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意外に演技派ですね!

 イヴェリンはハンカチを取り出すと、うつむいて鼻をすすった。アイラは、自分の演技力を皆無だと知っていたからその芝居には乗らないで傍観者の立場を貫いている。

「夫が亡くなって……、あまりにも急なことでしたから……」

 殺されたゴンゾルフには気の毒だが、本人がこれを知ることはないのでまあいいだろう。

「それは大変だったなぁ」

 ケヴィンは気の毒そうな顔でそう言った。


「セシリー様の噂は帝国内でもよく聞くんです」

「それだけのお力を持っているってことだもんな」

「妹がこちらに嫁いでいて、彼女のところをたずねるついでに、セシリー様にお会いできたら……なんて……」

 下を向いて顔を隠したままのイヴェリンの言葉は、最後は涙に紛れて聞こえなくなってしまう。


「帝国内では信者の人を見る機会はなかったんですよ。こっちに来たら、首に黄色い布巻いている人がそうだって聞いたから」

 イヴェリンはやりすぎではないだろうか。仕方なくアイラは途中から、イヴェリンの説明を引き取った。

「おじさんも首に黄色い布を巻いているでしょう? だから、ひょっとしたら会わせてくれるんじゃないかなって」

「うーん」

 それに反して、ケヴィンは渋い表情になったようだった。荷馬車の後方にいるアイラたちからは、彼の表情を伺うことはできなかったけれど。


「それは難しいなぁ」

「……何故……?」

「知らない人間をセシリー様の前に連れて行くわけにはいかないだろ?」

 ハンカチで顔を覆うイヴェリンのすすり泣きがますます大きくなる。自分でしゃべろよ、とアイラは心の中で毒づいたのだけれど、話が進まないのでとっととしゃべることにした。


「でも、姉を見てちょうだい。義理の兄があまりにも突然亡くなったから、心の整理ができてないの」

 すすり泣くイヴェリンの声がいっそう大きく響きわたる。やり過ぎて嘘っぽく――いや演技なのだが――なっているのだが、幸いにもケヴィンはそれに気づいていないようだった。

「ちょっと死んだ兄さんと話をさせてもらえるだけでいいの。それでも……だめ?」

「それは気の毒だけどなあ」

 ケヴィンの荷馬車を引く馬の足取りはゆったりとしたものだ。


 道をよく知っているのか、一応手綱を手にしているものの御する気配はなく、ケヴィンはちらりとアイラに視線を投げかける。

「前だったら、いいよって言ってあげられたんだけどな。最近、セシリー様に会いたいっていう連中の中に胡散臭い奴が増えてさ。この黄色い布を巻いていてもなかなか難しいんだよ……」

「……そんなっ……」

 イヴェリンはついに側に積んである荷物にすがりついて泣き伏してしまった。

「あー、大変なんですねぇ」

 とりあえず泣いているイヴェリンの背中をさすって慰めている様子を装いながら、アイラはケヴィンに同情して見せた。


「会わせてやれるなら、会わせてやりたいんだけどな。悪いことは言わないから、諦めた方がいい」

 ちっとハンカチの下から舌打ちが聞こえたような気がする。アイラはあわてて声を張り上げた。

「ああ、おじさん! そこの宿! そ、そこに泊まろうかな? 料理がおいしくて安いとこがいいんだけど、きっとそんなに高くないよね?」

「なんなら家に泊まってくれてもかまわないだよ」

「いーえぇ、こうなったら一晩中泣くのが目に見えてるもん。おじさんたちの安眠妨害するわけにもいかないから!」


 目に付いた宿の前で降ろしてもらい、ケヴィンの馬車が消え去ったところで、ようやくイヴェリンはハンカチを目から離す。

「うわー、ものすごい目が腫れてますよ! お水もらって冷やさなきゃ。イヴェリン様って意外に演技派だったんですねぇ」

 若干やりすぎていた気がしなくもないが、ケヴィンには通じていたのだからよしとしよう。彼の同情をひくこともできたわけだし。


「当たり前だろう。本気で泣いたからな」

 イヴェリンは胸を張る。

「頭の中で夫を三十回ほど戦死させてみた。うむ、なかなかつらいものがあるな。戦死するなら夫より先にしたいものだ」

「……それはどうなんでしょうねぇ」

 やっぱりエリーシャの後宮に仕えているだけあって、イヴェリンも少しずれているのかもしれない。

 このまま行くと普通の生活には戻れないのではないだろうかと、アイラはちょっぴり心配になったのだった。


 アイラたちが部屋に入ってしばらくすると、帳場の方から元気のいい声が聞こえてくる。

「かまわん、お忍びだからな! 寝るとこさえあれば何でもいい」

 どうやらフェランとライナスも追いついてきたようだ。しかし、相変わらず全く忍べていないのはどうにかならないのだろうか。考えの足りない貴族のお坊ちゃんズと、宿の主たちが受け取ってくれればいいのだが。

「まあまあ、若様。では、当宿で一番のお部屋にどうぞ。お食事はお部屋にお持ちしますからね!」

 上質のブーツを履いた足音が二人分、それより少し軽い足音一人分が部屋の前を通り過ぎて、奥の上質の部屋へと向かっていく。


「泣き落としすれば通してもらえると思ったんですけどねぇ」

 アイラはイヴェリンがテーブルに広げた地図を見る。

「最初から楽々入れるとは思わないさ。まあ、こうなったら不法侵入するとしようか。幸いこの村に一つ、集合場所があるようだしな」

 イヴェリンの手が、地図上の一点を指した。

「気は進みませんが、不法侵入しかなさそうですねぇ。とりあえず、フェラン様とライナス様に声をかけておきましょう」

 アイラの手が、知らず知らず父からもらったお守りへと伸びる。これから先の未来を予想していたわけでもないのだけれど。

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