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隠遁の地へと

 いよいよエリーシャの出発当日となった。アイラは、エリーシャに断って一度席を外す。

 アイラが向かったのは、惨劇の場となった書庫だった。後宮の中まで敵に攻め込まれて、あの時重傷を負った魔術師のカーラは未だに療養中だ。

 書庫の中ぎっしりと並べられていた本は、何冊かはだめになってしまったものの、無事だったものは全て運び出されていた。今後、エリーシャが暮らすアディリアの屋敷に移動させられている。


 皇女宮のあちこちから集められたばらばらの書棚だけが壁際に残されていた。

 あの時のことを思い出すと今でも足が震えるような気がするけれど、今後もエリーシャに仕えるつもりなら、勇気を持たなければ。アイラは空になった本棚を見ながら自分に気合いを入れ直す。

「……アイラ、こんなところにいたのか。そろそろ行くぞ」

「父さん」


 父であるジェンセンが書庫の入り口から見ていた。

「どうした? 何を見ていた?」

「何をってわけじゃないんだけど――これから大変だなって思っただけ」

「そうだな」

 もともとここにあった書物の大半は、父が自分のために集めたものだ。それをエリーシャが強引に家から持ち出してここに運んできたのだ。


「ほれ、お前が魔法陣を描いてくれないと皇女殿下を送れないんだ。さっさと描いてくれよ」

「自分で描けばいいのに――魔術師はわたしじゃなくて父さんでしょ」

「俺、間違える自信しかない」

「あのねぇ……」


 アイラはため息をついた。父は天才魔術師だと言われているが、面倒なことはできるだけ他人にやらせている節がある。魔術師としての素質を全く持ち合わせていないアイラに魔方陣を描かせようとするなど、いい例だろう。

 アイラは、チョークを取り出すと床に慣れた手つきで魔方陣を描いた。何度も描かされているから、あっという間に描きあがる。


 その作業を終えてからエリーシャの居間に戻ると、そこには完全に支度を終えたエリーシャと婚約者のダーシーが待っていた。

 ほぼ全ての荷物が運び出されたエリーシャの居間はがらんとしていて、床にしかれていた敷物も取り除かれていた。

 準備ができたことを告げ、今度は二人を連れて元の書庫へと戻る。


「ベリンダさんはどうしたの?」

 アイラがたずねると、ジェンセンは肩をすくめた。

「あいつは後から行く。ここの後始末もあるからな」

「……そう」

 後始末に何が必要なのかはわからないけれど、追及したって理解できないのもわかるからアイラはそれ以上追及しなかった。


「では魔法陣からはみ出さないように」

 ジェンセンが厳重に注意をして、アイラたちは魔法陣の中に立つ。ジェンセンがローブを翻した次の瞬間、周囲の景色が一転した。


 そこは何もない部屋だった。窓には明るい色のカーテンがかけられ、木の床はよく磨かれている。

「……転送してもらうのは一瞬でいいけれど、目が回るのが難点ね」

 一歩踏み出したエリーシャがよろめいた。すかさずダーシーが手を差し出してエリーシャを支えた。


「屋敷の中を見て回ってもいいのかしら」

 エリーシャはジェンセンにたずねた。

「エリーシャ様のお好きなように」

「アイラ、ついてらっしゃい。行きましょ、ダーシー」

 エリーシャはダーシーの腕を離そうとはしない。この二人の関係は、それまでに比べると少し進展しているようだ。


 アイラは二人のすぐ後を父について歩き始めた。屋敷は、皇女宮に比べるといくらか廊下は狭かった。天井も低い。石造りの宮とは違って、こちらは木があちこちに使われている。

 贅を尽くしたというよりは、あたたかな雰囲気が漂っていた。

「ここを研究所がわりにしたのね」

 一階の一番奥の部屋を見て、エリーシャは口元をゆるめる。その部屋には書棚が運び込まれていて、皇女宮の書庫と似たような雰囲気だった。


「わたしはどこまで出ていいの?」

「お庭まででしたら――ここでは警護の手は十分ではありません。油断なさらないように」

「わかってるわよ」

 エリーシャは玄関から庭へと出る。そこはよく手入れされていた。季節の花が咲き乱れている。

 噴水のところにはベンチもあって、外でのティータイムにも困らなそうだ。


「エリーシャ様。お着きでしたか」

 そう声をかけてきたのは、皇女近衛騎士団に配属されていたライナスだった。エリーシャが皇宮を出るのと同時に、彼も近衛騎士団を退職している。

「おーい、こっちは異常なし――エリーシャ様」


 慌てて膝をついたのは、ライナス同様近衛騎士団をやめたフェランだった。二人とも今後はエリーシャ個人に仕えることになる。

 エリーシャが後宮に戻ることになるのなら、彼らは出世頭に返り咲くことになるのだろうけれど、このままここで一生を終えるのなら出世の道を手放すことになる。

 二人とも、きっとそんなことは気にしていないだろうけれど。


「こちらの警備体制は?」

「交代で十名ほどがつきます」

 ライナスはまっすぐにエリーシャを見ている。エリーシャは軽くうなずくと、手を振って合図した。

「中に戻るわ。今後のことについては、後で相談しましょう」

 アイラがもう一度振り返ると、ライナスはまだまっすぐにエリーシャを見ていた。やれやれ、といたたまれない気持ちになってアイラは目をそらす。


 ライナスがエリーシャに好意を持っているのは知っていたけれど、エリーシャが他の男性と婚約した今もその気持ちを捨て去ることはできていないらしい。

 別の視線を感じて、アイラは慌てた。フェランがひらひらと手を振っている。わずかに目線を下げて返事のかわりにして、アイラは中に戻ったエリーシャの後を追った。


 そう言えばフェランは女性に手が早いのだった。この近くに彼とデートできるような女性はいるのだろうか? エリーシャ付きでこちらになったと言っても、どうせ彼がおとなしくしているはずもない。

 フェランと遊んでくれるような人はこっちにいるのかなぁ、とアイラは余計な心配をした。

 足早に廊下を歩きながら、エリーシャはジェンセンに問いかける。


「レヴァレンド家の使用人たちは?」

「わたし一人では面倒を見きれませんのでね。皇宮魔術研究所に預けてきました。陛下直属の魔術師たちが動くはずですよ」

「そう」

 ダーシーはそれまでほとんど口を開こうとはしなかったけれど、ここでようやく口を開いた。


「そろそろ生家に戻してやっても大丈夫だろうか」

「体調の方は問題ありませんがね。精神面がまだ不安定ですから、戻すのはもう少し先の方がいいというのが彼らの一致した見解ですな。わたしもそう思いますよ」

 ジェンセンの説明を聞いて、ダーシーは憂鬱そうな表情になった。


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