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心強い、かもしれない

 部屋の中をうろうろしているエリーシャを外に追い出したのは、イリアだった。

「……荷造りできません、エリーシャ様」

「だって、退屈なんだもの」

「睡蓮邸にでもお出かけになってはいかがですか?」

「えー」

 アディリアへの隠遁が認められて一ヶ月。エリーシャが皇女宮を出るための準備はあわただしく進められていた。


 エリーシャのすぐ側に仕えている四人の侍女――うち一人は魔術師である――の他に皇女宮で働いている下働きの使用人たちも含めて毎日皆忙しく働いている。

 表向き隠遁生活に入ることにはなっているけれど、皇女ともなれば身一つで出て行くというわけにもいかない。

 持って行かなければならない荷物もそれなりに多い、というわけで人手はどれだけあっても足りないのではあるが。


「エリーシャ様、なぜ今畳んだものを出すんですか」

「……着ようと思って」

「着ない、とおっしゃったからつめようとしたのですが……」

 服を引っ張り出しているエリーシャに、ファナは困惑している。

「本はどうするんだい?」

 苦笑いでその様子を眺めていたベリンダがアイラにたずねた。

「父さんが運ぶって。だから床に転送用の魔法陣を描かされたの」


 先日の襲撃でだめになってしまった本もあるけれど、大部分は無事だ。無事なものは、エリーシャの隠遁地であるアディリアへと運ばれる予定だ。

「……しかたないわね。ダーシーのところにでも行ってくるわ。アイラ、ついてきて」

 ブラウスにベルト、裾を絞ったズボンといういつもの気楽な格好で、エリーシャは皇女宮を出る。後宮内にある客人の滞在用の区画に入ると大きな池の側へと向かった。


「……どうなさいましたか?」

 ダーシーは、床に直接置いたクッションに腰を下ろしてのんびりとくつろいでいた。エリーシャはむくれた様子で、彼の向かい側に座る。

「荷物をまとめるのに邪魔だからって」

「つめたところからひっくり返してたらいつまでもまとまりませんよ、エリーシャ様」 その場を見ていたようなダーシーの言葉にエリーシャは目を見張る。


「見てたの?」

「想像です」

 けろりとした顔で言うと、ダーシーは飲み物を勧めた。アイラは少し離れた場所に控えて、二人の様子を眺めている。

「あなたまでついてくる必要はなかったのに」

 お茶のカップを手に、エリーシャは小さな声で言う。先日の襲撃から、エリーシャは少しばかり元気を失っていた。元の婚約者が生きていた――というより生き返った、ということを知ったショックからなのだろうと誰もその点には触れようとしなかった。


「逃げても、誰も文句は言わない……それでも?」

「……わたしも父の敵をとりたいと思っておりますから」

 お茶のカップから視線を上げたエリーシャと、ダーシーの目が交わる。なんだか見てはいけないものを見たような気がしてアイラは視線をそらした。

「セルヴィス殿下が皇位を返さない、と言ったらどうするおつもりなのです?」

「……それならそれでかまわないわよ。あの子は馬鹿で考えなしのところがあるけれど、傲慢ではないものね。周囲の人たちの意見をちゃんと聞けるのなら、国をうまく治めることもできるでしょう」


「……傲慢になったら?」

「その時はその時ね。皇位を取り戻すわ――どんな手を使っても。皇位を完全に返上したわけではないんですからね!」

 エリーシャは顔の前で指を振って見せた。

 いくらか元気になったエリーシャの様子を見て、ダーシーは微笑む。

 なんだろう、ダーシーの雰囲気が以前とは変わったような気がする。側で見ているアイラの方が落ち着かなくなって、もぞもぞとした。


「では、その時にはエリーシャ様は何をなさるおつもりですか?」

「そうねぇ」

 エリーシャは顎に手をあてて天井を見上げる。

「その時にはもう少し自由に動き回れるだろうから……」

 それから彼女は視線を戻して微笑んだ。次に出る言葉が予想できて、アイラは唇をきゅっと結ぶ。

「飲みに行って……飲みに行って……飲みに行くわ!」

 やれやれ。アイラは首を横に振った。あんなことがあっても、エリーシャはさほど変わらないらしい。


「ではその時にはわたしもお供しましょう」

「……あなたが?」

 にこにこしているダーシーを見て、エリーシャは目をぱちぱちとさせる。ダーシーの方はにこやかな表情を崩さなかった。

「……そう、それも悪くはないわね」

 エリーシャがそう言ったものだから、アイラは仰天してしまった。てっきりエリーシャはダーシーとは必要最低限の関わりしか持ちたがらないと思っていたのに。


「さて、そろそろ帰っても大丈夫かしら」

 エリーシャは立ち上がった。

「アイラ、帰るわよ」

 睡蓮邸を出て、皇女宮に戻るエリーシャは考え込んでいるアイラに目をやる。

「どうしたの?」

「ああ、ダーシーのこと?」

 エリーシャにはかなわない。考えていることを、すぐに感づかれてしまう。エリーシャは軽やかな笑い声を上げた。


「別に嫌いじゃないわよ?」

「嫌っているとは思いませんけど」

 便宜上の婚約だと思っていた。エリーシャもダーシーも互いに特別な好意を持っているようには見えていなかったから。

「本当のことを言うとね、ちょっと心強いかなって思ったのよ。彼が一緒に来てくれるって言ったから」

「心強い?」

 何とも意外な言葉に、アイラの口はぽかんとあいてしまう。


「そうよ、心強いでしょ――彼は何かできるってわけじゃないけど――それでも来てくれるんだもの」

 魔術師同士の争いだ。普通の人間であるダーシーに対抗の術はない。本来なら、皇位継承権を皇帝に預けたエリーシャについてくる必要はないのだ。婚約を解消しても、誰もダーシーを責めないだろう。

「なーに? そんな目で見ないでよ。彼とは何でもないんですからねっ」

 アイラがまじまじと見つめているのに気がついたエリーシャは視線をそらした。

 これはひょっとするとひょっとするのだろうか。

 ――それならそれでいい。エリーシャに好意を寄せているライナスは気の毒だとは思うけれど。


「荷物詰め終わったかしら?」

「まだ終わらないと思います」

「……終わったら皆で飲みましょ。イリアとファナとはお別れだものね」

「厨房に伝えておきます」

 アディリアに行った先で何が待ち受けているのかはわからない――けれど、それまではできるだけ穏やかな日を送りたいとアイラは思った。

本日、「皇宮に売り飛ばされたら皇女を押しつけられました」の書籍版が発売となります。

そんなわけで、SS一本公開してみました。この後、第二章に続くことになります。エリーシャとダーシーが今後どうなるのかは不明ですが、お気長に見守っていただければと思います。


私生活の方はあいかわらずばたばたしてまして、第二章スタートまではもう少しお時間ください。


おつきあいありがとうございました。

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