死者と魔術と
「死者に関する魔術には三つあります、エリーシャ様」
ベリンダはエリーシャに向かって指を折りながら説明してみせる。
「死者を術者の自在に操る――この場合、死者は魂を持たず術者の操り人形となる。複雑な命令をこなすことはできない」
アイラはエリーシャとともに別荘を訪れた時のことを思い出した。あの時、ユージェニーが率いていた腐った兵士。あれはユージェニーの術によって操られた死体だったのだろう。
「二つ目。死者に術者の魂を乗り移らせる。この場合は術者が死体を思う通りにすることができる――乗り移った死体が破壊されれば術者は本来の肉体に戻る。術を行使している最中に、術者の本物の肉体が滅べば術者は死ぬ」
アイラは父の研究所の中にあった書物を思い起こした。そんなタイトルの本があったような気がする。
「三つ目。死者の魂を呼び戻し、蘇らせる――これが一番難しい。蘇らせようとしている対象が魔術師ならいくらか成功の可能性は高くなるが。ジェンセンやユージェニーでもどうだろうね」
「ベリンダ――あなたには無理?」
エリーシャに問われ、ベリンダは首を縦に振った。
「わたしは一応中級魔術師ではあるけれど、難しいでしょうね。生まれ持った素質がジェンセンやユージェニーとは違う。カーラなら――あいつはあれで腕はいいから、おそらく一つ目は可能。二つ目以降は――どうかな」
アイラは魔術研究所にいる青年のことを思い出した。ぼうっとしている眼鏡の青年がそれほどの腕利きだとは思っていなかったけれど、冷静に考えればあの若さで研究所にいるのだから、それなりに有能でなければならないはず。
「セシリーはおそらく三つの術全て行使することができる。レヴァレンド侯爵家の使用人たちは、その実験、そして生贄となったというのがカーラとわたしの推測だ」
部屋の中はしんと静まりかえっていた。ベリンダはそこまで言うと口を閉じてしまう。
「……実験、て?」
最初に口を開いたのはアイラだった。
「死者の身体を操る実験だよ、アイラ。おそらく父は――割と早い時期に死んでいたのだと思う。エリーシャ様との見合いの直後くらいの時期ではないかと」
アイラの問いに答えたのはダーシーだった。彼は前髪をかき上げて沈鬱な面もちを作る。
「わたしとの顔合わせの時は、侯爵は妙に機嫌がよかったものね」
「わたしとあなたの結婚が決まれば、宮中での権力は父のものですからね。あの時点でわたしはセシリーの支配下にあったけれど、父は違った――確かではない記憶でしかありませんが。あの時点では、皇后陛下と何か取引をしていたのかもしれない」
ダーシーの言葉に、アイラは納得してしまった。あの日、一度だけ直接会ったレヴァレンド侯爵は妙に艶々としていた。権力に対する欲望がかないそうだと思ってのことだとしたら、艶々しても当然な気がする。
「三つの術はいずれも禁忌だから、資料を集めるのに苦労した。ジェンセンはよくあれだけの量を集めたものだと思う――それと、カーラが使用人たちの遺体を調べた結果わかったことが一つ」
再びベリンダが口を開く。
「先ほど生贄、と言ったのは――死者を蘇らせた場合、他者の命を吸い取らなければ肉体を保つことができないから――わたしはただの伝承だと思っていたのだけれど」
「――なんてこと!」
エリーシャは座っていたクッションから腰を浮かせた。
「つまり――レヴァレンド邸の使用人たちは――蘇らせた死者を生きながらえさせるために殺されたのだ、と?」
「そういうことになります」
青ざめたエリーシャは、すとん、とクッションに腰を落とす。
「エリーシャ様。カーラが蘇らせてくれたわたしのかすかな記憶の中に――クリスティアン様がいたような――申し訳ありません」
ますます血の気が引いて、卒倒しそうになっているエリーシャの手を、ダーシーが取る。
その時、誰も近づけないように命令していたはずの図書室の扉が叩かれた。室内にいた皆が顔を見合わせると、ジェンセンの声がする。
「入室の許可をいただけませんかね?」
「何で今日に限って普通に扉から入ってくるわけ?」
「いや、いつもの通り寝室に落ちたんだけどさー。いないから、控え室にいた侍女ちゃんたちに聞いたらこっちだって言うから歩いてきた」
だから、皇女の寝室というかベッドの上に転がり落ちるのはどうなのだろうと思いながら、アイラは父を室内に招き入れた。
「ご苦労だったわね、ジェンセン。パリィは?」
「あいつは、ダーシー様の使用人ってことにして睡蓮邸に預けてきました。あそこなら警備が厳重ですし。カーラに言って、結界を再点検させてるところです。終わったら、わたしもカーラに合流します。ベリンダも手を貸してくれ」
「ん、わかった」
ジェンセンとベリンダの間に交わされた視線で、素早く意志疎通が図られるのをアイラは見た。
「それで?」
アイラは父が顔を歪めるのを見た。表情を取り繕うのを見られまいとしているかのように、ジェンセンは魔術師のローブを直す。
「クリスティアンで間違いないってことなのね」
その様子から、エリーシャは瞬時に察知した。
「レヴァレンド邸の使用人たちは、クリスティアンを生きながらえさせるための生贄になったと言うことなのでしょう?」
「ご賢察――でございます。エリーシャ様。ダーシー様、ちょうど今、その話をしていたところなのですか?」
ダーシーがジェンセンの言葉を肯定するとジェンセンは、深くため息をついた。
「セシリーは何らかの手段を使って、クリスティアン様の遺体を亡くなった当時のままに保存していたと思われます。新鮮なというのもおかしいが、亡くなってからの時間が少ない肉体ほど魂を呼び戻した魂を定着させやすいですからね。魂を呼び戻し、動き出したのはここ半年の間のことでしょう」
「遺体を操る方法もあると聞いたけれど?」
まだ青ざめているエリーシャは、それでも果敢に口を開いた。
「それは――ないでしょう」
エリーシャのわずかな期待を、ジェンセンは無惨にも打ち砕いた。
「ダーレーンで、実際に言葉を交わしてきましたよ。クリスティアン・ルイズ本人でした」
「……嘘よっ!」
悲痛なエリーシャの声が、室内に響きわたる。ダーシーがそっとエリーシャの手に自分の手を重ねた。