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外出禁止は意味ないわけで

 アイラが困惑しているのにも気づかない様子で、エリーシャは話し続けた。

「皇族として不適格だからって無一文で放り出すわけにもいかないでしょ。適当な領地と財産を与えて生涯食べるのには困らないようにして皇宮から出したらしいのだけれど」

 エリーシャの視線が宙をさまよった。それから頭痛を覚えたかのように額に手をあてる。

「その領地からもいなくなってしまってね。現在でも行方は掴めてないってわけ。当時の皇宮魔術師たちも手を尽くしたらしいのだけれど――」


「そうなんですか」

「領地で一緒に暮らしていた女性がいて、息子もいたらしいから、その息子が生きていれば――皇帝の血を引いた生き残りであることには変わりないわよね。だからといって、皇宮に入ってうまくやっていけるとも思えないけれど」

 今その男性が生きていたとして、四十代というところだろうか。そんな年齢まで一般の人間として生きていたのなら、確かに今さら皇帝一家に迎え入れられたところで馴染むのに苦労しそうだ。


「ま、父親が皇宮を出た時点で廃嫡されているから皇位の継承権はないけれど。それに、皇帝家の血が流れている人は他にもいるし――皇位を継ぐ人がいないわけじゃないのよね。皇帝家の直系が残らないだけで」

 タラゴナ帝国の皇位継承順は厳密に定められている。確か二百位くらいまで定められていて、フェランとライナスも百番あたりに位置づけられているはずだ。


「そんなわけでセルヴィスには頑張ってもらわないといけないのよ。なんだか彼、後宮も開くことにしたんですって」

「それって皇帝一族の生活の場じゃなくて、女性がいっぱいいるという意味での後宮ですか」

「そうよ? 正式な妃も迎えるけれど、寵姫を選んで後宮内に部屋を与えるんですって」

 アイラはセルヴィスの未来の妻に同情した。結婚するのと同時に夫が愛人持つのも決定しているなんて。自分なら絶対に嫌だ。それに結婚できるかどうかもとても怪しい。こんな生活をしていたら。

 とはいえ、それはあくまでも一般市民であるアイラの感覚であって、血を残さなければならない皇帝一族に嫁ぐのならばとうぜん覚悟しなければならないことなのだろう。


「結婚式の時にはわたしも戻らなければならないかしら?」

「……お帰りになった方がいいでしょう」

「今のうちに贈り物も探し始めなくてはね……何がいいかしら」

 めんどくさい、なんて言わずにエリーシャは真面目に考え込み始めた。けれど、彼女が考え込んでいたのは、一瞬のこと。不意に何かを思い出したかのように立ち上がる。


「いけない! 飲みに行かないと……アイラ、支度して」

「……父に外に出るなって言われませんでしたか、エリーシャ様」

 アイラもエリーシャに仕えるようになってずいぶんたって、少しずつ遠慮がなくなってきたようだった。エリーシャ相手にわりとぽんぽんと言いたいことが口をついて出てくる。


「そのために警護増やしているのでしょ? クリスティアンかセシリーが近づいて来たらすぐにわかるわよ」

 エリーシャは気にしていない様子だった。皇女宮にいた頃身に付けていた男物の衣服に身を包む。

 アイラも嘆息して着替えを始めた。エリーシャの言う警護、とはアイラのことではない。隠れて警護する者がいるはずだ。

「ん、もう不公平ねぇ」

 すうっと姿をあらわしたのはユージェニーだった。何だか以前より艶々しているように見えるのは、ジェンセンたちの力を使って若返りの秘術を施したからだとアイラは聞いている。

「いいものを見せてもらった」

 と父が言っていたのは、珍しい魔術のことなのかユージェニーの裸体のことなのか。そのあたりについては頭が痛くなるから深く考えないことにしておく。


「皇女殿下の護衛にはわたしがつかせていただきます。ほどほどのところでお帰り――というか、アイラ。あんたが引きずってでも帰るのよ」

「……無理だって」

「いいからどうにかなさい!」

 美貌の女魔術師とアイラがやりあっている間に、エリーシャは着替えを終えて剣を吊っていた。アイラも同じように剣を吊る。それからブーツにナイフを二本隠した。


「お出かけですか。出かけないように、ジェンセンに言われていたじゃありませんか」

 玄関ホールまで下りてきたところで、エリーシャの婚約者であるダーシーと鉢合わせしてしまう。アイラと同じ小言を彼も口にしたけれど、エリーシャの耳に入るはずもない。

「そんなの関係ないわよ。じゃあね、ダーシー」

「せめてもう少し護衛を――わたしにもお供させていただけませんか」


「ダメ。だって、頼りにならないもの」

 一応、婚約者――というか現状は協力者の方が正解なのかもしれない。それにしてはダーシーの扱いはあまりにもひどい。

「……あいかわらずですな、エリーシャ様。では、わたしはダーレーン国内の親族に連絡が取れないかやってみましょう」

 いい加減ダーシーの方もこの扱いに慣れてきたようで笑ってエリーシャを見送った。


 エリーシャがやってきたのは、屋敷から一番近い町にある居酒屋だった。『眠れぬ森』と書かれた看板には五本の木が描かれている。これで、森をあらわしているつもりなのだろう。

「だって、ここの料理おいしそうでしょ?」

 メニューの端から端まで注文していくエリーシャの横にアイラはおとなしく座っていた。

「ダーレーン側はおとなしくしているのかしら」


「さあ……」

 アイラは周囲のテーブルの会話に耳をすませてみるけれど、ここは交易の盛んな土地ではないし、地元の住民の方がはるかに多い。皆、一日の労働を終えて、一杯のビールを楽しみにこの店にやってくるのだ。

「ああ、ダーレーンで女王が即位するらしいぜ?」

 ビールを運んできた店主が言った。

「本当? いつ?」

「三か月後。なんでも国内の貴族のとこに嫁いでいた王女様らしくてな、本来は即位するはずじゃなかったんだが……」

 店主は声を低めて続けた。


「何でも、王位継承者が次々に死んで彼女しか残っていないんだそうだ。夫の手腕に期待がかかっているって話もあるからお飾りなんだろうな、きっと」

「……そんな情報どこで仕入れたの?」

「昨日だったかな、ダーレーンからの商人が通りがかったんだ。なんでもセルヴィス殿下の立太子の祝典に合わせて売りたい商品があるとかで」

「ということは、儲けの機会だな」

 

 男たちの会話を聞いたアイラは首を傾げた。

「皇位預かり、残念だって思ったりしてます?」

「ちょっと残念かなって思うけど、皇位をついだりなんかしていたらここでこうしてビール飲めてないわよ。あ、自家製ソーセージおかわりで」

 あいかわらずの食欲に、思わずアイラもつられて野菜のバター炒めを追加してしまう――支払いはエリーシャ持ちだが、大半エリーシャの胃に収まるのだから問題ないだろう。

「……よう」

 どこかで聞いたような声がして、アイラは顔を上げた。


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