助けに来てくれた人に襲われるとかありえなすぎる!
もう、そろそろ見慣れてきた平原にあたしは今日も降り立つ。
昨日は、銀色の守護者を削りきったところで、ちょうどよく時間切れ。一矢報えた感じがして、気持ちよく眠ることが出来た。
そして今日。インする前に調べてみたところ、あたしを討伐するクエスト、ずばり「魔女討伐」は昨日の夜、あたしが落ちた後に、取り下げられたらしい。
討伐成功する前に消えるとは一体どういうことなんだ、と怒ってる人もいた。でも、あたしとしては朗報。これでやっと、北の図書館を目指すことができる。
というわけで、あたしは身を隠すこともなく、北に向かって歩き――――
チロリーン
またこの間の悪さだよ! まぁどうせ、イコールさんからのメールだろう。そんな予想をたてながら、メニューを開くと、案の定『新着メールがあります』とポップアップが出た。
from equal
to sou
気を付けろ。油断するな。
今から行く。
クエスト出てないのに、一体何に気を付けろって言うのかな? 油断するなってことは、クエストが取り消されたのは知ってそうだけど。
一応、右を左を、前を後ろを見回してみるけれど、誰もいない。
近くに村があるとはいえ、その村自体が王都から離れてるからね。誰もいなくたって、おかしいことではないはず。
本当に、何を気を付けろって言うんだろう?
首を傾げていても始まらないか。あたしは今度こそ、北に向かって歩き出した。
歩いても、歩いても、歩いても続く草原。青白い顔であたしを笑う三日月に、あたしはイライラしてくる。
今から行くって言ってたはずのイコールさんは、あの後「ちょっと調べたいことが出来たから、すぐには行けなくなった」とメールが来たあと、さらに何通かメールを受け取った。どうせ同じような内容だろうから読んでないけど。
チロリンチロリンと鳴る音も、正直途中からうざったくなってきたから、通知音ミュートにしちゃったし。
「はぁ」とあたしはため息をつきながら、あたしは歩き続ける。
現在時刻は10時30分。もう2時間は歩いている。後ろを振り返っても森が見えなくなるくらいまで来た……のだけど、それでも前方にはひたすら草原が広がっていた。
本当に、この先に何かあるのかな? そんな疑問が頭によぎり、足が止まってしまう。
『北の図書館の魔女に会え』これ以外に手掛かりは存在しない。だからあたしは北へ北へ、辺境の地へと足を運んできた。
でも、あたしが移動できる量はたかが知れているし、なにより北と言っても色々ある。真北じゃなくて北東かもしれないし、あるいは北西かもしれない。そんな膨大な範囲を、一体全体あたし1人で探すなんて、さすがに無理なんじゃないかな?
うーん、どうしよう。探し続けるかどうかは別として、今、この時点で図書館っぽい建物が見えないということは、あたしが行ける範囲に図書館はないはず。とりあえず今日はここで落ちていいよね。
あたしはメニューを開き、ログアウトボタンを押そ……あ、あれ? 押せない?
視界の端のHPバーに気づく前に、あたしは肩を叩かれた。
「はい、ストップ。ちょっと待て」
「ひゃぁあああああああああああああああ!!」
振り向くと、げっそりした顔のイコールさんが立っていた。おかしいな、遅れるってメールが来てたのに。
「どうしたんですか? 遅れるんじゃなかったんですか?」
「誤魔化すなと言いたいところだが、それよりもっと言いたいことがあるから誤魔化されといてやる」
イコールさんは大きくため息をついて続ける。
「お前、二通目までしかメール見てないだろ」
「え? なんで分かったんですか?」
「メールを見てみろよ」
言われたとおりメニューを開き、メールを見てみる。なるほど。3通目からは遅れるメールじゃなくて「ちょっと戻ってくれ」「追い付けないから立ち止まれ」「頼むから立ち止まってくれ」とメールが並んでいる。これじゃあバレちゃうね。
「これは……どういうこと?」
「プレイヤーの移動速度って、何も使わなきゃみんな同じなんだぜ。そして、お前の周りに馬で近づくことは出来ない。怖がるからな。ここから導き出せる結論は?」
つまり、ある一定距離からは馬が使えず、歩くしかないけど、そうしたら進むスピードはあたしと同じになってしまう…………?
「絶対追いつけないじゃん!」
「だから止まれってメールしてたんだよ! 気付け!」
イコールさんはまたも大きなため息。かなり悪いことをしてしまった気がするので「ごめんなさい」と謝っておく。
「え? でも待って。それならあたし、草原に向かって走り続ければ、昨日も一昨日も逃げ切れたの?」
「一昨日はどうだかわからんが、昨日の連中だとハイディングと行動力アップを併用した暗殺者に襲われて麻痺貰った挙げ句、追いついてきた守護者に草原の真ん中で足止めされて、ジ・エンドじゃないかな」
「…………」
悪知恵を働かせなくてよかったと、心の底から思う。
「まぁ、俺が追い付けなかったせいで、お前も損してるしな。謝ることはねぇよ」
「損って……なに?」
そう言うと、彼は北へ視線を向けた。あたしもつられてそちらを見る。
「この方向に進んでも、現状どこにも辿り着けない」
この数時間、あたしがやってきたことは無駄だというわけですか。
まぁ、そうと分かりつつ追いかけるはめになったイコールさんの方が悲惨だけど。
「現状ってどういうこと?」
「どっちかっていえば、馬じゃ無理ってところだな。ゲーム機の仕様で12時間以上の連続プレイは出来ないんだが、1番北よりの村から、その12時間中、ずっと馬を走らせてもどこにも辿り着けなかったらしい。けれど、村があることは確認できた」
「村?」
図書館じゃないのかぁ。残念。
「座標が固定されてるものは、20km手前から見えるはずだから、後もう少し走れれば辿り着ける。これは馬より上位の騎乗モンスターがいるから、そいつを手にいれろってことじゃないかって、考えられてるらしいぜ」
「上位の騎乗モンスターはいるよ」
そういうと、イコールさんは面食らったような顔をした。
「……言い切ったな。そりゃまた、なんで?」
あたしはステータス画面を開き、『状態異常:モンスター化』の欄を見せる。
「ほら、ここに「一部騎乗モンスターの使用不可」って書いてあるじゃん」
明らかに騎乗モンスターが複数種いて、それぞれに違いがあることが分かる。
イコールさんはきちんとそれを理解してくれたらしく、何度も「なるほどなるほど」と首肯した。
「とにかくそういうわけで、これ以上進む意味はない。明日また他の方向に行ってみるしかねぇな」
あたしは視線を落として考える。
「もしくは……あたしに乗れて、しかも馬より早い騎乗モンスターを手に入れるとか?」
彼は苦笑いをしながら、首を横に振る。
「さすがにそれは都合が良すぎるだろ……だいたい、そんなのが居たとしても、俺らには乗ることどころか見ることす────」
イコールさんが口を閉じた、というより絶句した瞬間、あたしたちに影が落ちた。なにかが月を遮った?
あたしは彼の視線をたどり、恐る恐る振り返る。
「嘘だろ……」
視線の先、上空にいたのは、猛禽類の頭と翼、そしてライオンの体を持った幻獣、グリフォン。
ううん、それだけじゃない。
「本当にいるじゃねぇか。上位の騎乗モンスター」
グリフォンに乗った少女の、月明かりを浴びて煌めく金の長髪が、風でさらさらとなびいていた。
あたしたちが動けずにいると、少女はグリフィンから飛び降り、草原に着地した。落下ダメージを受けているはずなのに、全くそれを感じさせない。
そして、大量のフリルのついた真紅のドレスに身を包んだ彼女は、すたすたと近づいてくる。
HPバーは出てこない。つまりあたしをプレイヤーと認識しているみたい。だから大丈夫なはずなのに、すごく嫌な感じがする。
「ねぇ、イコールさんが気を付けろって言ってたのは、あれ?」
小声で言うと、イコールさんは小刻みに首を横に振る。
「んなわけあるか! 騎槍士って職が、モンスターと戦う最中も馬に乗ってられるからもしかしたら、と思って忠告しただけだ」
そんな職もあったような……と現実逃避ぎみに思考が働く。
と、そこであたしと同じくらいに見える少女が口を開いた。
「驚いたわ。まさか本当に、魔女をプレイヤーだと見破った人がいるなんて」
「…………俺と同じ立場にいれば、誰だって見破れるさ」
まさか自分の話題になるとは思っていなかったらしく、イコールさんが答えるまでには間があった。
その返答を「そうかしら?」と流し、少女は続ける。
「でも、その上魔女だったプレイヤーを助けようって思う人はいないと思うわ。昨日のあれも、2人だから出来たことだろうし。おかげで私たちが早くに出てこれた」
私たち? 少女の他に誰もいない気がするけど。
でも、そんなことはとりあえず置いておく。聞かなきゃいけないことは山ほどあるのだ。
「あの、あなたは何をしにきたんですか?」
少女は答えづらそうに目をそらす。
「本当は助けに来たって言いたいのだけれど……いいえ、助けに来たのは事実なの。でも、えーとそれが……」
口ごもりながら、彼女は腰へ手を動かす。
すなわち、剣の柄へと。
「ソウ、ログアウトしろ!」
言われるまでもなくそうしようとした。けれど、その前に宝石で彩られた鞘から、銀の両刃が抜き放たれ、視界にHPバーが表示された。
少女、表示によればアスミは、困ったような笑顔を浮かべて言う。
「ちょっと、あなたと戦わなくちゃいけないのよ、ね!」
言い終わると同時か、それより早かったか。彼女は青いシステムエフェクトとともに切りかかってきた。
近すぎる。あたしは初撃をもらう覚悟で呪文を詠唱。
《無の創造!》
彼女の剣があたしに届いた一瞬後、衝撃波によってその華奢な体……とイコールさんが吹き飛ぶ。ちらりとHPバーをみるときちんとヒットしたわけでもないのに、目に見える量減っている。
イコールさんへの罪悪感と、彼女の技の威力に驚愕したせいで意識が戦闘から離れそうになる。でも追撃の方が優先、と自分を無理矢理戦いに集中させた。
《重力解放!》
しかし、少女は地面に触れたと同時に、ふわりと後方一回転。対象が移動したせいで、重力魔法は不発となる。
いくら魔法が単体火力に優れているとはいえ、この剣士のバ火力で押されたら分が悪い! 間合いがあるうちに連打してかなきゃ。
《炎力爆発!》
相手に向かって火球が飛んで行く。それをものともせずに、ひらりとかわす少女。爆風によって多少ダメージはうけたものの、彼女は止まらない。
「嘘でしょ!?」と驚く暇はない! 次なる呪文を詠唱する。
《雷力解放!》
最速の電撃が一直線に少女剣士を襲う。さすがにこれは避けられない!
そう油断したとき、彼女の姿がぶれた。
電撃は残像を撃ち、本体はもうあたしを間合いに入れている。
「う、嘘でしょ!?」
回避スキルは全職で覚えられるスキル。だけど、このレベルの回避なんて見たことない!
昨日の相手より、さらに強い。あの鉄槌を持った化け物クラスの強さ。多人数で挑むべき相手と、1人で戦ってる気すらする。
少女にまた青い闘志のようなエフェクトがかかる。こうなったら、刺し違える覚悟で魔法を撃ってやる!
「はぁああああああああっ!」
飛びかかってきた彼女に合わせるように、呪文を唱える。
《炎力爆発! 炎力爆発! 炎力爆発!》
飛び出した火の玉は、下から斜めに切り上げようとしている剣士の体にクリーンヒット。しかし、剣は止まらずあたしの上半身に斬線を描く。
あたしは一歩後退しながら、詠唱を続ける。
《雷力束縛!》
地面から這い上がる雷撃は、スカートの裾に当たると同時に消滅。雷属性耐性! これはあたしの判断ミス。いや、わざわざさっきの雷撃を避けて、あたしのミスを誘ったの!?
相手のエフェクトはまだ消えない。少なくとも返す一撃がくる。この一撃分、あたしのHPは相手より少なくなった。
と、今度は踏み込みからの縦に一閃。まだ相手の技は続いている。あたしは、これで相手の攻撃が途切れることに賭けて、火の魔法を撃ち続ける。
爆炎の中に銀光が走り、それはそのまま真上へ。飛び上がった少女はフリルを揺らしながら、最後の一撃を喰らわそうとしている。
HPはあっという間に3割弱。避けないと死ぬかもしれないけど、どうやっても避けられない!
ぎゅっと、目を閉じたあたしを襲ったのは、上からじゃなくて、横からの衝撃。
「あっぶねぇな! ホントに!」
ノックバックで吹き飛んだあたしのかわりに、イコールさんを刃は襲うけど、プレイヤーがプレイヤーにダメージを与えることは出来ない。剣はすり抜けて、青いエフェクトは消える。
体勢をなおしたあたしは、技使用後の硬直状態にある剣士に、呪文を唱える。
《重力誘導!》
あたしが手を降り下ろすと同時に、見えない力が彼女を押し潰す。
HPバーはぐんぐん縮んでいき、一撃圏内に入った。
対するあたしも、さっきのイコールさんの攻撃で更にHPを減らしている。
相手が回復薬を使えることを考えれば、明らかに劣勢だよね……。
「ねぇ! あたしがプレイヤーだって分かってるのに、どうしてこんなことするのよ!」
「ごめんなさい、今の私に貴女はなにか呪詛を吐いてる薄汚れたローブを羽織った老婆にしか見えないし、聞こえないの」
魔法の効果が終わり、立ち上がった少女が言う。あたし、そんな風に見えてるんだ……そりゃあ事情を知らない人が、プレイヤーだって分かるわけないね。
少女は予想に反して回復薬を使わず、再び剣を構える。余裕か慢心かしらないけど、こうなったら何がなんでも先に攻撃を当ててやる!
互いににらみ合い、バチバチ火花を散らしていたちょうどその時、誰もが想定外のことが起きた。
少女の後ろに、グリフォンが降りてきたのだ。今度乗っているのは、イコールさんよりは幼い、多分あたしたちと同じくらいの少年。
新手……? もう勘弁してよ。と思った瞬間、少年は少女の肩に手を置いた。
「あのさ「……モンスター化した状態で死んだら、その子のやってきたこと全部パーなのよね? 対策は打ってあるのかしら?」とか言ってた人が一体なにやってるの?」
少女は「あ、やっちゃった」といいたげに口を押さえる。
「ええと、あの、報告のために一撃当てとかないとと思って始めたら、久し振りの手応えある戦闘で燃えちゃって……」
軽くあしらわれてる気がしたんだけど、手応えあったのかな?
「言い訳は駄目。ほら、きちんと謝って」
憎々しげに少年を睨んで、それから彼女はあたしの方を向いた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って少女は頭を下げる。ピシッと45度の最敬礼。無駄に綺麗だよ。
えーと、色々起こりすぎてもうよく分からない。とりあえず頭を上げてもらえばいいのかな?
そんなあたしの気持ちを、イコールさんが代弁してくれた。
「俺ら、全く付いていけてねぇぞ? とりあえずお前が、お前らが誰で、一体なにをしにきたのか聞きたいんだが」
少年はあたしたちを見て言った。
「僕はシリウスです。彼女はアスミで、一緒に『教会』に所属しています。そして、僕らはソウさんを助けに来たのですが」
また「戦わなくちゃいけない」かもしれない。と、あたしは身構える。
けど、違った。
「その前に謝らないと行けません。あなたがモンスター化した原因は僕らにあるんです」
違ったけれど、より面倒になった気がしてならない。