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夕陽の少年

作者: 三日月


丘の上に綺麗な夕陽に照らされる少年が居る。

肌の黒いその少年は、たまに訪れる雨の日以外はその丘から夕陽を眺めていた。

その日食べる物すら確保できるかどうかわからない少年は、ここに来ると不思議な満足感と虚しい気持ちに包まれるのだった。

小一時間ほど眺めると、少年は何も履いてない足で帰路につく。


少年の家は質の悪い砂を固めたような

今にも崩れてしまいそうなもので、広さは八畳あまり。

その家に母親と2人で暮らしている。

父親は二ヶ月前に富裕層の街で窃盗の濡れ衣を着せられ、警官に反抗的な態度をとった為その場で射殺された。

その街では黒人が理不尽に虐げられることなどよくある話である。

おそらく父親が黒人でなかったなら疑われることすらないだろう。

少年は白人を恨むと同時に黒人に生まれた自分も恨んでいた。

その日の食事は親指大の豆を煮たスープだった。

その前の日も同じもの。

次の日も同じものかもしれない。

少年は腹一杯食べられることなど滅多になかった。


次の日少年は夕陽を見に丘へ上がった。

いつも座る場所に人が居るのが見える。

少年は少し残念な気持ちで近づいて行く。

すると向こうが少年に気付き、声をかける。

「やあ、君もここが好きなの?」

立ち上がったその姿に少年は驚く。

自分より15センチは背の高い白人の青年だったからだ。

青年は続ける。

「一緒に見よう」

少年はその言葉に怯えた。

父親を殺した白人と同じ人種だ。

近付けば自分も殺されるかもしれない。

しかし、逃げれば二度とここへは来れないような気がして、仕方なく横へ座る。

青年は話しかける。

「毎日ここへ来ているの?」

少年は小刻みに頷く。

「綺麗な夕陽だね」

青年の言葉に、少年は目を丸くして青年の顔を見つめる。

とても綺麗な顔立ちが、オレンジ色に染まっている。

「うん、すごく」

少年は安堵した様子で答えた。

今度は少年が話しかける。

「僕の肌は黒いのに、どうして声をかけてくれたの?」

青年は驚いたような顔をして、すぐに悲しそうな顔をした。

「ごめんね、僕なにか変なこと言っちゃったかな?」

そう言う少年に、青年は言う。

「違うよ、君は何も悪くないんだ。そうだ…明日もここへ来てくれる?」

少年は安心して頷き、この日は家に帰った。


家の前で見たことの無い男と母親が、怖い顔をして話しているのが見える。

男が少年に気付くと母にひと言言い残し、去って行った。

母親はさっきまでの怖い顔が嘘のように笑顔で少年を迎えた。

その日も食事は豆のスープ。

少年は食べながら丘でのことを母親に話す。

母親はどこか遠くを見つめながら

「いつかそんな風に皆が仲良くなれる日がくるといいわね」

と言った。


次の日、日が落ちてきた頃に少年は約束通り丘にあがった。

先に着いたようで誰も居なかったので少年はぼーっと夕陽を眺めていた。

不意に足音がして振り返ると青年の姿があった。

青年は申し訳なさそうに

「遅れてごめんね」

と言いながら隣に座る。

「どうして今日もここへ?」

少年が聞くと青年はポケットから丸くて薄いものを取り出して少年に手渡す。

「これを君にあげる」

少年はそれをしばらく眺めて、折りたたみ式の手鏡だということに気付いた。

「見てみなよ」

少年は手鏡を開いて見てみる。

オレンジ色に染まった自分の顔が写っていた。

青年は優しく話す。

「僕の顔も同じ色でしょ?皆同じなんだよ。夕陽に染まれば同じ色。夕陽を見れば同じように綺麗だと思う。生まれつき肌がどんな色であろうと、どんな場所に生まれようと、人は仲良くできるはずなのさ」

少年は少し考えた後、青年を見てにっこり笑い

「うん!」

と答えた。

それから二人は色んな話をした。

青年は小さい頃に母親が亡くなっていて警察官の父親が男手一つで育ててくれていること。

少年は優しい母親が毎日笑顔で帰りを待ってくれていること。

「明日も来てくれる?」

今度は少年が誘う。

「もちろんだよ」

と青年は笑顔で約束した。


家に帰ると見たことも無いような豪華な食事が用意されていた。

少年が目を輝かせて

「どうしたの?これ」

と聞くと母親は

「今日はたまたま良いお仕事にありつけたから、奮発したのよ」

と優しい笑顔で答えた。

久々に腹一杯の食事をとった少年は

「今日は今までで1番幸せな日だ」

そう言って眠りについた。


次の夕暮れ、少年は笑顔で丘に行く。

少し早く来すぎてしまったので夕陽と手鏡を見ながら座って待つ。

しかし、いつまで経っても青年は来ない。

このままでは日が落ちてしまうので、少年は青年を捜しに富裕層の街に行くことにした。


富裕層の街を走り回る。

広い街を捜しまわるのは大変なことだが、少年は青年に会う為なら苦にならなかった。

高級そうな服が見える店や色とりどりの果物を置いた店、自分の家の何倍も広い家ばかりの住宅街を走り抜ける。

街の半分くらい捜し終えると人集りを見付ける。

横から何があるのかを覗いて、少年は腰を抜かした。

腹と口から血を流して動かない青年と

血だまりの上で瀕死になっている母親の姿があったからだ。

少年はすぐに母親に駆け寄る。

しかし声をかける間もなく警官に怒鳴られる。

「お前はその女の知り合いか!」

驚いて動けない少年に、母親が言う。

「早く…逃げなさい」

少年は少し渋ったが母親に

「行きなさい!」

と怒鳴られ走り出した。

少年が走っている途中で二回銃声が聞こえた。


無我夢中で走って家に入ると、2日前に母親と話していた男が居る。

男は少年に向かって話しはじめた。

「今日、お前の母親は死んだよ」

少年はそれを聞いて街で見たことを慌てて話した。

「そうか、見たのか、じゃあ話が早いな。その青年はお前の父親を殺した警官の息子だ。あの女は復讐のためにそいつを殺したんだ。自分がその場で殺されることを覚悟の上でな。俺はその青年についての情報をあの女に売った情報屋さ」

それを聞いた少年はしばらくうなだれた後、外へ歩いて行った。


少年は丘の上に来ていた。

まだ夕陽は沈んでおらず、鏡を見ると

腕が影になりオレンジ色の顔の中心に黒い線が入ったように見える。

少年は笑った。


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