‐prologue. おとぎの国の不文律 2
《もう一度言おう。僕たちの研究テーマは、非常識な『おとぎの国の不文律』を、僕たちの常識にする技術だ》
「セラフ!」
地面に突き立った重厚な装飾剣に手をかざす少女を、突如として巻き上がった炎が一瞬のうちに飲み込んでしまった。即死かと思える衝撃的な光景もつかの間、しかし彼女は凛と眦を決す。炎の中からゆっくりと進み出て、改めて装飾剣に手を伸ばす。
炎を割って中から進み出ると、すっかり装いが変わっていた。
片手を腰に当て、もう片方の手は前へ伸ばすポーズ。
《紹介がまだだったね。彼女は君もご存知のとおり、この地域が生んだヒーローだ。しかし今となってその認識だけでは不十分だ。セント・アーク・ローズ社の高潔なる華、
彼女の名は――》
「纏装ッ! ――シャイニィレッド・セラフ!」
正義の味方は高らかに名乗りを上げた。
背後で色とりどりの光線が駆け巡って幻想的に火の粉が舞い落ちると、悠然と『変身』を終える。突き立った剣の柄尻に両手を重ねて乗せる威風堂々とした立ち姿は、どこか騎士を彷彿とさせる、凄烈ながらも清廉な気迫だった。
情熱の赤は彼女にこそふさわしい。
赤を基調としたドレスアップ姿は打算や駆け引きを知らない彼女に良く似合っている。光沢のある純白のフリルや、それと同じ素材でできた大輪の牡丹の髪飾りなどで、そのまま舞踏会に出られそうなほど華やかなものにドレスアップしていた。
ついでにどんなメカニズムが働いたのかは知らないが、髪形がアップに変わっている。
《これが僕たちの研究成果の第一号にして、予防的犯罪抑止力の保持者。
そして次世代の包括的威力正義活動を担う若き戦士だ》
政府組織が全面バックアップする『正義の味方』の鮮烈な変身デビュー。これには流石の鉄面皮、ラキも大いに面食らった。
何より、セラフと名乗りを上げた少女の気迫は、悪の総統ですら警戒するに十分な素養とプレッシャーを備えていたのだった。
《どうかな、伯爵。自分で言うのもおこがましいけど、かなりの自信作なんだ》
戦いの気配を察知して、ラキはもう軽口に付き合うことはなかった。
「ロード、天壌紅炎圏・プロミネンス!」
少女――セラフは地面から剣を引き抜きざまにもう一方の手で刃を撫でた。すると剣は再び業火を噴き出し、戦闘準備を整える。重そうな剣を軽々と扱って正面で構えた。
「なるほど。確かに私のほかに、文字通り太刀打ちできる者はいないだろうな」
ラキの広げるインバネスコートの中には、蛇が巻きつくような物々しい外装の鞘がさがっていた。だがすらりと音もなく抜刀すると、むしろ拍子抜けするほど飾り気のない黒い刀身が姿を現わす。刀を握った両手をリラックスしてぶら下げ、斜め前を向くつま先の延長線上の一歩先へ刀の切っ先を向けた。
《そうだろう? 豪華すぎるキャスティングとは思ったが、ほかでは役者不足なのさ》
互いに臨戦態勢になると、いつ戦いが始まってもおかしくなかった。いや、風は凪いでいるのに、二人のあいだをビリビリとした猛烈な気配が駆けめぐっており、実のところすでに激しい交戦を繰り広げていた。
「ラキ伯爵。長きに渡って正義の雌伏してきた日々は、今日でおしまいよ」
強い意志と明確な敵意を双眸に込め、セラフはそれまでになく流暢に語る。
「正義、だと」
「あなたの秘密結社イグナイトは、大きくなりすぎた。その脅威、正義の名のもとに取り除かせてもらうわ」
「ほざけ」
ラキは感情を見せずに、にべもなく言い捨てる。