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新しいお仕事

 熱い抱擁を押しつけてくるジェンセンをするりとかわし、アイラはイヴェリンの背後に回る。

「早くエリーシャ様のお側に戻りたいんだから、さっさとやることを指示してよ!」

「……しばらくぶりだというのに、冷たいなぁ。アイラは」

 いちいち父の言うことに取り合ってもいられないので、アイラは右手を突き出した。そこにジェンセンが、魔方陣の記された紙と宝石がはめ込まれた美しい金色のペンを差し出す。


「これは、特殊な魔方陣を描くために用意したペンだ。注意して扱えよ」

「注意って?」

「落とすと割れる」

 そんな大切なものなら、もう少し頑丈に作っておいて欲しい。アイラはきゅっと唇を結んで、右手にペンを持ち、左手の紙を見た。

「これ、見たことないんだけど……」

 一番よく使うのは、転移の術を使うための魔方陣だ。他にもいくつか覚えさせられた魔方陣はあるけれど、これはそのどれにも当てはまらない。


「……言ったろ、それは特殊な魔方陣だって。東、北東、北、北西、西、南西、南、南東の順に描いていく」

「わかった。全部同じ魔方陣でいいの?」

「いや、次の場所に行ったら俺が描くべき魔方陣を 指示する」

「そんな面倒なことをするくらいなら、父さんが自分で描けばよかったのに……」

 文句を言いながらも、アイラは支持された魔方陣を見つめて頭に叩き込んだ。そして、指示された場所に膝をつく。


「遅れて悪かったわねぇ。前宮の方は問題なさそうよ」

 空中からぽんと降りてきたユージェニーは、少し息を乱していた。

 毎回転がり落ちるジェンセンとは違い、ローブの裾を乱すことなく、綺麗に着地する。イヴェリンがユージェニーを睨んだ。

「遅いぞ」

「だってぇ、時間かかったんですもの」

「わたし相手にくねくねしてもしかたないだろう! それはジェンセン相手にやれ!」

 

 紙の内容を写し取りながら、アイラは妙なことに気づく。イヴェリンも、ジェンセンも、遅れてきたユージェニーも妙にぴりぴりしている。互いにかける口調がとげとげしいと言うだけではなく、そこに別の何かがあるような。


「アイラ、何をしている。さっさと描くんだ」

 皆の雰囲気に飲まれてしまって手が止まったアイラをジェンセンがせかした。

「全部で八個描かなきゃならないんだからな」

「……ごめんなさい」

 アイラはもう一度紙を見て、再び手を動かし始める。


 皆の空気にあてられたせいか、一つの魔方陣を描き終えただけでアイラはぐったりしてしまった。

「よし、それじゃ確認するぞ」

 ジェンセンがアイラの描いた魔方陣のすぐ側に立った。口早に何か呟いたけれど、何を言っているのかアイラにはわからない。

 一瞬、ちかりと魔方陣が輝いたような気がした。

「よし、正しく描けてる。それじゃ、次だ」

 一つ描けたからと言って、そのまま帰してもらえるはずもなく、次は北東の隅へと向かう。


「ここの魔方陣は、これ」

 新たな紙がアイラに手渡された。

 頭がぐらぐらする。昨夜、寝不足だっただろうか――いや、そんなことはない。めまいがするのを堪えて二つ目の魔方陣を描き終えると、ジェンセンが正しく描いてあるか確認する。

 三つ目、四つ目と続き、五つ目を描き終えて立ち上がったところで、アイラの視界が暗くなった。

「――ごめんなさい……ちょっと」


 おかしい。どうして立ち上がれないんだろう。地面に両手と両足をついて、アイラは呼吸を整えようとした。イヴェリンが手を差し出してくれて、地面にぺたりと座り込む。

「ジェンセン、少し休ませてやれ。顔色が悪い」

「しかしだな、急がないと――」

「アイラが倒れたら元も子もないだろうが」

 渋い顔をしているジェンセンをイヴェリンが睨み付ける。


「少し休ませてあげた方がいいわよ。かなり体力消耗してるんだから。じゃ、わたしは南の方、確認してくるわね」

 まだ魔方陣を描き終えていない南方面を見てくるとユージェニーは気楽に姿を消す。彼女、いつの間に皇宮にこんなに馴染んでいるのだろう。

「……父さん、何隠しているの」

 ただ、魔方陣を描くだけならこんなに体力を削られることはないはずだ。地面に座り込んだアイラは父親を見上げた。


「んー……まあ、父さんもいろいろ大変でなー」

「それは今に始まったことじゃないでしょうが」

 アイラがカフェで働いて生活していた頃から、父はどうやら皇宮に出入りしていたらしい。市井の魔術師のように装ってはいたけれど。それは、今となってはアイラもよく承知している

 何のために皇宮で魔術師として仕える道を捨てたのかまでは、まだわからないけれど。


「ほら、この魔方陣描くと体力消耗するしぃ? 父さん疲れてると、何かあった時に対応できないしぃ? みたいな?」

「いちいち語尾上げてしゃべるな!」

「そのペン持った手で叩くのやめろってー」

 あまりにも力の抜けたジェンセンの言葉に、ぐったりしていたはずなのに思わず立ち上がってしまう。

「……父さんの娘なら、もう少し役に立ててもよさそうなものなのにね」

 たぶんそれは、エリーシャに仕えるようになってから、何度もアイラの胸をよぎった想いだった。


 だらだらしている父親を叱りつけ、研究所の整理をし、カフェで働く――難しいことは何も考えずに。何事もなかったら、そんな生活で十分満足していたと思う。

 浮いた話はなかったけれど、そのうち彼氏の一人や二人できて、お嫁にいって――きっと、その時には残していく父のことが心配でしかたなくなりそうだ。

 今までのそんな生活に不満を感じたことなんてなかった――けれど、今となっては、力を欲している自分に気がつく。


 ジェンセンやユージェニーといった人間離れした能力の持ち主ばかりに囲まれているから、余計にそう感じるのかもしれない。アイラにできることといえば、いざという時にエリーシャの影武者を務めることくらいで。

 エリーシャに影武者がいることを知られた今、影武者の存在意義があるかどうか。

 父親のような力があったならなんて、自分が願うようになるなんて思わなかった。

「お前な……」

 驚いたような顔をして、ジェンセンがアイラの方を見ている。

「まあ、人間自分のやるべきことをやればいいってことだよ。ほれ、さっさと次の魔方陣を描け、描け」

 父の言う通りだ。いつまでもこうしてはいられない。アイラはペンを握りしめて立ち上がった。

 アイラが八個の魔方陣を描き終えたのは、その夜、深夜になろうかという頃だった。

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