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気象予報士 【第2.5部】  作者: 235
月夜のジレンマ
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1

「お休み?」

 一日の終わり。蒼羽の横に腰掛けたところで一息ついていたら。

 ベリルが突然、休みを取ろうか、と言い出した。ソファの背もたれ越しに彼を振り返る。


 七月も終わりに近付いて、蒼羽が梅雨の忙しさから解放された金曜日。

「うん、そう。ほら、日本で言う、お盆休み、とかそういうの。夏季休暇、かな。こっちの世界も、暑い夏に長期休暇を取るのが普通だよ。いつ頃休みたい?」

 ソファに沈んでいた体を少し浮かせて、思わず体全体でベリルに向き直って。彼の口から、お盆、などという言葉が出るのが、少しおかしかった。

「あー、そういう事、思いつかなかった。いつでもいいんですか?」

「うん。いつでも。十日くらい休んでも全然平気。だって、緋天ちゃん、有休一回も使ってないでしょ?」

 自分の世界に、“仕事をしている”という事を証明するあらゆる事務手続き。それは全てセンターの情報部が行っていて。異質なこの身は、表向きに普通の企業に就職した形になっていた。

 隠れ蓑であるはずのそれは、驚いた事に実際に存在する、世界中にネットワークを持つ企業。当然と言うべきか、企業の裏側の管理・運営は蒼羽側の人間であった。表の一般社員は、自分と同じ側の何も知らない人間との事。

 とにかく、そこに属する社員である自分には、有休も、一般の長期休暇も存在していた。

「じゃあ・・・家族もみんなお盆前後が休みだから、その辺りに休もうかな」

 そう答えてから、ふと疑問が浮かぶ。

「蒼羽さんは?」

 ずっと隣で黙っていた蒼羽を見上げた。なぜか眉間にしわが刻まれていて。

 無言で自分を見てくる彼に、どうしていいのか分からなくなった。

「そうだ! 蒼羽も一緒に休みを取ればいいじゃないか。そんなに緋天ちゃんが休むのが嫌ならさ」

 困惑はあっけなく、ベリルが笑いながら消してくれた。口を開かない彼の代わりか、更に説明を加えて。

「蒼羽はね、今まであまり休んだ事がないんだ。だけど今年はみんな休みを取ろうよ。ちゃんとした予報士の仕事ができる人を呼ぶから。二人でどこかに遊びに行けば?」

 そう言われてみると、改まって二人で遊びに行くなんて考えた事がなかった。新しいおもちゃを与えられた子供の気分になって、期待をこめて蒼羽の言葉を待つ。

 ふわりと微笑を浮かべた蒼羽がベリルを流し見て。

「たまには気のきいた事を言う」

 その視線を自分に移して、さらなる笑みを披露する。

「どこか行きたい所はあるか?」

「えっ!? 蒼羽さんもお休みする? 一緒に遊べる?」

 わくわくする気持ちを抑えながら、確認の言葉を聞く。

「ああ」

 短く、けれど充分に優しげな声音が耳に届いた。思い切り叫びたい程の高揚感が訪れて、どうすればいいのか分からない。必死で頭を巡らせる。その間に、彼の腕が腰に回り、いささか不自然にひねっていた体を元に戻してくれた。

「えっとね、えっとー、ええー、あー、あっ! 涼しい所に行きたい」

「おー、いいんじゃない?」

 連日の三十度を超す暑さに、かなり参っていたから。梅雨を抜けて、やっと蒼羽とゆっくりできる、と思えば。手をつないだりするのも暑くて。引き寄せられても、暑い、という言葉が出てくる。蒼羽の少し焦れたような顔を何度か目にしていた。

「緋天ちゃん、最近食欲ないもんねー。涼しい所なら、ご飯もいっぱい食べられるよ、きっと」

「そうだな・・・どの辺りがいい?」

「うー・・・わかんない。蒼羽さんが決めて。涼しければどこでもいいよ?」

 あまりに嬉しくて、頭が回らないのでそう答える。

 優しい彼の声も、その笑みも。全部が嬉しさを煽る。

「ん。分かった」

「あぁ、楽しみー」

 急に、夏休み、を感じる。

 楽しいものが近づく感覚に身を任せて、久しぶりに体が軽くなった。

 

 

 


「緋天ちゃん、嬉しそうだったねー」

 緋天を送り届けた蒼羽が戻ってきて、そう声を掛ける。蒼羽自身も嬉しそうに微笑を浮かべていた。暑さに参って最近元気がなかった緋天が、久しぶりにハイテンションだったので。

「どこに行くか決めた?」

「涼しくて、邪魔が入らない所」

 口の端を上げて、蒼羽が答えた。一瞬でその考えを理解する。

 本当にだるそうな表情の緋天を前に、蒼羽が諦めて手を引く場面は。部外者の自分が見ていても、少し蒼羽が気の毒に見えた。暑さに弱い緋天を涼しい場所に連れて行って、何の遠慮もせずに抱きしめたいのだろう。

「まあ、蒼羽の本当の目的は言わない方が無難だと思うよ。緋天ちゃんが好きそうな場所も近くに探しておけば? そうすれば怪しまれないよ、多分ね」

 ささやかなアドバイスを口にすると。

 不敵な笑みを浮かべた蒼羽が目に入る。

「本屋、行って来る」

 たった今入ってきた扉をまた開き、外に出て行くその背中を見送って。後ろめたい気持ちにさせられた。

「もしかしたら・・・蒼羽に味方したのは緋天ちゃんに迷惑かけたかもしれないなー・・・」

 

 ぼそりと呟いたそれは、音にした瞬間に確信に変わっていた。


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