もてるんですね、一部には
入手した情報を精査した結果、イヴェリンは次の行き先をルーヴェインスという町に決めた。ルーヴェインスは街道沿いの大きな町だった。
五本の街道が交差する場所にあり、国内外の人たちが集まっている。この町ではないが、隣の町がちょうど祭りの時期に当たっているという話で、それをあてにしてやってきた商人たちでルーヴェインスも混み合っていた。
「めちゃくちゃ混んでますねぇ」
人混みに目を回しそうになりながら、アイラは言った。
皇女宮の近くで暮らしていたといっても、毎日がこんなお祭り騒ぎなわけではない。人に酔いそうになりながらも懸命にイヴェリンについていく。
「何々? これ、祭りとかやってんの? えー、ちょっといいじゃん、寄ってこうって。ほら、そこのカフェ、可愛い子がいるじゃん。」
「……お前なあ」
アイラたちの後方では、フェランとライナスが騒いでいる。
「あの芝居、必要なんですか?」
「フェランが楽しんでいるだけだ。ライナスは気の毒だな」
これっぽっちも同情していない口調でイヴェリンは言うと、アイラをせかす。同情してませんよねぇ、と突っ込みそうになった言葉をアイラは飲み込む。侍女たるもの余計なことに口を出してはいけないのだ。
何とか確保することのできた宿は、思いきり安宿だった。硬いベッドにイヴェリンは顔をしかめるが、地面で寝ることも多い身だ。必要以上の文句は口にしない。
部屋には四つのベッドがあった。窓側から扉側へと順に並んでいる。相部屋にはなりたくないなー、とアイラは思った。
他人がいれば、夜中に抜け出して探索に行くのが難しくなる。
「セシリーが来ていなかったとしても、これだけの人が集まっているんだ。何かあるだろう」
イヴェリンは眼鏡をかけなおして、地図を広げる。
「アイラ、下の売店に行ってこの町の詳細な地図を買ってきてくれ」
都もそうなのだが、各町には、全国で流通しているより詳細な地図を置いている店――たいていは宿の売店で、他に傘や包帯など旅の必需品も売っている――がある。
二人が入った宿も、安宿ながら一階には売店があるのを二人ともしっかり確認していた。
アイラが地図を買って戻ってきた頃、部屋には新しい客人が増えていた。
「相部屋だってよ!」
「……女性と相部屋か。紳士的な振る舞いを約束するので、今夜一晩我慢してもらいたい」
「二人とも、室内でまで猿芝居はやめろ」
「だってー、どこで誰が聞いているかわからないじゃないですか」
フェランとライナスが同じ部屋に案内されていた。混み合う時期には、相部屋というのもよくある話だとは聞いているが、この二人どうやって同じ部屋に潜り込んだのだろう。
「いや、美人さんと一緒がいいなーって言ったら、ここに連れてきてくれたぞ?」
「むさ苦しい男と同室は嫌だといったんだろうが」
フェランの言葉をライナスは思いきり否定した。それから、声をひそめて、イヴェリンに言う。
「宿の部屋全体が埋まっているのは事実です。隣町の祭りに参加する者が多いのでしょうね。一晩、ご容赦ください」
「戦場ではテントすらないところでごろ寝だろうが。アイラ、お前は一番窓側のベッドだ。フェランは一番扉側。ライナスとわたしが間を使う」
つまらない、とぶぅぶぅ言うフェランを完全に無視して、イヴェリンはアイラの買ってきた地図を広げた。
「先日入手した紙に記されていた場所は、この町の北にある。高級住宅街のようだな」
「また潜り込みますか?」
「そうするしかないだろう――ライナス、アイラと一緒に行ってくれ。わたしはフェランとともに夜歩きを楽しんでいるふりをして側にいる」
やれやれ、とアイラは首を横に振る。このまま行くと、一流の泥棒になれる日も遠くはなさそうだ。
近くで祭りがあるからか、ルーヴェインスの町もたいそう賑わっていた。酒場は店の前にテーブルと椅子を出し、そこでも料理や酒が振る舞われている。
「こっちだ」
ライナスはアイラの腕を引いた。
「わたしたち、周囲の人たちからはどう見えているんでしょうねぇ?」
「火遊びを楽しもうとしている貴族のぼんぼんと、ひっかかった女だ」
「あんまりですよ、その言い方は」
でもまあ、それが正しいのだろう。目立たないような格好をしているとはいえ、生まれ持った気品とか言うものは、隠しようもないらしい。
二人が目指していたのは、貴族の屋敷だった。
「どうやって入るんです?」
「裏手に回るか? ……犬がいるな。めんどうだ。ヤるか」
止める間もなく、ライナスは塀をよじ登り始める。彼が塀のてっぺんにたどり着く前に、わうわうと犬が走り寄ってきた。
「か……囓られちゃいますってぇ!」
一応悲鳴を上げても、殺す努力は忘れてはいない。アイラが裏門の前でおろおろしていると、犬たちの声の調子が変わった。
「よーしよしよし、いい子だ。お前たち、おとなしくしてろよー」
あっという間にライナスは、四頭の犬、全てを手なずけていた。
「犬の鳴き声がしたぞ」
「侵入者か?」
「いや、もう鳴いてないが……一応、様子を見に行くか」
ライナスはアイラに身を隠しているように合図する。門から離れてアイラが身を潜めると、あっという間に周囲は静かになった。
犬たちはライナスの前にきちんと座って、次の命令を待っている。
「あの、見張りの人たちは……」
ライナスが顎でしゃくった方を見ると、厳重に縛り上げられた見張りが二人転がっている。
「こんなに簡単になつくんじゃ番犬の意味、ないんじゃ」
思わずアイラは嘆息する。これで貴族の家の番犬だというのだから、不用心なことこの上ない。
「……特技だ」
ぼそりとライナスは言うと、裏口の方へとアイラを引っ張って歩き出した。