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セルヴィスの申し出

 侍女に見つめられて、アイラは視線を伏せた。

 エリーシャにできるだけ似ないようにと、後宮で仕込まれた不細工メイクは現在も続行中だ。できることなら、この状態であまり人に見られたくないのだけれど。

 エリーシャをもとの部屋まで案内した侍女は、一礼して引き下がっていった。ローザ、とか何とか名前を名乗っていたような気もするけれど、アイラは彼女のことは頭から追い払う。


 エリーシャが部屋に落ち着くとすぐに、すぐに侍女のお仕着せに身を包んだベリンダがやってくる。ユージェニーも同行していた。ユージェニーもまたアイラやベリンダと同じような侍女の服装をしているのだが、似合わないことこの上ない。

 ベリンダは持ち前のぶっきらぼうさで、ユージェニーはにこやかにエリーシャに挨拶をする。

「こっちは変わった様子はない?」

「……ジェンセンが様子を見ていますが、特には変化はないようです。」

 エリーシャがたずねると、ベリンダは首を横に振った。ユージェニーがベリンダの袖を引く。

「それでは、結界を確認して参りますわね。ベリンダ、行きましょ」

 では、とエリーシャに頭を下げ、ユージェニーが先に立って二人の魔術師は部屋を出て行った。


「ユージェニーの方がはるかに年上のハズなんですけどねぇ……」

 二人が消え去るとアイラは思わずつぶやいた。

「たしかにそうね」

 エリーシャも苦笑いする。ユージェニーの方がベリンダより年上なはずなのだが、年齢に逆らわないベリンダとは違い、ユージェニーの方は定期的に若返りの術を施している。

 そのため、下手をすればベリンダがユージェニーの母親くらいの年齢に見えなくもないのだ。


「寝室を見に行くわ。あなたも行くでしょ」

 エリーシャの寝室は、以前とさほど変化のないよう見えた。部屋の隅には、アイラが使うためのベッドも以前同様置かれている。

「ベッドは……やだ、お母様が使っていたものじゃない。どこにしまいこんであるんだろうってずっと気にしてたんだけど」

 柔らかな色合いのベッドには、四本の脚に細かな彫刻が施されている。

 天蓋には黒に見えるほど暗い色合いの紺の重厚な生地が使われていた。そこには銀糸で、星座や月の刺繍が施されている。


「……お母様」

 エリーシャはベッドに手を置いてつぶやいた。アイラは主をそっとしておくことにして、自分のベッドを確認しに行く。

 アイラのベッドは以前のものと同じ品だった。これまでは運び出さなかったから当然だ。こんな風にここに戻ってくるなんて思ってもいなかった。


「ねぇ、何を考えているの?」

 アイラがベッドを見つめて考えこんでいると、エリーシャが声をかけてくる。

「……いえ、ここ出た時はこんなことになるなんて思ってもいなかったので、ちょっとしみじみとしてしまったんです」

「そうね」

 エリーシャは深々とため息をついた。それからそっとアイラの手を取る。


「わたしの判断が間違っていたのかもしれないって思うと――正直なところ怖いわ。クリスティアンがわたしを殺しに来ないのは何故なんだろうって。先にタラゴナ皇家を断絶させるつもりだったら……」

 アイラの手をとったエリーシャの手が震えている。

 アイラにはエリーシャの気持ちを本当に理解することなんてきっとできない。国という重圧を背負ったことも、熱烈に人を愛したことも、その人を失ったこともないのだから。


 侍女の分を越えているのではないかと思いながら、そっとエリーシャの肩に手を回す。

 アイラの肩に力なくもたれかかっていたエリーシャだったけれど、すぐに背筋をまっすぐに伸ばした。

「……考えてたらお腹がすいたわ。何か持ってきてくれる?」

「……かしこまりました」

 落ち込んでいるより、食べたり飲んだりしている方がよほどエリーシャらしい。アイラは急ぎ足に厨房へと向かった。


 ◆ ◆ ◆


 アイラがエリーシャの命令で食料を取りに行くために厨房への道を歩いていると、セルヴィスに呼び止められた。

「……久しぶりだね、アイラ・ヨーク」

「セルヴィス殿下……名前を覚えてくださっているとは思いませんでした」

 慌ててアイラは膝を折った。頭の中で素早く現在の服装を確認する。スカート、よし。ブラウス、よし。髪型、よし。メイク――完璧に不細工オーケー。


「覚えているのは当然だろ? 皇宮魔術師の地位を蹴って、在野の魔術師となったジェンセン・ヨークの娘なんだから」

「……父が素晴らしい魔術師だなんてこと、つい最近まで知りませんでしたので……」

 アイラはセルヴィスを相手に恐れおののいているようなそぶりを見せて、早く解放してくれることを祈る。


「ジェンセンのことは関係ないな」

 一歩踏み出したセルヴィスは、アイラの腕を掴んだ。

「あの……、何でしょう?」

「前に会った時と同じことを言うよ。僕のところに来ないか――侍女じゃない、寵姫として」

「……へ?」

 セルヴィスの申し出があまりにも思いがけないものだったから、思わずまぬけな声が出てしまう。


「寵姫って……寵姫って……寵姫って、あの、寵姫ぃぃぃぃぃぃいっ!」

「声が大きいって!」

 大騒ぎしそうになったアイラを、セルヴィスは止めた。彼としても侍女と言い争いになっているのを、他の人に見られたくはないのだろう。

「や、やですよ、そんなのっ。後宮には立派な胸の持ち主がたくさんいるんだから、そっちに行ってくださいよ! 嫌ですってー」

「……それって、ずいぶんな言いぐさだよね?」

 しまった。ついうっかり地が出てしまってアイラは青ざめた。


「悪くはないだろう? おじいさまから正式に後宮を開くように言われたんだ。エリーシャはあんなだし、世継ぎは早急な問題だからね。最初に子を産んだ寵姫を――正妃とする」

「……いや、その、あの……やっぱりやですっ!」

「ただの町娘が皇帝の正妃になれるかもしれないんだぞ? ありがたく思え!」

「それが嫌なんですって!」

 アイラの方も思いがけず大きな声が出た。


「結婚相手くらい好きに選ばせてください。後宮入れば誰でも喜ぶと思ったら大間違いですよ。だいたい、家の父が、あの人が、娘が寵姫になったくらいでほいほい動くと思います? それなら、ジェンセン・ヨークという人間をもう少しよく知ってからにした方がいいでしょうね!」

 ふん! と勢いよく鼻を鳴らしてアイラは歩き始めた。まったくばかげた制度だ。


 後宮に皇帝と夜を共にする女性は多数いるけれど、一人の正妃以外は全員寵姫――つまりは愛人という扱いになる。そんなところに好きこのんで飛び込むのは、よほど権勢欲のある人間だけだろう。

「……あれ?」

 ずかずかと厨房まで歩いてからアイラは気づいた。セルヴィス皇子ったら、また皇女宮に入り込んでたじゃないか!


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