狩りとβテスター
扉を開け一歩踏み出すとそこは街中だった。今の今まで触れていたはずのドアも無くっている。後ろを振り返っても何もない。周りを見渡すと俺と同じように巨大なリュックを抱えている奴が何人かいた。やっぱやりたくなるよな。
超過状態であたりを見回す。頭の上あたりに名前が表示されているのがプレイヤーだ。その中から見知った名前を探す。その中に自分と同じニコラスと名前の付いた人を発見した。これは不味い。これでは二人と合流できない。そもそも合流方法なんて考えてなかった。
一回ログアウトするべきかと悩んでいる時に後ろから声をかけられる。
「何やってるんですか?ニコラスさん」
弱々しい少女の声で話しかけられる。
なんとか振り返ると華奢な少女と勝ち気そうな少女がいる。年は16、7と言ったところだろうか。名前は勝気そうな方がマナ、気弱そうな方がユカだ。二人セットでなおかつ声をかけてくる人に心当たりは一つしかない。
「良かったよ。姉さんたちに会えて」
「ゲームで姉さんは禁止。私たちは早くに親をなくした健気な冒険者姉妹って設定なんだから。だから呼び捨てで構わないわよ」
「あ、そう……」
なんかそういう設定らしい。
「で、なんでニコラスおじさんはそんなことになってるわけ?」おかげですぐにおじさんだってわかったけど」
俺のキャラを見てマナがそう尋ねてくる。おじさんは余計……でもないか実際オッサンキャラだし。せっかくだしオッサンロールプレイも楽しむか。
「いや、全部持っていけるらしいから全部持ってみたらこうなってな」
「あの、だいたい最初に手に入るアイテムって性能が低くて売ってもお金にならない気が……」
ユカがそう申し訳なさそうに言ってくる。
確かにそのことはwikiにも書いてあった。
「超過状態も経験しときたくてな。まあもう分かったから必要ないか」
インベントリを操作して不要なアイテムを置く……ことが街中だと出来ないらしいので捨てる。
最終的に杖とダガー、中装備、火縄銃を残しておいた。
ついでに二人にフレンド申請を出す。ユカはすぐに承諾してくれたがマナは拒否してきた。
「嫌がらせか」
「あれ、なんのことー?おじさんが何言ってるか私わからない」
マナがわざとらしくそう言う。仕方がないのでユカにだけ声をかけて近くのパーティエリアに歩いていく。
「ちょ、ちょっと!冗談よ!置いてかないでよ」
そう言いながらフレンド申請が飛んでくる。一瞬断ろうかと思ったが後が怖いのでおとなしく受け入れる。
さらにメニューからパーティ申請を出し二人をパーティに加える。
wikiによるとパーティエリアではパーティ以外には個別チャットでしか話ができないらしい。メニュー画面からブラウザを立ち上げ確認する。
ゲーム中にwikiが確認できるとかほんと凄いな。動画も見れるし。現実よりよほど便利じゃないか?
ついでに設定でインベントリなどの操作関係のジェスチャーを確認する。さっきまでなんとなくでも出来ていたが確認しておいたほうがいいだろう。
VRマシンのすごいところは脳波を読み取るため考えるだけでインベントリなんかを呼び出せることだ。しかしそれだけだと誤表示されることもあるのでジェスチャーも絡めて表示することが一般的らしい。メニューの操作設定からジェスチャー登録を選び適当に登録していく。最初はこのジェスチャーがオフになっているため念じるだけでメニューが出るというわけだ。
ジェスチャーを登録する俺は端から見たらおかしな奴だろうと思ったが、周りを見るとわりと俺と同じように変な踊り(ジェスチャー登録)をしてる奴がいるので問題ないだろう。
姐さんたちも変な踊りをしている。美少女が変な踊りをしているのは滑稽だが渋いオッサンな俺はさらに滑稽だろう。
全員のジェスチャー登録が終わってから話を始める。
「結局二人はどんな構成にしたんだ?」
「アタシもユカも種族はドラゴネットよ」
「だと思ったよ。どうせマナはアタッカーでユカはディフェンダーだろ?」
「正解よ。そう言うおじさんは何選んだのよ」
「ヒューマンのサポーターだ」
「その見た目でサポーター?」
マナがゲラゲラと笑う。確かに非常に渋いオッサンなのでディフェンダーでナイトロールかアタッカーで戦士ロールするほうが似合っている。
「ほらそこはやっぱりパーティバランスを考えてだな」
「流石ですニコラスさん!」
ユカはこちらを持ち上げてくる。
「まあいいわ、おじさんの言うとおりパーティバランスはちょうどいいみたいだし。それでどうするの?さっそく狩りにでも行く?何箇所かピックアップしておいたけど」
「私も狩りに行きたいです」
「そうだなあ狩りだと……」
俺が狩り場を探しているとマナが画面を投げてくる。凄いなVR。その画面を見るとβテスターがまとめた情報が上がっている。
初心者におすすめの狩り場は霧の湖畔、迷いの森、死者の洞窟の三箇所らしい。
霧の湖畔はソロ向け、迷いの森は初心者パーティ向け、死者の洞窟は慣れてるパーティ向けらしい。慣れてる初心者って一体なんだ……
「アタシは死者の洞窟でいいと思うんだけど?」
「一番デスペナルティ食らいそうな奴がなんか言ってるぞ」
「うるさいわね。当たらなければどうということはないのよ」
ついさっき当たらなければどうということはないとか言ったバカはどいつだとか言ってなかったっけ?
「私もそこでいいと思います。他の狩り場は人が多いかもしれませんし」
「ユカがそう言うなら死者の洞窟でいいんじゃないかな」
実質マナのお守りをするのはユカなわけだしそのユカが大丈夫と言うんだから俺から反対する理由は無い。
「じゃあ決まりね。死者の洞窟に行くわよ!」
「なによここ!めちゃくちゃ強いじゃない!」
マナがわめく。
「そりゃそうだ!なれた人向けって書いてあっただろ!」
「それにしても強すぎよ!回復魔法無かったらとっくの昔に死んでるわよ!」
「ふははは俺を崇めろ!奉れ!」
「二人ともうるさい。気が散る」
「「すいません……」」
ユカが苛立ちの混じる声でこちらを叱責する。狩りを始めてから最も多くの攻撃に晒されているので仕方がない。
この死者の洞窟に出現するモブはゾンビやスケルトンなどのアンデット系モンスターが大半だ。こいつらがなかなかタフで困る。おまけにリポップの速度がかなり速いので群れにあたるとせんめつするよりかと先におかわりが来ることも珍しくない。
そのおかげでかなりハイペースで経験値を稼げているが他の狩り場に行ったことがないためどの程度効率がいいかよくわからない。
サービス開始直後なのでかなりの人が洞窟内にやってきているがその半分がソロのようだ。
ステータス欄を覗くとミュータントのアタッカーがかなりの数いる。
だから初心者は選ぶなって書いてあるじゃん!
そんな孤高の戦士たちはすぐに洞窟の洗礼により姿を消している。これで何だこのクソゲー!ってこのゲームをやめてしまう者がいると考えると少し切なくなる。
ただ時々ソロプレイヤーでも洞窟内で戦えている者もいる。その大半がドラゴネットのディフェンダーだ。ついでヒューマンとドワーフのディフェンダーが多い。恐らく彼らは本当に上級者なんだろう。βテスターかもしれない。攻撃を盾で受け止め、剣でなぎ払うという堅実な戦い方をしている。
それでも時々洞窟の外に出ているから回復が間に合っていないのだろう。
というか出るときにモンスター引っ張らないでください。なすりつけられてMPKされそうで怖いです。
しかし慣れてるプレイヤーだけあってきっちり下がりながらも処分して出ていってくれるため今のところMPKはされていない。
さらに戦っていると急に個別チャットが飛んできた。チャットと言いながら音声でも会話できる。今回は音声のようだ。
「パーティを組まないか?こっちは三人だ。そちらも三人だろう?」
「少し待ってくれ」
近くを見るとむさ苦しいオッサンと若々しい青年とローブにとんがり帽子の女性が見えた。どうやらあのむさ苦しいオッサンが個別チャットをよこしてきたらしい。
「あそこの人たちがパーティ組もうって言ってるけどどうする?」
「今それどころじゃないの!勝手に組んどいて!」
「ニコラスさんそんなのどっちでもいいから早く回復して!」
二人に伺おうと思ったら怒られてしまった。仕方がないので俺の一存でパーティを組むことにする。
「こちらもパーティを組んで構わない。申請をくれ!」
そう返すとすぐに申請が飛んできた。
それを承諾しパーティを組み直す。
「じゃあよろしく頼むぜ。自己紹介は……してる暇なさそうだな」
こちらの状況を見たオッサンがそう言う。
「見ての通りの状況でな。モブのリポップ位置に張り付いてるから敵が減らないんだ」
この洞窟にはメインとなる太い道以外にも幾つも脇道がありその多くが行き止まり。そこからモブが湧き出している。先程から後ろをソロプレイヤーが走って行ったりするがそのたびにヘイトがこっちに移って挟まれやしないかとひやひやしていたところだ。
「ガスパーさん自己紹介は後でいいでしょう。僕も前線に加わります」
そう言って頭にレオと名前が表示されている青年が駆け出し前で戦っている二人に合流する。
「レオだけに行かせてサボるわけにはイカンな。俺も行くとするか」
オッサンもそう言って駆け出す。
「残った私はあなたと後方支援というわけね。たよりにしてるわよオジサマ?」
最後に俺のすぐ近くにミランダと表示されている女性が陣取る。
即席のパーティで一時間湧き続けるアンデットを片付け続けた。
その間に合流した三人のキャラクター欄を確認したが前衛の二人はヒューマンとドラゴネットで両方ディフェンダー、俺の隣の女性はエルフのアタッカーだった。動きも手馴れているようで危なげなくモンスターを狩れている。パーティを組んで効率よく狩りを進めようとしていたあたりからも慣れたプレイヤーとみて間違いないだろう。
そんなことを考えながらもその間ひたすら回復呪文を唱え続ける。何これすごいつまんない。
「一旦休憩しないか?」
むさ苦しいオッサンがそう切り出したのはそれから半時間ほど経ってからだった。その間にも繰り出されるスケルトンの剣を巨大な両手剣で受け止め返す刀で袈裟に切り裂く。
「いいんじゃないか。こっちもいいかげんヒールをかける機械になるのはつかれた。っと神の恵みをここにヒール」
呪文の詠唱もはじめのうちはかっこよかったがこうまで連続して使っているとどうでも良くなってくる。
「それじゃあ外まで退却するか。他のプレイヤーになすりつけないようにな」
オッサンがそう言って下がる。前衛として戦っていた残りの三人も話は聞いていたようできちんと撤退を始める。
洞窟の外まで出ると近くの石に腰をおろした。
妙に座りやすい形だったのはここで休憩できるようにという運営からのはからいだろう。
「さてそれじゃあせっかくだ。休憩も兼ねて少しアイテム整理と情報交換でもしようか」
全員が腰をおろしたのを見てガスパーがそう口にする。
「その前に自己紹介でもしておくか俺の名前はガスパー。まあ上のプレイヤーネームにも出てるがな。種族や戦闘タイプはキャラクター情報覗けばわかるからいいとして。メインに使う武器は両手剣系統で剣士にするつもりだ。こっちの二人はβテストで組んでたレオとミランダだ」
慣れているとは思ったが本当にβテスターだったか。βテスターでもスタートラインはまったく同じらしいが動きが明らかに初心者と違うかったのはそのためか。
「レオです。ガスパーさんと同じくβテスターで武器は片手剣と盾です。派生職のナイト狙いだったので」
レオが口にしたナイトと言うのはこのゲームにおける職業だ。最初全てのプレイヤーは職業無しの状態でスタートとするが一定のアビリティランクに達すると職業が解禁される。職業も戦闘タイプと同じようにレベルによる自動取得と職業スキルと呼ばれる特殊なスキルをレベルアップごとに貰えるポイントを消費して取得できる。職業には街の転職所に行けば何度でも無料で変更できるがレベルやポイントは個別のため変更しまくってもあまり意味はない。片手剣と盾のランクが10以上がナイトの開放条件だったはずなので口ぶりからしてレオはもう条件を満たしたのだろう。
「ミランダよ。ウィザードの開放狙いだったのだけれどわりと早い段階で満たしてたわ」
「種族ボーナスと初期習得アビリティのおかげですね」
ユカがそう口にする。wikiによると初期習得アビリティが同じだとアビリティランクが5からスタートしランクアップに必要な習熟度の入手が1.2倍になるらしい。さらにエルフの種族ボーナスも加わって入手できる習熟度は1.7倍ぐらいになるらしい。
ちなみに初期習得アビリティにないものを使うとひたすら戦いにくい上になかなかアビリティランクが1にならない。一度1にすると後は通常通り習熟度がもらえるためそこまでが大変だ。さっき長銃カテゴリの火縄銃使って実際に体感した。
あちらの自己紹介が終わったためこちらも自己紹介を始める。
「ニコラスだ。そっちの二人とは今日からの参戦になるが職業はマジックシューターにするつもりだ」
俺の言葉にβテスターたちが微妙に驚いた声を出す。
そりゃそうだマジックシューターは魔砲使いとも書くが自動取得は支援と攻撃が半々ぐらい、ソロでは狩りづらくパーティを組んでの運用が推奨されるというぼっちお断り仕様なのだ。二人がいなければまず選ばなかったであろう職業である。条件は初級攻撃呪文か初級補助呪文のどちらかが10以上かつ長銃のアビリティを習得していることだ。
「ユカです。職業はレオさんと同じナイトにするつもりです」
ユカの自己紹介は特になにもない普通のものだ。
「マナよ。職業はフェンサーにするわ」
ああ、βテスターの皆さんが渋い顔をしてらっしゃる。軽戦士でアタッカーとかペラッペラだもんね。仕方ないよね。実際ユカのカバーリングと俺の回復呪文がなければ間違いなく即効でデスペナルティ食らってたからね。
あれ?実はマナってお荷物なんじゃないのかと考えたあたりでその考えを打ち消す。
「他人の職業構成にとやかく言うつもりは無いがこれからも三人で組むつもりか?」
ガスパーがそう尋ねてくる。
そりゃ要介護職二人もいるパーティとか不安になるよね。主にユカがいなくなると一瞬でくたばる。
「そうだが」
「そうか、ならいいんだ。こちらは特にレアドロップはなかったようだがそちらはどうだ?」
ガスパーが話を変える。
そう言われて二人に目配せするが二人とも首を横に振る。どうやら無かったらしい。当然俺もレアドロップは無かった。
「こっちも無かった」
「そうか、スケルトンは時々錆びた名剣を落とす。鍛冶のアビリティランクが高ければ鍛え直すこともできる。初日だからまだ鍛えられる奴がいないとは思うがな。鍛冶を重点的に鍛えている奴がいれば明日には鍛えられるようになるだろう」
専念して明日かよ。生産職は茨の道だな。ちまちま進めることにしよう。
「これから我々は転職所に行くがそちらはどうする?」
「こっちもそうしようと思う」
「ならパーティは組んだままのほうがいいな」
そう言ってガスパーは懐から砂の入った小瓶を取り出した。
それを地面にふりまくとその部分が蟻地獄のようになる。
「知っているだろうがこれが導きの砂と言うアイテムだ使うと指定したポイント。今回だと始まりの街に転送してもらえる。ダンジョン内でも使えるから必ず一つは携帯しておくといい。我々が先に入るが三分経過すると消えるから気をつけてくれ」
そう言い残しガスパー一行は砂の中に消える。
「じゃあ俺達も行こうか」
後ろの二人を促し中に入る。
一瞬の暗転と供に足元に硬い石畳の感触がかえってくる。
目を開けるとそこはこのゲームを始めて扉を開けた時に現れた場所だった。どうやらここがこの街の転送ポイントのようだ。周りを見れば死に戻りしてきたらしい人もちらほらいる。大半がソロプレイヤーだ。しかも戦闘タイプアタッカー。
だからソロでペラくなるアタッカーは無謀だって!
「無事に来れたみたいですね」
レオがそう声をかけてくる。
「ああ、助かったよ。ガスパー導きの砂の値段は幾らだ?半分出す」
「別に構わないわよ。大した値段じゃないし。初心者から金を巻き上げるほどあくどいプレイヤーじゃないし。ねえガスパー?」
「ミランダの言うとおりだな。大した値段じゃない。それにパーティを組ませてもらったおかげで効率がかなり良かったしな。せっかくだフレンド登録もしておくか?」
「是非お願いしたい」
その後は無事フレンド登録を終え職業も変えることができた。
「では我々は他の所でフレンドが狩っているらしいのでな。すまないが失礼する」
そう言ってガスパー達は去っていった。
「うむ、模範的なベテランプレイヤーの方々だった。初日にツテができてラッキーだったな」
今度からはダンジョン前には必ず砂持った?と確認しよう。
「で、この後どうするのよ?職業にはついたけどまたレベル1からスタートよ」
「アビリティランクは上がってるから戦闘力はそう変わらないはずだからたぶん大丈夫だろう。ステータスも少し下がっただけみたいだ」
キャラクター画面を開いて確認してみる。
種族 ヒューマン
性別 男
戦闘タイプ サポーター
職業 マジックシューターLv1
習得アビリティ
初級補助呪文14 初級攻撃呪文5
片手剣1 長銃6 中装備4
調薬1 付呪1
職業スキル
なし
どれだけヒールを連発していたかよくわかる成長ぐあいだな。ステータスもあまり変わりはなかった。
二人のキャラクター情報を開くが習得アビリティなどの細かい情報はやはり見れなかった。しかし職業欄はきちんとナイトとフェンサーになっていた。
「ドロップ品をどうにかしてから死者の洞窟に行きましょうか」
ユカがそう提案する。
「そうだな。このドロップ品はあんまり価値ないみたいだしNPCに売却しても構わないってwikiにも書いてある。これ売って導きの砂買って行くか」
一個の重さは大したことないがそれが数十個となるとなかなかにインベントリを圧迫する。ステータスにペナルティはかかっていないがさっさとどうにかしておくべきだろう。