第9話 最悪の天災
― Side ラウス ―
俺は今自分に起こっていることが理解できずにいた。
イリアと些細なことでケンカしてしまい、仲直りするために森の中まで追いかけて、そこでイリアを捕まえて無事に仲直りもした。
それなのに…。
「嘘だろ」
「おにいちゃん!」
「…逃げろ、イリア」
傍で怯えているイリアに声をかける。
イリアは俺にしがみついて離れようとしない。だから俺はアレ(・・)からイリアを自分の背中で隠すことが精一杯だった。
一分前。
それ(・・)が目の前に突然現れた時は、初め山が降ってきたのかと思った。
だが唸り声で生き物だと分かる。白と黒の鱗を持つ怪物。
赤い瞳と目が合うだけで心臓が握りつぶされそうな気迫。背中には巨大な翼が生えている。口には牙が並んでおり、一つが俺と同じ程の大きさがある。
目の前にいるのは間違いなくファンタジーの代表モンスター、『ドラゴン』。
「エンシェント…ドラゴン」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOO!!」
俺そう呟くとドラゴンはそれを肯定するかのように雄叫びを上げた。
エンシェントドラゴンの雄叫びが森中に響き渡り、目の前でそれを聞いた俺とイリアは放心していた。
「GURURURURU」
唸り声で俺は意識を強く持つ。
ここには俺だけじゃなくてイリアもいる。なんとしてでもイリアだけは助けないと!
俺は自分がするべきことを迅速に考える。
― Side Out ―
エンシェントドラゴン、古代竜と呼ばれるそれは世界の災害であった。
竜種の中でも最上位種であるエンシェントドラゴン。別名『国食い』。
エンシェントドラゴンは過去に11回の出現を確認されている。高い知能と最強の戦闘力を持つエンシェントドラゴンは数十年に一度現れ、その度に国を滅ぼしていったという。
目的は人の捕食。と言っても実際に人を食らうわけではなく、人が死んだ際に出る特殊な魔力を糧としていると推測されている。
人類は9回目のエンシェントドラゴンの襲来まで対処法は皆無だった。
そうして九つ国が滅びた。
だが10回目に変革が訪れる。
勇者と魔王の共闘によって。
エンシェントドラゴンに襲われるのは人間だけではなく亜人や魔族も入る。
勇者と魔王は一時停戦してお互いが生き残るため共闘という過去に異例のない暴挙に出た。
勇者、聖女、剣聖、賢者。 魔王、魔将、四天王。
人類、魔族、お互いの最強メンバーが集まり共闘した。そして10回目に出現したエンシェントドラゴンは撃退されたのだ。
勇者と魔王の共闘。だが一番の戦果を挙げたのは意外な人物だった。
『冒険者B』、名も知らぬ冒険者の一人がエンシェントドラゴンの鱗を貫き、心臓を破壊したのだ。
神の加護も何の地位も持たないただの冒険者が古代竜を討ち取った。
後に国が調べてみると、彼は古代竜以外の上位種の竜を数度討伐したことがあり、その際に特別な力を得ていた。
『ドラゴンキラー』、竜種に対抗できる力。
国は翌年から『ドラゴンキラー』の育成に力を入れてエンシェントドラゴンへの対策ができた。しかし上位種を数体倒さねば『ドラゴンキラー』にはなれないため、国内で『ドラゴンキラー』は数人しかいない。
今回ラウス達の前に現れたエンシェントドラゴンは12回目、そしてこの場に『ドラゴンキラー』はいない。
「GUGYAAAAAAAA!!!」
「死んでたまるかよ!!」
エンシェントドラゴンの咆哮に返すようにラウスは叫んだ。そして即座に両手をエンシェントドラゴンに向ける。
ありったけの魔力を腕に集め手から極大の光魔法【レーザー】を照射した。狙うのは頭と心臓。【レーザー】はエンシェントドラゴンの動きを僅かに鈍らせる、がそれだけだった。そして竜が動き反撃しようとする。
「まだだ! 【吸魔の魔眼】! 【操魔の魔眼】!」
「GURURU!?」
ラウスは両目の魔眼を発動してエンシェントドラゴンの魔力を奪う。
【吸魔の魔眼】で魔力を奪ったことにより【レーザー】の出力も上がる。
「ぐっ! 多すぎる!」
【操魔の魔眼】で見たところまだエンシェントドラゴンの千分の一程度の魔力しか奪えていない。それなのに自分の魔力保有量の限界を感じたのだ。
奪う魔力が多すぎて【レーザー】で使用しても間に合わない。
ラウスはこのままでは自分の肉体が持たないと感じる。
「くっ、…そうだ! 剣!」
昼間もらったドワノフ製ミスリルの剣は【魔力貯蓄無限】のスキルが付与されている。
ラウスはすぐに【操魔の魔眼】で自分の魔力をミスリル剣へと流していく。
一瞬ミスリル剣自体を使い戦うことも考えたが、目の前のエンシェントドラゴンを【レーザー】で辛うじて食い止めている状態だ。剣を抜くために【レーザー】を止めた瞬間に食われるだろう。
ラウスはひたすら魔眼の魔法を駆使してエンシェントドラゴンに立ち向かった。
「GYAAAAAAAAAAOOOOOOOO!!」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」
その頃、ゴラウスの街では。
**** ゴラウスの街 ****
「何だ、今の鳴き声は!?」
「魔物か?」
「今まで聞いたことのないでかさだぞ!」
エンシェントドラゴンの雄叫びは街にまで届いており、住民を不安にさせていた。
「皆さん! 落ち着いてください! すぐに我々が森の様子を調べてきますので皆さんは安心してください!」
「おおっ! インさん!」
「ラウス様の兵が動いてくれるのなら安心ね」
いち早く異常を知ったインはラウスの作った亜人による私兵団を引き連れて森へ入る。領主ラウスは不在だったが私兵団を動かすことをためらわなかった。
インはメイド長兼裏領主と呼ばれるほど実質の権力を握っている。
森から聞こえたあの鳴き声は竜種の可能性が高いと長年の経験で知っていたインは一刻を争う自体だと考える。
もしも上位種の竜であったならばこの街の兵力ではとても対処できない。そうなれば速やかに情報収集をして王都へ救援を求めなければならなかったからだ。
「お坊ちゃま、一体どこへ…」
インは不安だった。
聡明なラウスがこの非常時に屋敷へ戻ってこないのはおかしい。
何か事件に巻き込まれているのではないかと心配せずにはいられなかった。
「どうかご無事で」
インは数名の兵に森の探索を命じる。
兵が恐れぬよう自分が率先して森へ進んで行く。