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気象予報士 【第2.5部】  作者: 235
月夜のジレンマ
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2

 道の先に空色の家が見えて。久しぶりの実家に、自然と気持ちが高ぶる。

 仕事場のある都会の街は、色々と便利な事もあるけれど。一人暮らしはとても味気ないもので、この夏の帰省で疲労した体を休めて、のんびりとした気分になれると思うと、どうしても笑顔になる。

 助手席に置いた有名洋菓子店の箱に目をやって、妹の喜ぶ顔を思い浮かべた。五つ下の妹はとても素直で、昔から可愛くて仕方なかったのだ。


 いそいそと家の駐車場に車を入れる。荷物を持って外に出ると玄関の扉が開いた。

「お帰りー」

「ああ、・・・ただいま」

 一瞬、妹が出迎えてくれたのかと思ったら、母親が扉の前に立っていたので、少し落胆する。

「あら、何よー、その残念そうな顔は。久しぶりに美しい母に会ったんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ。裕一さーん、司月が帰ってきたわよー」

 家の中に向かって父親を呼ぶ、相変わらずの母親に苦笑がこぼれた。

「緋天は? まだ帰ってないのか? 就職したって言ってたけど、どこまで行ってるんだ?」

「もう帰ってくるわよー。あら、それケーキ? あっ、ここの食べたかったのよー。気が利くじゃない。ちょっとー、二時間も車の中に入れて、平気なのかしら・・・早く冷蔵庫に入れないと」

 手に持った紙箱を素早く取って、家の中に入る母の後ろ姿に、またも苦笑が漏れた。

「おー、お帰り。車で来たのか? 混んでただろう」

 入れ違いに父が顔を見せる。

「そうでもないよ。まだ休みも本格的に始まってないしね。緋天はまだ仕事?」

「そろそろ帰ってくるだろう。緋天は明日から休みなんだよ」

「もう暗くなるから、迎えに行った方がいいかな?」

 だんだんと青空が夕焼けに変わっていく。少し心配になってそう言うと父が笑う。

「お前も相変わらずだな。まあ、遅くなるなら電話してくるさ。あ、ほら、帰ってきたぞ」

 その視線の先をたどると、銀色のスポーツタイプの車が見えた。こちらに近付いてくる。一目で外車と判る、その高級な車に、何故緋天が帰ってきた事になるのか、意味が分からず父親を振り返る。

「緋天、車買ったの?」

 絶対に違うと判っているが、一応そう聞いてみる。すると、父の顔が不思議そうな表情に変わって。

「お前、聞いてなかったんだっけ?」

「え? 何が?」

 聞き返すと同時に、家の前の道路に車が停まった。こちら側から見える運転席には、知らない男が座っていて、自分達に向かって頭を軽く下げる。

「あら! やっぱり蒼羽さんだわ。ふふ、この車の音、最近聞き分けられるようになったのよ」

 一度家に入った母が、玄関に出てきて。嬉しそうに笑っている。同じような笑みを父も浮かべているので、二人はどうやらこの男を知っているらしい。

 ふいに車のドアが開いて、男が外に出てくる。その顔は何かの芸術品かと思う程に整っていて、そこだけ別世界のように感じられた。

「ただいまー! お兄ちゃん早かったね!!」

 不覚にも同じ男に見とれてしまって呆然としていると、心配していた妹が、その男の車から顔を出す。

「やあ。久しぶりだね」

 緋天と肩を並べる男に、父が親しげに声をかける。

「ああ、そうだわ! 蒼羽さん、時間あるならご飯食べていかない? 今日は久しぶりに全員そろうから、ごちそうにしたのよ」

「わーい。ごちそうー。蒼羽さん、用事ないよね?」

 母の言葉に緋天が男を見上げる。その顔は満面の笑みで、頭のどこかから危険信号が発せられた。

「・・・せっかくご家族がそろった所にご迷惑では?」

 控えめなその声が、なぜか危機感を煽る。

「はは。そんな上等な家族じゃないよ。遠慮しないで」

「そうよー。迷惑どころか大歓迎なのに!!」

 口々にそう言う両親の言葉。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「やったー!!」

 喜びの笑顔を全開にする緋天。

 

「・・・失礼ですが、どちら様でしょう?」

 一人だけのけ者にされた空間に絶えられず、思わず口にすると。

「あらやだ。しーちゃん知らなかったんだわ」

 母が右手を口にやって、驚いた目を自分に向ける。

「失礼しました。お会いするのは初めてですね。蒼羽・ウィスタリアといいます」

 笑顔を浮かべた男が、礼儀正しい挨拶をしてきた。

「蒼羽さん、同じ会社で働いてるの」

 付け加えるように緋天が口を開く。

 ただの同僚が、何故家に送り届けて、あまつさえ夕食を食べていくのだ。しかも、何故両親は親しげに話しているのか。

 そういった疑問が浮かんだと同時に、母が恐れていた答えを口にした。

 

「緋天ちゃんの彼氏よ」

 

「なっ・・・。ああ、そうか。お母さん、そういう冗談は良くないよ」

「うそじゃないわよ。そりゃ、蒼羽さんは信じられない程かっこいいけど。うちの緋天ちゃんを選んでくれたんだから。宝クジに当たるよりラッキーなのよ!」


 見ないようにしていた、ソウウさん、にまた視線を戻すと。柔らかい笑みを浮かべたその顔が、少し赤い頬をした緋天を見ていた。

 

 大事にしていた妹が。

 いつのまにか、得体の知れない男に取られていた。


「・・・よろしく。僕は緋天の兄で、司月というんだ。月を司ると書いてシヅキ」


 この。目の前の人間がどんな男か。

 のんびりした両親に代わって自分が確かめなければ。

 

 握手を求めて、ソウウさん、に表面上の笑みを向ける。

 差し出された奴の手を、きつく握って。

 まずは軽く牽制。

 

 そう簡単に緋天を渡してなるものか。


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