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本当は入っちゃいけないんですよ!

 弔問の客は、ひっきりなしに訪れていた。エリーシャは、皇位継承権を預けてはいるが、セルヴィスに万が一のことがあれば復帰するというきわめて微妙な状態にいる。

 もっともこれは、タラゴナ帝国では過去に何度か例があった事例であって、特に皇位継承権第一位を持つのが女性である場合に使われる手でもあった。

 実際、皇位を預けた後復帰した例もないわけではなく、皇族の一員である事実にも変わりがないことから、貴族達にとっては、エリーシャは現在も無視できない相手なのである。


「……ふぅ」

 最後の客人が退室するのと同時に、エリーシャはソファの背もたれに寄りかかった。

「……疲れた」

 自分の領地に帰ってから、エリーシャはほとんど客人にも会うことなく静かに過ごしている。身につけているのも、ずしりと重いドレスではなく、エリーシャが好んで身につける裾を縛ったズボンにシャツという動きやすい服装だ。

「ウェスト締めるでしょ、服重いでしょ、あぁもうっ……」

 エリーシャはテーブルにぱたりと突っ伏した。

「もう、お部屋にお帰りになりますか?」

「……そうする」

 アイラがエリーシャを促した時だった。部屋の扉がノックされる。許可を受けて入ってきたのは、エリーシャの婚約者だった。


「あら、ダーシー」

「お悔やみを申し上げます、皇女殿下」

 転送陣で同行せず、後から追いかけてきたダーシーは、馬車を使ってようやく皇宮にたどり着いたのである。

「そうね、わざわざ来てくれてありがとう」

「いえ――タラゴナ貴族として当然のことですから」

 黒い服に身を包んだダーシーは、エリーシャに微笑みかける。彼を見て、エリーシャもほっとしたような顔になった。


「あなたはどちらに宿泊するの?」

「睡蓮邸に滞在を許されておりますので」

「そう」

 ダーシーは、以前と変わらず睡蓮邸に滞在するらしい。彼の屋敷は、未だに使える状態ではないらしい。


「それより、今夜、何か起こるとジェンセンから伝言を預かっております」

「わかった」

 ダーシーの言葉にも、エリーシャは驚いた様子は見せなかった。

「私も何か起こるんじゃないかってずっと警戒解かずにいたの。警備を任されている人たちにとっては面倒だったでしょうけどね」

「それと、ウェスター伯爵についてですが」

 ウェスター伯爵の名に、かすかにエリーシャが眉をひそめる。アイラも緊張した面もちで二人を見つめていた。


「ジェンセンが飛んで見てきたところ、例の屋敷は、すでに解体されていたそうです」

「奥方は?」

「そろそろ王都に到着する頃かと思います」

「ということは、無関係ではないのでしょうね」

「どうでしょうね」

 困ったような顔で、ダーシーは首を振った。彼はその点について口を出せる立場ではない。


「……もっと思うように動ければいいのに」

 物憂げな表情になって、エリーシャは髪をかきあげた。

「ダーシー」

「はい?」

「あなた、今夜皇女宮に泊まりなさい」

「へ?」

 エリーシャの言葉に、調子の外れた声を上げたのはアイラだった。ダーシーは、黙ったままエリーシャを見つめている。


「だ、だめですって! 勝手にそんなことしたらいけませんよ、エリーシャ様!」

「大丈夫よ、わたしがいいって言ってるんだから、問題ないでしょ」

「大ありですって! 入っていいのは、ゴンゾルフ様だけですよ?」

 婚約者といえど、皇女宮へ入ることは許されていない。そのためにわざわざ睡蓮邸に滞在するように手配したのだから。

「だって、ダーシーにまで手を回せないでしょ。睡蓮邸まで警護を回すの大変だもの」

「……そうか、エリーシャ様の婚約者ですからねぇ、見ようによっては重要人物ですか」

「見ようによらなくても重要人物ですよ!」

 アイラは横からつっこんだ。忘れがちなのだが、ダーシーも十分重要人物だ。タラゴナ帝国の貴族なのだから。


「そう言えばそうだったねぇ。エリーシャ様のお側にいるものだから、そちらの立場の方が重要だからすっかり忘れていたよ。家督を継いだと言っても、何かしているというわけでもないですし」

 のんきな口調でダーシーは言う。レヴァレンド侯爵家は、死者を操る魔術師の支配下に置かれた影響で、使用人の大半が死亡、もしくは精神的に不安定になってしまった。

 

 ダーシーもかつては影響下に置かれていたのだが、それが解けた以降もあまり公の場には出ない生活をしているために、緊張感を欠いてしまっているようだ。


「……家督を継いだのを忘れてもらっては困るのだけれど。弔問に関しては、あなたとわたしの関係を考えれば来るなともいえないし、しかたないでしょ」

 エリーシャは肩をすくめて立ち上がる。

「……どうやって皇女宮に入っていただくんです?」

 エリーシャについている侍女がアイラ一人ならともかく、今回は皇后に仕えていた侍女達がぞろぞろとついてくるのだ。入口もしっかり固められているし、隙を見て入ってもらうのは難しい。


「う・ら・ぐ・ち」

 一文字一文字を区切りながらエリーシャは指を振る。

「あれは、裏口じゃなくて抜け道です!」

 アイラの声は、当然のごとく黙殺されたのだった。

 

 † † †


「……ライナス様が見たら怒るだろうなー……」

 侍女のお仕着せから普段着に着替えて、アイラは後宮の外に出た。エリーシャ曰くの裏口からダーシーを招き入れるためだ。

「やあ、悪いね」

「もうちょっと悪びれてください」

「ムリ」

 本来立ち入り禁止のところに入ろうというのに、ダーシーは堂々としたものだ。アイラは額に手をあてたけれど、彼は全く気にすることなく、アイラの開いた扉から中に潜り込んだ。


「ふむ」

 二人が歩いていくところだけ、明かりがつく通路にダーシーは興味深そうな目を向けている。魔術の明かりを使うのは珍しいから、彼が興味深く見ているのもわからなくはない。

「この通路はどこに続いているのかな?」

「皇女宮の普段は使われていない通路です」

 通路を出て、無事に皇女宮の中へと入る。何か聞こえたような気がして、アイラは足を止めた。


「ダーシー様、ちょっと急いでもらっていいですか?」

「ん?」

「何か起こりそう――っていうか、絶対に何か起こってます!」

 ダーシーを引きずるようにして、アイラは走り始める。エリーシャの私室に

飛び込んだ時には、ちょうど彼女は腰に剣を吊ったところだった。


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