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影武者仕事再び

「何があったんですか!」

 部屋に飛び込むなりアイラはたずねた。エリーシャは、厳しい表情で二人を見つめ返す。

「アイラに描かせた魔法陣が発動したってことよ」

「わたしの描いたって……特殊な効果があるってやつですか?」

 時分が描くのは面倒だからと、ジェンセンはアイラに魔法陣を描かせることが多い。アイラも父親としてはともかく、魔術師としての父は尊敬していたし自分が彼の才能を受け継げなかったことを悔しくも思っていた。

 だから、彼に言われるままに魔法陣を書き続けてきたのだけれど――。


「今、皇宮には国内外からの客人が多数来ているでしょう? しかけるなら絶好のチャンスだもの」

「人の出入りも多くなりますしね。外国からの客人――その供としてなら、この皇宮の片隅に入ることくらいなら可能でしょう」

 訳知り顔でダーシーはうなずいた。

「それはともかく――そういうわけだから、わたしは脱出する。アイラ、あなたはわたしとは別行動で。ダーシーはわたしと一緒に」

「命をかけてお守りします」

 エリーシャは無言のまま横を向き、せっかくのダーシーの決め台詞は完全に黙殺された。アイラは唇を引き結ぶ。

「――わかりました!」

 自分の顔が強ばっているのもわかったけれど、エリーシャの言いたいこともわかる。


 影武者の存在が知られているとは言え、二手に分かれてしまえば相手はどちらが本物のエリーシャなのか迷うはず――。だから、アイラはエリーシャのふりをしなければならない。

 アイラは、指輪を手に呪文を唱える。その声にエリーシャの声が重なった。

「……魔術の重ねがけ?」

「違うと思います」

 ややこしいことに、アイラが魔術でエリーシャの姿をとっているのと同じように、エリーシャはエリーシャ自身の姿を本来の姿の上に描いている。


「だって……ユージェニーが魔術の存在見破ったじゃない? もし、追いかけてくる段階で敵が『魔術で姿を装っている方』を選んだら困るもの」

 首の後ろで金の髪を束ねたアイラとエリーシャは、服装をのぞけば鏡に映ったと言われても信じそうなほどに同じ容姿になっている。エリーシャはアイラの両肩に手を置いた。

「気をつけるのよ、アイラ」

「――ご無事をお祈りします!」

 何事もなければいい。そう願いながら、アイラは皇女宮を飛び出した。


「エリーシャ様!」

 イヴェリンと夫のゴンゾルフがばたばたとやってくる。二人は後宮騎士団員たちを所属する部署の区別なく指示を出しては、右往左往する後宮の住人たちを避難させていた。

「――何があったの?」

 その声音で、二人ともエリーシャではなくアイラがこの場にいるのに気がついたようだ。

「――ジェンセンがしかけた魔法陣が発動した――つまり、皇宮内に外から何者かが押し入ろうとしているということです」


「前回の襲撃からちょっとは進歩したということね」

 エリーシャの皮肉げな口調を真似てアイラは言う。

「……そういうことですな。とにかく、皇宮内にいる人々は全て、魔術研究所に避難していただいています」

「それでいいわ」

 この国の中で一番安全なのは、皇宮内にある魔術研究所だ。あそこの壁は、魔術で攻撃されても壊れない材質で作られている。エリーシャも、アイラには知らされていない抜け道を使って、そこへと避難しているはず。


 ――大丈夫だ。怖くない……怖くない。

 本当に? と問いかけてくる心の声を無理矢理に押さえ込む。エリーシャの供をして別荘を訪れた際、操られた死体と戦った時のことを思い出した。敵を切った時の感傷を思い出すと、今でも右手に嫌な感触が走る。

「まったく、何度も何度も攻撃されるなんて!」

 忌々しそうな声と供に空中から姿を現したのは、ユージェニーだった。彼女は、前回はアイラたちとは敵対する側だったのだが――。


「悪いけど、わたしは魔術研究所の方に回るわよ! カーラとベリンダだけじゃ手が回ってないし。ジェンセンがしかけた『あれ』に巻き込まれるのもごめんだし! その前に、イヴェリン、あなたこれもっといた方がいいわよ」

 ユージェニーがイヴェリンとゴンゾルフの二人に投げつけたのは、皇宮騎士団の制服のマントによく似たマントだった。

「多少の魔術攻撃ならそれで避けられるから」

「……あら、ありがと」

 悪びれた様子もなくゴンゾルフ夫妻はそのマントを受け取り、今の装備と入れ替える。


「では、ご武運を」

 エリーシャを装っているアイラには、丁寧に一礼して、ユージェニーは空中へと溶けるように姿を消してしまう。

「……それで、わたしはどうしたら?」

 アイラは、二人に問いかけた。

「魔術研究所に行く。なるべく目立たないところを通って」

 アイラはうなずいた。


「――全員誘導は終わった? じゃあ、あなた残っている人がいないか確認して。エリーシャ様はこちらに」

 てきぱきと指示を出したゴンゾルフに導かれて、アイラは目立たない通路を通って魔術研究所目指して走り始める。

「――また!」

 皇女宮の中で聞いた物音がまた聞こえた。アイラは思わず物音の方へと視線をやる。この場から、音の場所が見えるわけでもないのだが。

「――やあ、娘よ!」

 のんきな声に、アイラは眉をつり上げた。せっかくエリーシャのふりをしているのに、「娘よ!」などと呼びかけられては無意味ではないか。

「気を使え! この馬鹿親父!」

 アイラは遠慮なく父の後頭部を叩いた。


「大丈夫だって。今回は、ここまでは入って来ないよ。パパ、そのくらい頑張ったもーん」

「……ここまで入ってこないってねぇ……」

 アイラが父に向けた目は、思いきり疑わしいものだ。実際、何度も襲撃されているし、後宮まで襲撃されたのもまた事実だ。

 また、物音が響いた。アイラがびくりとしてそちらを振り返るのとジェンセンが「来たねぇ」とにやりとするのは同時だった。


「よし、それじゃ様子を見に行こうか?」

「……様子を見にって……」

「エリーシャ様も魔術研究所に無事にたどり着いたしさ。ゴンゾルフ、お前も状況を見ておく必要があるだろ?」

 アイラはため息をついたけれど、騎士団長は野太い声で「そうね」とジェンセンに返すのだった。


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