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決別の時

「ひとまずはダーレーンに行こう。君はここを出るべきだ」

「……わたしに帝位を捨てろと?」

 ダーシーから一歩離れてエリーシャは前に出る。悲しげな表情になってエリーシャは続けた。

「……それはできないわ。皇族として生まれた以上、わたしには責任があるもの」

 タラゴナ帝国を継ぐのはエリーシャ自身だ――たとえそれを望んでいなかったとしても。

「――それは俺を敵に回すということだ」

 クリスティアンはまっすぐにエリーシャを見つめる。同じ青を持つ瞳が正面からぶつかり合った。


 どちらも目をそらせようとはしないまま、クリスティアンは続ける。

「俺は、タラゴナ皇室の人間を全て殺す。エリーシャ、だから君は俺と一緒に来い。君だけは――殺したくない」

 言っていることは物騒だったけれど、クリスティアンの言葉に嘘はないと側で聞いていたアイラは感じた。アイラの目には、彼は普通の人間と何も変わらないように見えている。彼が死者だなんて、信じられなかった。


「違うわ、クリスティアン。わたしがあなたを敵に回すのではない――あなたが全ての人間を、精霊を、この世界そのものを敵に回すのよ。だって、そうでしょ? 今のあなたの存在は不自然なものなのだから」

 エリーシャがそう言うと、クリスティアンが苛立ったように眉を寄せる。

「だって、そうでしょ? あなたの肉体を維持するためにいったいどれだけの人を犠牲にするの? 死者はおとなしく眠っているべきだわ」

「聞いたような口をきくな!」

 今までエリーシャに穏やかに対峙していたクリスティアンが、不意に大声を上げた。


「君に何がわかる? 俺が誰に殺されたか――それを聞いても、まだそんなことを言うか?」

 クリスティアンは一歩前に出て、エリーシャに指を突きつける。

「皇后だ! 君と結婚して、女帝の夫になる俺が彼女には邪魔だった。だから――」

「……おばあ様が……」

 呆然として、エリーシャは目を見開く。確かにダーレーンの血を引いている皇后オクタヴィアにとっては、クリスティアンは邪魔者だっただろう。

 アイラにとっても意外だった。まさかクリスティアンまで皇后が殺害していたとは思わなかったから――クリスティアンの件はアイラが後宮に入る前の話だったけれど。


「そうさ。君だって殺されかけたと聞いたが?」

「それは……!」

 それ以上、エリーシャは何も言うことができなかった。

「男たちに囲まれて――暗い裏通りに追い込まれて――道連れにしてやれたのはたった五人だった。君も見たんだろう? 俺の死体を」

「……見たわ、だから……」

 エリーシャは拳を固く握りしめる。それにも気づいていない様子で、クリスティアンは何とかエリーシャを説得しようとする。


「俺以外の男と婚約したことについては不問にするよ。死人相手じゃ結婚できないからな。さあ、行こう。ここに残れば君は皇后に殺される――君を死なせたくないから、こうやって危険をおかして迎えに来たんだ」

 自分はダーレーンの新女王と結婚するというのに、勝手なセリフをクリスティアンは吐いた。そして、ゆっくりと室内をエリーシャの方へと向かって歩きながら、手を差し出す。

「……いいえ、行けない」

 エリーシャは、クリスティアンの説得に応じるつもりはないようだった。


「わたし――あなたが生き延びてくれていたのなら、ついて行ったかもしれない。だけど、あなたが他の人を犠牲にしなければ生きていられないのなら、ついていけないわ。だって――」

 くしゃりとエリーシャは顔を歪ませた。

「わたしは民を守らなければならないのだから。交渉は決裂よ、クリスティアン。あなたがタラゴナ皇室を敵とみなすというのなら、あなたはわたしの敵……今この瞬間からね」

 エリーシャがそう言った時には、クリスティアンはエリーシャまであと数歩というところまで到達していた。


「君は来ないと言った、セシリーの言ったことは正しかったようだ。残念だよ、エリーシャ」

 クリスティアンはその場に足をとめた。

「身体から血が失われていくのを感じている間も、考えているのは君のことばかりだった。もう一度会いたい、と。セシリーが俺の魂を呼び出した時、迷わず応じたよ。もう一度君に会えると思ったから――君が敵に回るというのなら容赦しない。今、この場で君の命をもらってい――」

 再び、クリスティアンが足を進めた時、「それ」は起こった。


「光の指輪よ、照らせ、そして正しき道を開け」

 今まで黙っていたべリンダの声が、部屋の空気を引き裂いた。

「冥界の鎖よ、さまよう魂を縛り付けよ、死者は死者の国に――帰れ!」

 その声にユージェニーの声が重なる。

「――これは! 図ったな、エリーシャ!」

「……そんなつもりはないわ」

 クリスティアンを見つめるエリーシャが何を考えているのか、それを悟ることはできなかった。

 

 ユージェニーの手によって消されていた魔方陣が、再び床に浮かび上がっている。アイラの引いた線がまばゆく光り輝き、そしてそこから姿を現した輝く鎖が、クリスティアンの身体にまとわりつく。

「この――! こんなところに魔方陣が仕掛けられているとは!」

 くそっと舌打ちして、クリスティアンはアイラには聞き取れない言葉を叫ぶ。魔方陣がさらに光を強めたかと思うと、彼の姿は消え失せていた。

 

「やったか?」

 カーラをかついだジェンセンが部屋へ飛び込んできた時、クリスティアンの最後の声が響き渡った。

「エリーシャ! 俺はお前を絶対に許さない! タラゴナ皇室――お前が一番の敵だ!」

「――逃げられたようね」

 ユージェニーの額には汗が浮かんでいた。彼女はその汗を乱暴に手で拭うと、床の上に転がっていたアイラの指輪を拾い上げた。


 床の上に座り込んでいるべリンダは、激しく肩で息をしている。

「呪文ひとつで魔方陣を冥界への入り口に書き換え、死者の番人を呼び出すなんてやっぱりわたしには無理だよ」

「だから半分引き受けてあげたのでしょ?」

 ユージェニーはアイラの手のひらに指輪を落とした。真っ黒に焦げたそれは、もう使い物にならない。カーラに新しいものを作ってもらわなければ。

「……わたしこそあなたを許せない」

 小さな声でエリーシャはつぶやく。エリーシャの肩を抱こうとしたダーシーの手は、そのまま下に落ちた。


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