‐Ⅰ.魔王は勇者がいなくてもなれるけど勇者は魔王がいないとなれない‐ 2
空を飛ぶ能力のないヨキは、空中遊泳ののち美しい放物線を描いて地面に激突した。
「――ぁぁぁああああっ! ごふっ!」
体だけは丈夫にできているらしく、もんどりうって倒れてもすぐに立ち上がる。
「こ、ここはどこだ? 飛び蹴りを食らったら、いつの間にやら見知らぬ場所に……」
不思議な法則が発動して、昼間なのに静まり返った遊園地へ吹き飛ばされたらしい。注意深くあたりを観察しながら、一人も子どもがいない奇妙な遊園地を歩き始めた。
「……誰もいないのか?」
一人も『子ども』がいない。いるのはテレビ局のスタジオ内で使用するような、ローラー台のついた大型カメラをヨキに向ける大人たちだった。
説明しよう。
彼らはテレビ番組『光輝戦士シャイニィレッド・セラフ』の撮影スタッフだ。一声も発しないで後から着いてまわる彼らの姿は、本来なら大声ではしゃぐ子どもが行き交うはずの遊園地が閑散としていることもあって、異様な風景だった。朝早くにセラフが襲撃してきたのも、地方にあるこの遊園地が開園時間を迎える前に収録を終える必要があるからだろう。
ちなみにこの番組は報道番組として放送されており、出演するのは一応実在する正義の味方と悪党ではある。なのに世間には娯楽として受け止められていた。
もちろん報酬は支払われていない。
ヨキにとって、撮影スタッフは単なる見慣れた背景だ。目に入っていてもいつもどおり相手にはしない。慎重な足取りでジェットコースターの大きなレールをくぐり抜けると、そこではたと足を止めた。
「このカメラ配置は……上かっ!?」
「何ソレ。踏むわよ」
見上げるとセラフがお決まりの腕を組んだポーズで冷然と見下ろしていた。
「あ、でも変態だと逆に喜ばれるのかな? やぁね、変態って」
「なんで勝手に変態認定してんの?」
ヨキは遺憾の声を上げる。
「うっさいわね。なかなか悪いことしないから今日まで見逃してあげてたけど、さすがにあんたを小突きまわして遊ぶのにも飽きたわ」
「いじめだろ、それ。ってかオイ、正義の味方、カメラの前だぞ」
「……ん? カメラ?」
ヨキの言葉にその存在を思い出したらしく、ちらりとあたりを一瞥するセラフ。そして咳払いひとつすると、ビシィッと正面からヨキを指差した。
「伯爵、こんなところで会うなんてあんたの悪運も尽きたようね! 覚悟なさい!」
ばばーん、というSEの音がどこからともなく響いて、キョロキョロするヨキ。
「……ハッ!? 今までのやり取りを放送ではカットする気だな!」
「たとえ巨悪がはびころうとも、アタシの正義の炎が好きにはさせないわ!」
「会話をしろ、会話を!」
「とうっ!」
セラフは数メートルの高さから威勢よく飛び降りた。
「ロード、天壌紅炎圏・プロミネンス!」
つい先ほどは何の予備動作もなしに呼び出した剣を、何もない空間から派手な演出とともに取り出す。真っ赤な衣装をふちどる純白の素材が、着地の瞬間、光子を吐き出して衝撃を緩和していた。きれいなラインの眉を怒らせて改めて剣を正面に構えると、どういったわけかBGMが流れ、火の粉が後を追うように幻想的に舞い落ちた。
「むっ」
ヨキは通りの前後を通せんぼしている二台の黒いワンボックスカーを順に見る。後部が展開して中からスポットライトやレーザー光をセラフに向けている大型の装置には、地元ベンチャー企業の名前とトレードマークのサンタガールがプリントされていた。
ちなみにこの特殊効果班は番組スタッフではなく、サンタ社側スタッフだ。
何も見なかったように正面に向きなおるヨキ。
「ちぃっ、やるしかないか?」
否応なしに高まる戦いの気配に、不本意ながら腰の刀を意識した。先代から引き継いだ数少ない戦力で、物々しい造りの鞘にはシンプルな黒い刀身の刀が納められている。