地下で見つけたもの
二人が入り込んだのは滞在している町の中で一番立派な屋敷だった。人の気配があちこちにある。どこで学んだのかライナスは至って冷静で、人の気配に行きあうたびに物陰にアイラを引っ張り込んでやり過ごした。
「集会しているような気配でもあればいいんだがな」
「……やっぱり、地下です?」
「地下、だな」
地下への階段をライナスは探す。地下へ降りる階段は、台所の脇にあった。そこを降りていくと階段の先には扉が一つだけある。
「この扉、何か気持ち悪いな」
「そうですか?」
ライナスは、扉に手をかける。鍵がかかっているのに気がついて、ポケットからナイフを取り出した。
「いつでも泥棒に転職できますねぇ」
「黙れ」
ひそひそささやくアイラを無視して、ライナスは要領よく鍵をこじ開ける。
「やばい、俺、この部屋だめだ……」
ライナスは部屋に入ることなくそこでうずくまってしまった。
「……じゃ、ちょっと行ってきます」
どうやら、部屋には魔術的な何か、が仕掛けられているようだ。天才魔術師の血を引いているにも関わらず、アイラはあまりにも才能がないためにその影響をあまり受けないという特異体質だ。ライナスの方はしっかり影響を受けて、扉から動けなくなっている。
「……すまん」
アイラは詫びるライナスを放っておいて、薄暗い部屋の中に目をこらした。
二つ、呼吸をしてからアイラは足を踏み出した。部屋の奥の方には魔術によって作られた光源があるようだ。地下の部屋とはいえ、真っ暗というわけではない。
「……飯の時間か?」
急にかけられた声に、アイラは悲鳴を上げかけ、とっさに服の袖をかんでそれをこらえた。
「……どっかで見た顔――」
「言われてみれば……どちら様?」
光源から少し離れた薄暗い場所に、男が一人拘束されている。どこかで見たような顔なのだが、どこで会ったのかが思い出せない。
「ああ、そうだ。あんた侍女さんだろ――酒場で会ったな」
ぽん、とアイラは手を叩いた。
「パリィさん!」
後ろ手に縛られて転がされているのは、エリーシャの密偵であるパリィだった。教団に潜入しているはずがこんなところで再会することになるとは。
薄ぼんやりとした明かりで確認できただけでも相当痛めつけられた跡があって、変装しているんだかいないんだかさえわからなかった。
「あらやだ、これ、鎖じゃないですか」
とりあえず拘束を解いてやろうとかがみ込んだアイラは、彼の手を拘束しているのが縄ではなく鎖であることに気がついて困った顔になった。
アイラではこの鎖を外すことはできない。ここはライナスに頼るべきだろう。
「ちょっと引きずりますねー。痛いですかー、痛いですよねー。まあ、我慢してください。パリィさん持ち上げられるほど力ないんで」
アイラは、ずりずりとパリィを扉の方へと引きずっていく。床の敷物と顔がすれてパリィが小さく呻くのは聞こえなかったふりをした。扉のところまで行くと、気持ち悪そうにうずくまっていたライナスがあきれた声を出す。
「あんたよくこの状況で動けるな」
「魔術に異常に鈍いんですよ。わたしじゃ無理なんで、ライナス様、この鎖外してください」
「アイラの体質もこういう時には便利だな」
パリィを床に転がしておいて、ライナスはナイフの刃先を鎖の輪に差し込む。数度な角度を変えてナイフを捻ると、鎖はちぎれて床の上に落ちた。
「動けます?」
「……肩、貸してくれ」
よろよろと立ち上がったパリィに肩を貸しながら、アイラは彼の傷口に塩を塗り込むであろう発言をした。
「何で捕まってたんです?」
「へまやったんだよ、そこを追求すんな。セシリー相手に深入りしすぎてな。そういや、今日何日だ?」
「十九日ですけど」
「やばい、明日セシリーを囲む会がある。今夜ここに到着してるはずなんだが」
先に立って階段を上っていたライナスが、二歩下がって首を横に振る。
「それはもう少し早く言ってほしかったな――縛っておいた見張りが見つかったのか、あの部屋に何か仕掛けてあったのか――敵が来てるぞ。地下に戻れ!」
とりあえず階段を駆け降り、扉を閉めて室内に転がっていた重そうなものを押しつけて開かれないようにする。やれやれ、とため息をついてライナスは剣を抜いた。
「この部屋、本当に気分が悪くなるな。アイラ、とりあえず道を切り開くから走れ。そいつは引きずれ」
「無理ですよ。こんな重い人引きずって走るなんて」
「あのな。俺だって自分の身ぐらいは――、何か武器になるものはないか」
パリィも気分が悪そうにしている。この部屋に入ってけろりとしているのはアイラだけで、彼女が持っているのは短剣だった。
「しかたない、こいつで何とかするか。これでさんざん殴られたんだがなあ」
ぼやきながらも、パリィは室内に転がっていた棒を手に取る。外側から重いものを扉に叩きつけている音がして、めりめりと扉が内側に軋む。
扉を破り、転がり込んできた敵の頭にパリィは棒を叩き下ろした。と、同時にライナスが腹を蹴り上げる。
ぐしゃりと嫌な音がして、部屋の中に悪臭がただよう。そうしながらも、敵は動くのをやめようとはしなかった。
「……死体相手は遠慮したいんだけど」
呆然とアイラはつぶやく。
死体相手に普通の攻撃では無理だ。首から下げた父との連絡手段をまさぐって、そこに助けをもとめる言葉をささやいた。
その間にも、ライナスとパリィは扉の前に別の家具を押しつけて開けられた通路をふさぎ、室内に入り込んだ敵と打ち合っている。
「パパ、登場~!」
アイラの叫びに応じて空中から転がり落ちてきたジェンセンは、床に身体がぶつかるのと同時に手にしていた杖を振り回した。杖の先端から発せられた炎が、動く死体をあっという間に燃やし尽くす。
「娘よ! もうちょっと頼ってくれてもいいんじゃないか?」
「奥の手だって言ってたじゃない。とにかくここから出たいんだけど」
「うん、じゃあそこの近衛騎士君。おじさんの言うことを聞いてくれないかね?」
「できることであれば」
「道を開くのはわたしがやるから、そこの兄さん担いでくれ。アイラに担げってのは無理だからな」
そう言ったジェンセンは、急に真面目な顔になった。