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エリーシャの想い、そしてユージェニー再び

 エリーシャはダーシーに握られた手に視線を落とし、それを振り払う。

「どうして、クリスティアン本人だってわかるのよ? セシリーによって操られてるって、そういうことだってあるのでしょう?」

「エリーシャ様――事実は変えられません。わたしは、クリスティアン・ルイズ本人と対峙し、その魂を確認いたしました――魂と肉体は完全に一致しておりました。ユージェニー・コルスも同じ証言をすることでしょう」

「……だからって、だって……。何で? 何でダーレーンにいるのよ!」

 ダーシーが制止するのもきかずに、エリーシャは扉に走り寄った。ばたんと激しい音を立てて扉が閉じられる。それを一瞬ぼうっとして見送ったアイラだったけれど、本能が命じるままにエリーシャの後を追った。


「エリーシャ様!」

 アイラのかけた声にはかまわず、黄金の髪の持ち主は皇女宮の角を曲がり、使われていない部屋に飛び込む。その扉の前に立ったけれど、開くことはためらわれた。

 扉越しにすすり泣く声が聞こえてくる。後宮に上がってから、エリーシャが泣くのを見たことはなかったから、アイラの胸が締め付けられる。

 クリスティアンに関しては、皆が極力触れないようにしていたから、アイラは詳しいことは何も知らない。ただ、二年前に惨殺されたと言うことだけ。


 ひょっとすると、アイラが立ち入るべき領域ではないのかもしれない。アイラはエリーシャにとっては影武者兼護衛侍女というだけの存在。

 けれど、放っておくこともできなくて扉の前から立ち去ることはできなかった。意を決して、アイラは扉を開く。

「入ります!」

 エリーシャの返事も聞かずに室内に足を踏み入れた。真っ暗な部屋の中、エリーシャは隅に座り込んでいた。両膝の間に顔を埋めている。

「ごめん……、すぐ、立て直す……、から……」

 主に手を触れていいものかわからなかったから、アイラはエリーシャの隣に座り込んだ。


「きっと、事情があるんですよ」

 もたれかかってくるエリーシャにハンカチを差し出しながらアイラは言った。

「だって、愛し合ってらしたのでしょ? 残念ながら、わたしはそういう経験がないので偉そうなことも言えないんですけど」

 ぐすぐすという声と共にハンカチがひったくられる。

「生き返ったのなら――何で、連絡くれないのかしら」

「……わかりません」

「……素直で正直ね、あなたは」

「他に取り柄もないからしょうがないです」


 アイラが持つのは、才能はあれどぐうたらな父と、父の手伝いをするだけの能力。それにエリーシャそっくりに装うことのできる容姿くらいだ。

 自分が才能溢れる人間でないことくらいわかっているし、平凡でささやかに生きていられればいいと思っていた。エリーシャに出会うまでは。

「……いきなり部屋を飛び出して悪かったわ。戻りましょう」

 将来女帝になるための教育を受けているからなのだろうか――エリーシャの立ち直りは驚くほど早かった。


 アイラの差し出したハンカチで軽く目元を拭い、立ち上がった時にはいつもの表情を取り戻している。急ぎ足に廊下に出ると、図書室に向かって歩き始めた。

「待たせて悪かったわね、話を続けて」

 エリーシャが飛び出した後、残された面々がどんな話をしていたのかアイラは知らない。けれど、彼らは何事もなかったかのように戻ってきたエリーシャを受け入れた。


「ねえ、父さん。蘇ったクリスティアン様がさらに操られているという可能性はないの? わたしはそういうのよくわからないけど、人間の意識をのっとるのはそれほど難しい話じゃないんでしょ?」

 それはダーシーの例を見ていればわかる。彼はセシリーの影響下にあった状態で、皇宮に出入りすることができた。皇宮には結界による警備体制が敷かれているにも関わらずだ。

「……そうだな、それも理論上は可能だと思うよ。でも、その可能性もゼロだね」

 父はアイラの考えを頭から否定したりしなかった。可能性としてはある、と考える姿勢を見せてくれただけだけれど。


「言っただろ。父さんはクリスティアン様と直接会ったんだ。その上で本人が自らの意志で元の肉体に戻っている、偽物じゃないということを確認したんだ」

「……どうしてそんなことを……」

 アイラとジェンセンの会話を聞いていたエリーシャはぽつりと言う。そのエリーシャに、ジェンセンは無情な宣告を下した。

「タラゴナ皇室に対する復讐です、エリーシャ様」

「復讐って……どうして。だって、彼はわたしと婚約してて、いずれは女帝の夫になるはずで、だからいずれ事実上の最高権力者に……」

 エリーシャは、本当に理由がわからなくて困惑しているようだった。


「――それは」

 ジェンセンが言いよどんでいると、皇女宮の外から爆発するような音が響いてきた。

「――結界が破られた!」

 ベリンダが血相を変えて立ち上がる。

「ジェンセン、わたしが行く! 皇女殿下を頼む!」

「馬鹿言え、おまえが残れってーの! 皇宮の結界破るってーのは相当な使い手だぞ! アイラ、これ床に書いとけ! ベリンダ、後頼む! いざって時はアイラの陣を使え!」

 アイラに向かって一枚の紙切れを放り出すと、ジェンセンは慌ただしく姿を消した。


「ベリンダさん、敷物寄せて! エリーシャ様、部屋の奥に!」

 もし、皇宮内に侵入者がいるのなら部屋の出入口より奥の方がいい。アイラはエリーシャを書棚の間に押し込め、ベリンダが敷物を寄せてむき出しになった床に素早く父の寄越した魔方陣を描く。

「――これは」

 アイラの書いた魔方陣を見たベリンダが目を見張った。

「どうしました?」

 いざとなれば、エリーシャをベリンダに託すしかないのだろうとアイラは悲壮な決意を固めた時、図書室の扉が大きく開かれた。


「あらあ、ジェンセンはここにいないの?」

「ユージェニー・コルス!」

「久しぶりね、アイラ。あの時の怪我はよくなったようで何よりだわ。それと皇女殿下、ごきげんよう」

 ユージェニーはエリーシャに向かって妖艶な笑みを投げかける。八十を過ぎているとは思えないほど若々しくて、豊かな胸が魔術師のローブを押し上げるようにして存在感を主張している。

 魔方陣の上にいなかったのは失敗だった。アイラの背中を冷たいものが流れ落ちる。アイラはスカートから短剣を取り出すと、エリーシャを背後にかばった。

 ユージェニーの口角が緩やかに上がって、微笑みを形作る。それから彼女は右手を上げると、ぱちりと指を鳴らした。

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