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もたらされた凶報

 アイラはきょろきょろとあたりを見回した。それから、声の主に気がつくとぱっと顔を輝かせて立ち上がる。

「パリィさん! もう怪我は大丈夫ですか?」

「まあな」

 そこに立っていたのは、エリーシャが個人的に使っている密偵のパリィだった。前回ダーレーンに潜入した際、教団に掴まってしまって救出される羽目に陥ったのは彼にとってはとんでもない失態だっただろう。

「待ちくたびれちゃったわよ」

 エリーシャはビールのジョッキを追加しておいて、パリィに向き直った。ここで彼に会うつもりだったのかとアイラは納得したけれど、ものすごく目立っている気がしてならない。


 エリーシャはパリィが腰かけるのと同時にせわしなく話しかけた。

「で? もう動けるの?」

「完全に元通りですよ、エリーシャ様」

 パリィはにやりとして見せた。前と印象が違うなと思ったら、前は生やしていなかった髭を生やすようになっている。おかげで実年齢より少し年長に見えた。以前とは雰囲気がだいぶ違う。

「これからどうするつもり」

「実は一度ダーレーンに行ってきたんですがね」

 パリィは空になった料理の皿を左右に寄せて、テーブルに身を乗り出した。


「女王が即位したっていう話はお聞きでしょうかね」

「その夫の話まで聞いてるわよ」

 ダーレーン女王の夫の名はクリスティアン――二年前に死亡したエリーシャの婚約者だ。そのことを彼も聞いているのだろう。パリィは沈鬱な面持ちになったが、すぐに話を切り替える。

「ダーレーン女王のもとに上がった者たちが何人か行方不明になっているようです」

「生贄ね」

 と、短くエリーシャが返す。死者であるクリスティアンをこの世にとどめるには、他の者の生命力を奪う必要があるのだ。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。早合点はいけませんよ、皇女殿下」

「他に理由なんてある?」

「ま、そう考えるのが一番筋が通るんでしょうな。ただ――若い娘ばかりってのがひっかるっちゃーひっかかるところで。ジェンセンが言うには、生贄にするなら体力がある分、男の方が効率的なんだそうですよ」

「……レヴァレンド侯爵家でもそうだったわね」

 ふぅ、とエリーシャは息をついた。レヴァレンド侯爵家の使用人のうち命を落としたものは、クリスティアンを生きながらえさせるための犠牲となった。


「その娘たちの共通点は?」

「そこそこの貴族の娘ってとこしかわかってません。今度の城の主が女性だってんで、同性の使用人をずいぶん増やしたそうですよ。新しく城で働き始めた娘たちがいなくなったという話で」

「気になるわね」

 エリーシャは形のいい顎に手をあてる。アイラはその横顔を見つめながら考えていた。若い娘ばかりを集めるのはどうしてなのだろう?


 そんなアイラの思いは完全に無視して、エリーシャはとんでもないことを口走る。

「わたしが直接見に行けたらいいんだけど」

「とんでもないっ」

 パリィはぶんぶんと首を振った。アイラもパリィと同意見だ。一緒になってぶんぶんと首を横に振る。

「……とにかく、もう少し調べてみます。都に比べたら、国境が近くなったんで、行き来が楽になったのはありがたいですよ」

 ジョッキの中身を完全に空にしてからパリィは立ち上がった。


◆ ◆ ◆


 今、エリーシャの屋敷を守っているのは十名程度の騎士、それに二人の魔術師だ。人数が足りないところは魔術的な防御でカバーしている。

 二人いる魔術師のうちの一人ベリンダは、魔術師としての腕前は平均点と言ったところで、それほど優れているというわけではない。皇宮で魔術師として仕える程度の実力はなくて、在野で研究を続けていたところをスカウトされてエリーシャの側で働くことになったのだ。

 もう一人の魔術師、ユージェニーはというとアイラの父であるジェンセン曰く「化け物」なのだそうだ。魔術師としての能力は現在の魔術師たちの中ではトップクラス。実年齢は八十以上だというが見た目には二十代半ばと言ったところ。そしてアイラにとって羨ましいことに立派な胸の持ち主だ。


 そのユージェニーが、見事な胸の揺れがローブの上からでもわかるほど焦ってエリーシャの部屋にやってきたのは、パリィと酒場で会った数日後のことである。

「……大変です、皇女殿下」

「ちょっと……ノックとかっていう概念はないの?」

 床の上に道具一式を広げて、アイラのいれたお茶を楽しんでいたエリーシャは、いきなり扉を開いて飛び込んできたユージェニーに指を振って見せた。

「ノックなしに、エリーシャ様の膝の上に落っこちている男に心当たりありすぎるんですけど、わたし」

 アイラのつっこみにエリーシャは肩をすくめた。


 エリーシャの膝の上に落っこちている男というのはアイラの父のジェンセンだ。天才魔術師と言われていても転移の術だけは苦手らしく、ねらったところに出ることができないと本人は言っているが、ねらってエリーシャの上に落ちているのではないかとアイラはにらんでいる。

「話を続けてもよろしいです?」

 乱れた髪を撫でつけながらユージェニーは言った。エリーシャが身振りで続けるように促すと、ユージェニーは再び口を開く。

「――皇后陛下が亡くなりました」

 目を見開いて、エリーシャは立ち上がった。手に持ったままのカップが傾いて、中身が床の上にぶちまけられる。


「……嘘」

 長い沈黙の後に、エリーシャは言った。

「おばあ様の警護は万全ではなかったの? そう聞いていたけれど……違うの?」

 エリーシャと祖母である皇后の仲は必ずしもうまくいっていたわけではない。皇后はエリーシャに皇位を与えたくなくて、エリーシャを排除しようとしたこともある。その企みは、何とか阻止することができたけれど。

「……皇宮の魔術師たちも全力を尽くしていましたわ、もちろん。敵の方が上手だった、それだけのことです」

「エリーシャ様、お手を」

 アイラは布巾を手にしてエリーシャに近づいた。お茶がぬるくなっていたのが幸いして、火傷はしていないようだ。


「……悪いけど」

 エリーシャは手を振った。

「ユージェニー、あなたはちょっと外してくれる? 考えをまとめたいのよ。アイラは残って。お茶を片付けて、それから……」

 混乱した様子で、エリーシャはソファに身を投げ出した。それを見たユージェニーは、優雅に頭を下げると、無言のまま出て行った。


後宮皇女の今後について今日の活動報告に書きました。

よろしければ、そちらをご確認ください。

年内もう一度更新予定です。

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