探索を終えて
入る前には人が住んでいる気配があると思っていたのに、ユージェニーの言葉通り家の中はもぬけの空だった。
「困りましたねぇー、何か見つけないと」
外で待っているイヴェリンとフェランのためにも何か情報を見つけださなければ。アイラは焦るけれど、ライナスは落ち着き払ったものだった。
念のために全ての部屋を確認した後、ユージェニーが教えてくれた部屋へと足を踏み入れる。その部屋はひどく散らかっていた。
「あの女が先に荒らしたんじゃないか?」
ぼやきながら、ライナスは部屋をひっくり返して、それでも何かないかと探し回る。
「……これが残されたのはわざとだと思うか?」
「何がですか?」
ライナスがひらひらさせている便せんを、アイラは横からのぞき込んだ。
「セシリーとやらの行動予定だ」
「それはツイてますね!」
はしゃぐアイラに、ライナスはあきれた様子で首を振った。
「ツイてますね! じゃないだろう。この家の元々の住人が逃げ出す時にこれを持って行かないのは不自然だし、ユージェニーは何でこれを置いていったんだ?」
「ユージェニーは、セシリーには用がないからじゃないですかね」
アイラの父である魔術師が言っていた。ユージェニーは自分自身のことにしか興味がない――と。自分の若さと美貌を保つために暗躍してはいるが、セシリーと対立する理由はないはずだ。
八十過ぎてあの美貌なら、十分ではないかとアイラは思うのだけれど。
「――まあ、せっかくの情報だ。これは持って行くぞ」
ライナスは包みをポケットにしまい込む。それから念のために地下室を探索する。地下室にはろくな物は残されていなかった。
食料が少々保存されていたのと、人が集まるのに使っていたらしい部屋が一つあるだけ。部屋には美しい敷物が敷かれ、中心部には見事な女性の彫像が飾られていた。
「セシリーって人はよっぽど自分に自信があるんでしょうか」
その彫像を眺めながらアイラは嘆息する。目の見えない人が持つ杖を手にしているところを見ると、その像はセシリーの姿をうつしたものなのだろう。
艶やかな髪に豊かな曲線を持つ肢体。杖を持つ指の先の爪は輝いているようだった。目は固く閉じられているが、唇は柔らかな弧を描いて聖女の微笑とでも呼びたいような穏やかな表情をしている。
「ものすごい美人さんだと思いませんか?」
「……知るか」
ライナスはアイラを追い立てて外に出る。身を潜めていたイヴェリンたちが、二人を見かけて寄ってきた。
「どうだったか?」
「たいした情報はありませんでした」
いらいらした様子のイヴェリンは、矢継ぎ早に問いかける。
「一応、セシリーがこの先どこに滞在するかの予定表を見つけたのですが、どのくらい信憑性があるのかは……」
ライナスは口ごもった。
「というと?」
「中でユージェニーと行きあいまして」
不愉快そうに、イヴェリンは眉間に皺を寄せた。
「あの家の住民の暗殺命令を受けていたそうなのですが、逃げ出した後だという話でした」
部屋を荒らして行ったのが、ユージェニーなのかどうかまではわからない、とライナスは続けた。
「あの女……」
珍しく怒りを露わにしたイヴェリンだったが、ライナスの持っていた紙をひったくってさっさと宿の方へと向き直る。
「わたしとアイラは戻る。お前たちは別行動だ。一緒にいるのはおかしい組み合わせだからな」
黙って二人の話を聞いていたフェランは、アイラの側に寄ってきた。
「何もされなかったか?」
「されなかったですよ。用がないってさっさと帰っちゃったし」
「何で女が入って行ったのに気がつかなかったんだろうなぁ」
魔術師だからですよと言ってやろうかと思ったけれど、アイラは口を閉じた。ぶつぶつと言いながら、フェランはライナスに向かって手を振る。
「イヴェリン様、先に行ってください。俺とライナスは後から護衛しながらついて行くので」
イヴェリンはアイラの腕をとって、半分引きずるようにして歩き始める。
「ジェンセンを呼ぶ必要はなかったのか?」
「んー、呼ぼうかと思ったんですけど。今度会ったら『ヤ』り合うって言ってたんですよねー。何かイヤな予感がして」
「それは危険だな。全く、魔術師というのは度し難いものだ。新しい魔術を見つけると、試したくて仕方ないんだろう」
二本の指で眼鏡を押し上げ、イヴェリンはため息をついた。
「ライナスとお前が持ち帰ってきたこの紙、信用できると思うか? 宿に帰った後、内容はよく確認してみるつもりだが」
「……他に手がかりもないですからねー」
イヴェリンにしろ、アイラにしろ、密偵という仕事につくのは初めてのことだ。いつもの仕事とは勝手が違いすぎてどうしても後手に回ってしまう。
「それもそうなのだがな」
イヴェリンの眉間の皺は、日に日に深くなっていくようにアイラには思えた。このまま行くと、戻る前にイヴェリンは十歳近く老け込むことになりそうだ。
早めに帰らないと、老け込んだ妻を見たゴンゾルフが派手に悲鳴を上げることになるだろう。それはそれである意味見ものかもしれないが、皇女宮内に男の野太い悲鳴が響き渡る図というのもを想像すると頭が痛くなる。
「今まで得た情報と、この紙の場所をつき合わせてみるか。どちらにしても行ってみなければならないのだから」
宿の従業員に見咎められないようこっそり戻ると、イヴェリンは灯りをつけてアイラを手招きする。その夜、二人は遅くまで地図を眺めていた。