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ユージェニーとの再会(一瞬)

 そんなわけで、その日の夜アイラとイヴェリンはセシリーの信奉者たちが集まるというある家の外にいた。

「うーん、人の気配がありますねぇ」

「隠密行動をとらねばならないのだがな」

 一応黒っぽい服に身を包んではいるのだが、二人とも不法侵入をして情報を集めるなどということは未経験である。

「どうしましょうかー」

 アイラがつぶやいた時だった。


「俺にまかせてもらえませんか」

 何かあった時のために近場に隠れていたはずのライナスが二人の方へ近づいてくる。 ライナスは黒い服を着ていた。

「お前に?」

「慣れているので」

 何に慣れているのだと、アイラがぎょっとしている間にライナスはアイラの腕をとっていた。


「いざという時、ジェンセン・ヨークと連絡がつくのは彼女だけですから、借りていきます」

「わかった、まかせる」

 ライナスと二人かー、などとアイラが腕をとられている間ぼうっと考えていると、イヴェリンに背中を押される。

「では、頼む」

 イヴェリンのその声に、ライナスはアイラの腕を放し、ついてくるように合図した。

「……まずは裏口だ」

 二人が侵入しようとしているのは、この村の中でも一番目か二番目に立派な家だ。むろん貴族の屋敷ほどではないものの、それなりに高い塀が家の周囲を囲んでいる。

「裏口に行ってどうするんです」

「まあ、たいてい裏口ってのは警戒心が緩んでるからな。主はまず使わない――そうだろ?」

「……エリーシャ様はがんがん使ってますけど?」

 エリーシャが抜け出す時使うのは、皇女宮の抜け道だ。その抜け道は、裏口と化していて、エリーシャは隙を見計らっては、そこから夜の街に繰り出していた。


「あれは、裏口じゃなくて抜け道だ!」

 ライナスが低い声でアイラの言葉を訂正する。抜け道をがんがん使うのはいかがなものか思ったけれど、アイラも毎日のように使っていたのだからそれ以上何も言えない。「さて、ここの裏口はどうかな」

 たいしたことではない、という口調で言ったライナスは裏口の門に手をかけた。そしてそっと押してみる。

 夜の闇の中、思っていたより大きな音で門のきしむ音が響く。

 思わずアイラがびくつくと、ライナスは低く笑った。


「大丈夫だ。この家の使用人たちはそれほど訓練されているというわけじゃないらしい」

 門がきしむ音がしても、誰も駆けつけてこようとはしなかった。

「どこから入るんです?」

「……こっちだ」

 ライナスは家の裏側の窓を一つ一つ、押してみている。鍵のかかっていない窓を一つ見つけると、そこから中にアイラを押し込んだ。それから自分も身軽な仕草で窓から入り込んでくる。


「……地下室か、それとも上階か」

 家の中は静まりかえっている。

「上はこの家の人たちの寝室じゃないですか?」

「……だよな」

 平屋建ての家ならともかく、二階建ての家ならば上階に寝室を設けることが多い。

 皇女宮などは一番高い箇所では、五階まであるのだが、エリーシャは二階部分を寝室にしている。それは例外として、できるだけ上階に寝室を設けるのが富の証でもあった。

「じゃ、地下室だ」

 事前に見取り図などがあればよかったのだろうが、さすがに赤の他人の家の見取り図を入手するなんてことができるはずもない。


 人の気配がないか、慎重に探りながら地下室に続く階段を探すと、台所で発見することができた。

「俺が先に行く。お前は背後に注意しておけ」

「わたしが後なんですか?」

「いくら何でも人の気配がなさ過ぎるだろ。使用人ってのは、だいたいが一階で寝るものなのに空じゃないか」

 だから、危険があるなら下だ、とライナスはそう判断したようだった。


 アイラの先に立ってライナスが地下へと続く階段を、一歩降りようとしたその時。

「あらあ、だめよ。そっちに行っても何もないもの」

 若々しい女の声がする。どこかで聞いたような――と思いながらアイラが振り返ると、以前対峙したことのある魔術師がいた。

 ユージェニーは、ローブの上からでもわかるほど見事な盛り上がりを見せびらかすかのように腕を組んでいる。


 その胸にある肉の塊を少しばかり分けてもらえないだろうか、とアイラが不謹慎なことを考えている間にも、ライナスはアイラを背後にかばう体勢になって、剣を抜いていた。

「ぼやっとするな! やるべきことをやれ!」

 低いその声にアイラは胸に手をやる。その仕草にユージェニーは気がついたようだった。

「ジェンセンを呼ぶのはやめてちょうだいよ。あなたたちに危害を加えるつもりはないんだから」

 そう言って、ぱちりと片目を閉じる。ジェンセンならでれでれと鼻の下が伸びるところなのだろうが、ライナスは動じた様子もなかった。


「あら、つまらない」

「危害を加えるつもりはない、とはどういうことだ?」

「言葉の通り。別にあなたたちを殺せって言われてるわけじゃないしね。わたしも、自分の獲物を追ってここに来たんだけど――あと一歩のところで逃げられたみたい」

 その獲物が誰なのかアイラは聞こうとしたけれど、その前にユージェニーはその質問を制した。

「ターゲットも、依頼人についても話すつもりはないから。ああ、一ついいことを教えてあげるわ。調べるなら地下室ではなく、二階、一番奥から二番目の部屋よ」


「……あり……がとう……?」

 アイラは首を捻った。ユージェニーには殺されかかったのだし、ここでありがとうというのは何か違うような気もするのだが。

「いえいえ、たいした情報じゃないもの。それじゃ、ジェンセンによろしくねぇ。今度会う時は広い場所でヤり合いたいものだって伝えてちょうだい」

「はぁ……」

「待て!」

 ライナスの言葉にとどまるはずもなく、ユージェニーは姿を消してしまう。

 何を「ヤ」り合うのかはともかくとして、ユージェニーの情報を確認すべく二人は上階に足を向けたのだった。


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