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後宮は恐ろしいところです

 エリーシャの命令で、あっという間に酒とつまみが運び込まれた。厨房に言えば簡単な料理をすぐに運んでもらえるという事実にアイラはまた驚く。

「……夕食前なんじゃ?」

「大丈夫、こんなの食べたうちに入らないから」

 目の前に並べられた料理に、アイラはまた目を丸くする。エリーシャは床の上に座ると、ぽんぽんとテーブルを叩いた。

 ファナがどこからかワインの瓶を運んでくる――四本。夕食前に一人一本かとアイラはまた驚く。


「それじゃ、アイラを歓迎して――乾杯!」

 エリーシャが高々とグラスを掲げた。干物になった魚、野菜を挟んだサンドイッチに、茹でた野菜にソースを絡めたもの。それだけで、お腹一杯になりそうだ。

「いただきます」

 アイラは、並々と注がれたグラスに口をつけた。ふわりといい香りが広がる。

「これこれ、野菜食べなさいよ」

 エリーシャがアイラの前に野菜の皿を突き出した。


「あ、はい、いただきます……」

 皇女みずから料理を取り分けてもらえるとは――恐縮してアイラは皿を受け取る。

 というかそれ以前に、胡座をかいているのはどうなのだろうか。侍女たちは膝をそろえて座っているというのに、エリーシャは思いきり胡座をかいてグラスを手にしている。


「そんなに堅苦しくしないで大丈夫、ここの部屋にいる間はね」

 エリーシャのペースは速い。グラスを一口開け、そして、素早くイリアがお代わりを注ぐ。

「……さーて、それじゃ着替えますかねっ」

 結局四本運ばれたワインも、運ばれた料理の大半もエリーシャの胃におさめられた。 立ち上がったエリーシャは、首をぼきぼきと鳴らして三人に着替えを命じる。


 夕食用のドレスは、白に銀の薄い布をかぶせたものだった。スカートは三枚の布を重ねたもので、裾がふわふわと揺れる。

 イリアが素早くエリーシャの髪を結い上げた。簡単だが、派手に見える形だ。むき出しの肩に、白いショールをかけてエリーシャは部屋を出る。

 部屋を出たとたんエリーシャの態度が変わった。目を伏せてしずしずと歩く姿は、ついいましがたまで部屋で酒盛りをしていた人間のとは思えない。


 タラゴナ帝国の皇宮は、主に皇帝の執務室、国内外の要人と謁見するための部屋、舞踏会が開かれるための大広間や、宿泊客を泊めるための施設のある前宮、それに皇帝の家族――愛人も含まれる――の暮らす後宮から成立している。

 後宮の住人たちは、皇帝の召集がかかれば集まらなければならず、ちょうどこの日は全員そろっての夕食会が開かれることになっていたようだ。


 着替えたエリーシャは、アイラ、ファナ、イリアの三人の侍女を引き連れて食堂へと向かう。

 自室内にいた時の自堕落な様子などまるで感じさせない。背筋はまっすぐに伸びているが、目はわずかに伏せている。しずしずと歩く様は、気品にあふれていた。

「アイラ、あなたはエリーシャ様のすぐ後ろに」

 イリアがささやいた。

 言われた通り、皇女の後ろにアイラがつくとその後ろにイリア、しんがりにファナがつく。


 食堂の空気は、どこか禍々しいものをはらんでいた。当然といえば、当然なのかもしれない。

 長いテーブルの上座には皇帝ルベリウス、そのすぐ側に皇后オクタヴィア、反対側の隣には皇位継承者であるエリーシャ、エリーシャの異母弟にあたるセルヴィスにその母リリーア。

 その下座にはルベリウスの寵を受ける女性たち――それぞれの意味は違えど、皇帝の愛をもとめる者ばかりが並んでいるのだから。

 

 侍女たちは同じテーブルにつくことは許されないから、主たちの食事が終わるまで立って待つことになる。

 互いの侍女たちの間にもぴりぴりとした空気が漂っている。仕える主が皇帝の寵愛を得れば、後宮内での扱いはよくなるのだからこれも当然だ。


 皇位継承者であるエリーシャの侍女たちは、彼女たちとは一線を画しているのだけれど、リリーアの侍女たちと交わす視線には激しい火花が散っていた。

「あら、あなた新しい侍女?」

 一番年かさと思われるリリーアの侍女がアイラに声をかけた。

「ひどく不細工な女を入れたものね、エリーシャ様も」

「後宮内の空気が悪くなるわ」

 申し訳なさそうにアイラは頭を下げることしかできなかった。本来はもう少しましな容姿なのだが――買われた身だ、文句は言えまい。


「あら、彼女は護衛侍女よ? あなたたち下手なことを言わない方がいいんじゃないの?」

「後ろからばっさりやられちゃったりして」

 イリアが攻勢に出ると、すかさずファナが援護する。

「でも、犯人はわからないわよねー」

「全力でもみ消すものねー」

 いやいや、全力でもみ消すのはまずいだろう――だが、エリーシャの権力を持てばそのくらい可能なのかもしれない。


 買われた身だから、しかたないのだけれど――とんでもないところに来てしまったものだとアイラは青ざめる。

 昨日までカフェで働いていた一般人には理解しがたい世界だ。皇帝の愛人たちがこちらを見てひそひそ言い合っているのも気分のいいものではない。

 早くも家に帰りたくてしかたないアイラだったが、その願いは思いがけない形でかなえられることになる。


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