‐Ⅰ.魔王は勇者がいなくてもなれるけど勇者は魔王がいないとなれない‐ 4
燃焼の助けとなるものもないコンクリート上で、大爆発が巻き起こる。
セラフは反動で大きく跳びあがって距離を開け、立ち上る炎の壁に油断なく武器を構える。生き物が踏み入ることなどできないはずのそこに、何かがいるかのごとく。
「――と。そう言えばこっちの伯爵には初めて本気を出したわね」
《外敵からの威力行為を確認》
誰の耳にも聞こえる電子的な女性の声が、淡々と告げた。
《『虚朧』の抜刀が許可されました》
「蛇蠍封縛鞘、解放せり」
やがて、炎の中からヨキが姿を現した。
めらめら燃える炎にも決してまぎれはしない炯々と細る眼光を、まっすぐ前へと向ける。ことさらゆっくりとした歩調で灼熱の死地を脱すると、無言のまま足を進めて立ち止まった。
超然と立ちはだかる悪の総統は、その肩書に恥じない黒々とした得体の知れないオーラのようなものをまとっていた。多少の煤や汚れは付いているが、着ている服にすら傷ひとつない。
「それよ」
セラフはやや緊張した面持ちで、乾いた唇を舐めた。
「こっちのオリジナルシリーズにも劣らない耐性能力なのに、外装じゃあない。どうやって防いでるワケ? そもそもどこにその仕掛けがあるの?」
得体の知れない敵への脅威――ではなく、彼女の目には高価なおもちゃを見つけた子どものような光が宿っていた。
「さぁ、アタシと戦いなさい!」
ヒュ――
それは返事ではない。掠れた息が音となって、薄く開いた口から漏れていた。耳障りな音を何度か繰り返して、何かを言おうとかすかに唇を動かす。
セラフが高々と跳躍すると、ヨキは我を取り戻してハッとなった。
「っ!」
「ロード、瞬輝天・フラッシュレイ!」
呼びかけに剣は赤熱する。横へ振りぬくと剣の軌跡がアーチとなり、ぱっと弾けて無数の火の玉となった。
ヨキはコートを広げると、そこには鞘を失った黒い刀が抜き身のままでぶら下がっていた。両手に握り、すぐさま力の限りに下から斬りあげる。
しかしセラフは刀の間合いのはるか外だ。
コートがぶわりと広がる。
ヴ ぅん――
刀の軌道をなぞる羽音。気づくとあれほどたくさんの火の玉が忽然と消えていた。
「え?」
あ然となるセラフ。何が起きたのかと目をぱちくりさせた。気を取り直して着地から追撃に斬りこむと、高速の剣は黒い刀で受け止められる。
「へぇ、やるじゃない」
「くっ!」
楽しげなセラフと、苦悶の声を漏らすヨキ。それから二人は、重々しい音とともに刃を交える。一合、二合と切り結んでいくうち、はじめ様子見だったやりとりが、今は一瞬たりとて油断できないほど密度の高い交錯となっていた。
「三割も出せば誰もついてこれないんだけど、あんたは本物みたい――ねっ!」
激しい剣戟の音とともに、再び距離が離れる。さらに攻め立てようとセラフは足を向け、しかしなみなみならぬ気配を感じて踏みとどまる。
「何か仕掛けてくる気ね!」
細い息吹を吐きながら、ヨキはいつの間にか手元に戻ってきた鞘に刀を納める。息を大きく吸い込むと、次の瞬間、真正面からセラフを――いや、その向こうを指差した。
「あぁっ!? あんなところにグレイ型宇宙人が!」
「……は?」
大胆すぎる大嘘にセラフは冷たい目を注いだ。ヨキは気にせずくるりと踵を返して一目散に逃げ出す。意味のないブラフに引っかかったわけではないが、思いきりの良い逃げ足だったせいか、とっさのことにセラフは反応できない。
「え? あっ、待ちなさい伯爵! 逃げるなんて卑怯よ!」
「やかましい! ステータスいじってる者が言うセリフか!」
「はぁ!? なによステータスって!」
「分からないなら貴様はそこまでと言うことだ!」
「なんで上から発言なのよ!?」
その言葉だけなら意味ありげな捨て台詞はともかくとして、陸上選手のような見事なフォームだった逃げ足の速さは特筆に価する。戦闘におけるセラフの高い瞬発力も、駆け足の速さとはまた違ったものだ。
「知っているぞ! 貴様は体力のあるパワータイプだな! つまりスピードはせいぜいポチョムキンってとこだ! ハッハァ! そう、戦艦ポチョムキンのことさ!」
「知らないわよ!」
「フハハハッ、高高度戦略的撤退だ! 『いのち だいじに』っ!」
「クッ、ことごとく意味が分からない!」
なぜか分からないが悔しくてセラフは歯噛みする。
それを尻目に軽快に逃走するヨキだったが、前方に腰まで届く白髪の小さな女の子が立っていた。遊園地と言うロケーションに少女がいることは何も違和感はないが、先ほどまで戦闘が行われていた場所でもある。
「む? 奴らめ、人払いを怠ったな。敵組織ながら行き届いた社員教育は評価していたものを……。そこな少女よ! ここは危険だぞ!」
サンタ社との接触はまだ数えるほどだったが、街から人っ子一人いなくなってしまったのではないかと思えるほどの進入規制の手腕は、見事の一言に尽きる。むしろ部外者の少女が一人くらい紛れこむのが普通だろう。釈然としない中にもそう思っていたヨキだったが、様子がおかしいことに気づいた。
「あら、お優しいのですわね、伯爵」
「!?」
ハーフフレームの眼鏡のアームの部分を、揃えた四本指でクイと調整する。十歳前後の風貌には似つかわしくない、いたずらっぽい笑みを浮かべる少女は、年相応の無邪気さで告げるのだった。
「『しかし伯爵は回りこまれてしまった』と言ったところですかしら?」
「ま、まさか」