってここまでついてきてくれている。普通こんなことするかしら? それこそリアルが付き合いでもあるんじゃないかと疑いたくなるわ」
疑いたくなるって言われてもなぁ。なんにもないんだけど。
あたしは初めてトリガーを踏んだミッションでイコールさんと組んだこと、罠にかけられた図書館でパーティーを組もうと言われた時のことを、アスミさんに話す。
「ふぅーん、面白い人ね」
「よく分からない人ですよね。こういう絡み方をしてくる人は、ネットゲームでも珍しいんじゃないですか?」
「私も他のをやったことがないから、一概には言えないけれど多分珍しいんじゃないかしら?」
「うーん」と言う声が後ろから聞こえる。見えないけれど、首をかしげているのかな?
「恋愛ネタに持っていこうと思っていたのだけど、そういう感じじゃなさそうね。なんかこう……もっと他に追い求めてる物があるように見えるわ」
「なにを求めてるかは、分からないんですけどね。熱い人だとは思います。頭は良さそうなんですが」
「あー確かに。頭のいい大学生って感じよね」
と、そこで男2人を乗せたグリフォンが戻ってきた。
「「いきなり何すんだ(よ)!!」」
「自分の胸に手を当てて考えてみることね」
文句を一蹴したアスミさんが、今度はあたしに言う。
「さて、そろそろ見えてきたわ」
前に向き直ると、遠くの方に集落が見える。
「あたしの想像より大きそうです」
「それは決していいことではないのだけど」
ため息まじりのアスミさん。あたしはそんな彼女に前々から気になっていたことを聞く。
「今さらなんですが、どうしてここにくればあたしのログイン位置が変わると思うのですか?」
「それはね、実例があるからよ」
「実例、ですか?」
状態異常:モンスター化に初めてかかったのはあたしじゃないの?
「えぇ、もっともかかったのはNPCだし、私もあったことがあるわけじゃないんだけど」
プレイヤーとしてはあたしが初めてだけど、NPCにはモンスター化を患った人があたしの前にいるってことね。
「そのNPCがこの村にいるのですか。でも、なんでこの村だと大丈夫なんでしょう?」
あたしが首をひねると、アスミさんは教えてくれた。
「それは、ここが『教会』から逃げてきた人達の村だから、だと思うわ」
暗いトーンで、自分達の所属する組織の被害者の村であることを、彼女は語ってくれたのである。
このゲームでは、プレイヤーのアバターはほぼ現実世界の姿と同じ姿となる。という設定になっております。