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クリスティアンの謎

「父さん、これって……」

「ものすごーく痛いぞ……これは、クリスティアン・ルイズと名乗る男にやられたもの」

 ジェンセンは皆の目から隠すように、ローブの袖を元に戻した。それから呼吸を整え、落ち着きを取り戻してから話し始める。

「多かれ少なかれ、タラゴナ帝国皇室の血を引いている者は、魔術師たる資質を持ち合わせている――本職になるには物足りない人が多いがね」

 珍しく俯いていたエリーシャが顔を上げた。


「クリスティアンは、皇室の血筋の中でも魔力を強く持っていた。それはわたしも知ってる」

「クリスティアン様は――そう、真面目に修行なさっていたら中級――あるいは上級魔術師になれたかもしれない」

 魔術師はおおまかに魔術師、中級魔術師、上級魔術師の三階級に分かれている。ベリンダもジェンセンも上級魔術師であるが、二人の能力の差は歴然としている。ジェンセンは「最高魔術師」と呼ばれることもあるが、それは上級魔術師の中でもトップクラスの能力の持ち主、ということでしかない。


「彼は……クリスティアンは、そこまで優れていたの?」

 エリーシャは身をまっすぐにしてジェンセンに視線を送る。

「真面目に修行なさっていたら、と申し上げたはずですよ。皇女殿下。あの方には他に学ばなければならないことがありましたから」

「……そうね」

 クリスティアンは、エリーシャとは縁戚関係にある。将来女帝になるエリーシャの夫となり彼女の補佐をするために、クリスティアンは通常皇族が受ける教育の他将来の皇帝が受けるべき教育の一部も追加して受けていた。


「将来の皇帝と同じ教育を受けていたら、魔術師としての教育までを受けている時間まではないわね」

 納得した表情で、エリーシャはソファに背中を預けた。アイラはおろおろと主と父に視線を走らせている。

「でも、あの、クリスティアン様がその――亡くなった――のは二年前でしょう? それから魔術の教育を受けたとして間に合うの?」

「アイラ! ああまったく賢いね。さすが我が娘だ」

 感極まった表情で抱きついてこようとする父親を、アイラはソファから滑り落ちることでかわした。


「ジェンセン、ふざけている暇があったらさっさと話せ」

 ベリンダがジェンセンの後頭部をたたいた。

「普通に考えたら、間に合うはずがないだろう。パパだって、こう見えても魔術師になる前に十年以上修行してるんだからね?」

 何事もなかったかのように、ジェンセンはアイラに向かって話し続けた。アイラは父が修行している時代のことは知らないから、十年以上修行修行したと言われてもぴんとこない。


「そうだよな、普通に考えればそうだ。わたしはジェンセンほど腕利きじゃないからもっと修行しなきゃならなかった」

 べリンダは考え込み、エリーシャはさっさと話を続けろと言わんばかりにジェンセンをせかした。

「可能性としては三つ」

 ジェンセンは指を一つ一つ折りながら可能性を上げる。

「クリスティアン様は二年前に亡くなっていて、ダーレーンにいるのは偽物」

「それが一番可能性が高そうね」

「クリスティアン様は二年前、生き延びた。そして、必死の修行で魔術師と並ぶ能力を手に入れた」

「その可能性は、今あなたが否定したじゃないの」

 エリーシャは、ジェンセンがあげた可能性に一つ一つ言葉を挟んでいく。


「ですな。わたしに傷を負わせたのは、そのクリスティアン様の可能性がある男ですから。わたしが魔術を学び始めて二年の男に負けるというのは、まあ考えられないでしょう。残る可能性は――」

 そこまで言ったにもかかわらず、ジェンセンは黙り込んでしまって口を開こうとはしなかった。沈黙をごまかそうとするかのようにアイラは立ち上がって、新しいお茶をいれる。

「……父さん、お茶」

「悪いな」


 家で暮らしていた頃は、こうやってしばしば父にお茶をいれたものだった。皇女宮で使っている茶葉は、むろんアイラが家にいた頃使っていた茶葉よりはるかに上質なものだけれど、同じような穏やかな時間が二人の間に生まれる。

 アイラが差し出したカップにたっぷりミルクと砂糖を追加してかきまわしてから、ジェンセンは改めて口を開いた。

「最後の可能性。わたしはこれが一番可能性が高いと思っている――」

「もったいぶらないでさっさと言いなさいよ」

 いらいらとエリーシャは先を促した。


「クリスティアン様は、二年前に死亡。その身体をセシリーの関係者が乗っ取っている」

「ちょっと!」

 アイラはジェンセンに詰め寄る。

「言っていいことと悪いことがあるでしょ!」

「アイラ!」

 鋭いエリーシャの声が、室内の空気を切り裂く。ぎょっとしてアイラが振り返ると、エリーシャは手を振ってアイラに座るように命じた。


「では、その推測が正しかったとするなら、二年前にわたしが見た死体は本物のクリスティアンってことね?」

 エリーシャは顔を歪ませた。

「二番目の推測だけは認めたくないわね。だって、……婚約者を見分けられなかったなんて……そんなこと信じたくないもの」

 クリスティアンの名前がからむと、エリーシャの表情はいつものものと違う。そのことにアイラは気づいたけれど、追求しようとは思わなかった。

「……クリスティアン・ルイズ」

 そっと死んだ婚約者の名を口にあげて、エリーシャは両手を胸の前で組み合わせた。皆はしんとして、エリーシャを見守っている。


「ダーレーン王族と結婚しようとしているのが、クリスティアンなのかクリスティアンの偽物なのか確認する必要があるわね」

 エリーシャが沈んだ顔をしていたのは、ほんのわずかな間のことだった。すぐに自分の精神を建て直し、次を見据えようとしている。

「ジェンセン、ダーレーンの情報を探るためにはどうすれば? ダーレーン側」

「……パリィを行かせますか?」

「でも、彼は一度失敗しているし」

 ダーレーンに入った後、連絡がとれなくなったパリィをもう一度行かせるのは気が進まないとエリーシャは首を横に振る。


「彼をわたしが全面的にバックアップしますよ。皇帝陛下の許可も頂いてまいります――危険は大きくともそれならば、何とか」

「……頼むわ」

 エリーシャは、ジェンセンの言葉に厳しい表情をしてうなずいた。他に打つべき手はない。

「じゃあアイラ、パパ行ってくるよ。皇女様の護衛、しっかり頼むな」

 ジェンセンはカップの中身を空にすると立ち上がり、「ちょっと近所まで買い物」くらいの気楽さで姿を消した。傷ついた父にアイラが心配そうな目を向けるのにもかまわずに。


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