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急転

 しばらくの間おとなしくしているということで皆の意見が一致したはずなのに、エリーシャが騒ぎ出すまで一か月しかなかった。

「退屈! 退屈! 飲みに行きたい!」

「……それはちょっと」

「わかってるわよっ!」

 侍女たちに冷たい視線で見られ、エリーシャはむくれた顔でソファにひっくり返った。クッションを腹の上に抱えて、足をじたばたさせる。


「アイラ、厨房から何かもらってきてよ」

「お菓子ですか? おつまみですか?」

「決まってるでしょ!」

「アイラ行っておいで」

 ベリンダに言われ、アイラは立ち上がった。

「わたしはワイン倉に行ってくるよ。エリーシャ様、ワインでよろしいのでしょう?」 他の二人は休暇をとっている――といっても、二人とも後宮を出るのはいやがったので、前宮の国民に開放されている区画にお茶をしに行っているだけだ――ために、この場に残っているのは、アイラとベリンダの二人だった。


 厨房から魚のパイやチーズや蒸した野菜をアイラが運んでくると、ベリンダはワイン倉から大量にワインを出してきた。

「もー、昼間からお酒飲んでていいんでしょうかねぇ?」

 エリーシャの居間にもらってきた料理を並べ、グラスを出しながらアイラは嘆息する。

「いいのよ、だって暇で暇で退屈なんだもの」

 こんな状況であるから、エリーシャも公務は極力減らし、皇女宮からほとんど出ることはなかった。祖父である皇帝から借りているジェンセンと、自分の密偵たちにダーレーンを探らせている。


「……父の魔術書もたくさんあるんですけど」

「それは専門家にまかせるわ、ねえベリンダ?」

 ベリンダは主に対しているのとは信じられないようないい加減な仕草で、肩をすくめた。

「お許しをいただけるのならば、書庫にこもりたいと思いますが」

「ちょっと待ってて。もうすぐジェンセン・ヨークが来るから――アイラ、お茶をいれて」

「かしこまりました」


 アイラがお茶の用意を始めると、エリーシャは側の棚をさす。

「そこに朝もらってきたクッキーが入ってるからそれもテーブルに出しておいて。ジェンセンは飲まない――」

「いえ、いただきますよ。殿下。昼から酒とはありがたい――おお、痛い」

 空中から床の上に転がり落ちたジェンセンは、遠慮なくグラスの方に手を伸ばす。あいかわらず転移の術は苦手のようだ。目的の場所にはなんとか到着しているわけではあるが。

「昼から飲まないでよ、父さん」

 アイラはジェンセンの手をぴしゃりと叩いた。


「えー、パパ、つまんないー」

「つまんない、じゃない!」

「はいはい、そこまで。じゃあとりあえずお酒は後回しにしましょうか。アイラ……全員分、お茶」

 エリーシャが今回は引いて、ワインの壷は端に片づけられた。

「えー、飲みたいのにー」

「そんなこと言ってもだめなものはだめっ」

 ぶぅぶぅと膨れているジェンセンにはかまわず、アイラは温めたポットに茶葉を放りこんだ。


「そろそろ仕事の話に戻ってくれる、ジェンセン?」

「かしこまりました」

 アイラの配ったお茶のカップに手を伸ばしたジェンセンは、一口飲んでから表情を真面目なものに変化させる。

「ダーレーン国内の状況がつかめましたよ、皇女殿下」

「……どうなっているの?」

「ダーレーンでは、近いうちに新国王が即位します。正確に言うなら女王、ですが」

 ジェンセンは言い放った。


「誰が?」

「大穴ですよ。詳しい関係については割愛しますが、元の継承順で言うと十番目以降の娘ですな。ああ、報告書にはちゃんと家系図ついてますのでそちらでご確認を」

「何でそんなことになってるのよ。順番無視するとあれこれややこしくなるから継承順を決めているのに」

 それに、とエリーシャは付け加えた。タラゴナ帝国では男女問わず生まれた順に皇位継承権を持つ。ダーレーンでは男子が優先だったはずで、そうなるためには今回即位するという新女王の前に位置する継承者たちが全員が継承権を放棄する、もしくは死亡していなければならないはずだ。


「新女王以前の継承者たちってどうなってるの?」

「全員死んだ」

 純粋な好奇心から出たアイラの質問に対する何気ない口調で吐き出されたとんでもない返答に、部屋の空気がこおりついた。

「……と、いうことは新女王は傀儡で黒幕がいるということかしら。手っ取り早いのは夫?」

 いつの間に飲み干したのか、エリーシャは空になったカップを振ってお茶のおかわりを要求しながら言った。


「鋭いですな、エリーシャ様。そして、女王の夫は――ダーレーン人ではない。どうやって婿に入り込んだのかまではまだ調べがついていませんが」

「……わたしも知っている人間なのかしら」

 アイラがおかわりを注いだお茶のカップを、優雅な手つきで口に運ぶ。少しばかり顔が似ていても、身についた気品というものまでは似ないのだなとアイラはエリーシャの横顔を見つめる。


 ジェンセンは正面を向いた。

「クリスティアン・ルイズ」

 エリーシャがカップを放り出して立ち上がった。

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ! ジェンセン・ヨーク!」

 状況が飲み込めていないアイラは、おろおろと主と父に交互に視線を走らせることしかできなかった。

 クリスティアンと言えば、エリーシャの婚約者で二年前に惨殺されたということしかアイラは知らない。

「クリスティアンは死――」

「遺体の確認はなさいましたか? ご自身の目で」

 立ち上がったまま拳を握りしめていたエリーシャがすとんと腰を落とす。


「したわ、でも……そうね。正面から顔を合わせることはしなかったから」

 あまりにもひどい有様だったからと、遺体との対面は遠目からほんの一瞬許されただけ。それでも髪の色と体格からクリスティアンに間違いないと今この瞬間まで信じていた。

「……生きていたなら、どうして連絡をくれなかったのかしら……」

 両手でカップを包み込み、手を温めるようにして、エリーシャは嘆息する。ジェンセンが同情するように首を振った。


「二年の間、何があったのかはわかりません。そこも探りたかったのですが、ね……陛下にお借りした魔術師をこれ以上失うわけにはいきませんので」

 エリーシャの視線が落ちるのを、アイラは何も言えずに見つめることしかできなかった。

「必要ならわたしがもう一度ダーレーンに入っても――」

 それまで口を挟むことなかったベリンダが口を開く。

「やめとけ」

 ジェンセンがローブの袖をまくり上げる。

「俺もやられた――クリスティアン様がダーレーンにいるというのなら、慎重になる必要がある」

 ジェンセンの左腕が肩から手首まで包帯に覆われているのを見て、アイラは息をのんだ。


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