運のいい出会い
やれやれとアイラがため息をついた時、後方からライナスの声がした。
「そこの女たち、ご苦労だった。ついでに言うと、後から連れが連れてくる三人も仲間なのかな。途中でやりあったんだが」
ライナスが一番冷静なようだ。もっとも上司をそこの女呼ばわりしたのだから、帰ってから叱責があるかもしれない。
「おや、昨夜の宿でもご一緒でしたわね」
にこにこしながら、イヴェリンは身体を引いた。その目が笑っていないのがアイラには怖い。
「すぐに役人が来る」
すぐにライナスに追いついてきたフェランは、縄に三人の男をくくりつけていた。強盗たちは二手に分かれていたらしい。
「襲われそうになったからな、ひっつかまえてきた」
どうやら遅かったのは二日酔いだったためではなく、行き会った強盗を捕獲していたからのようだ。
「それでは、わたしたちはこれで。行きましょう」
役人に関わるのは、得策ではないだろう。その場を離れようとするイヴェリンを、主が呼び止めた。
「女性の足で歩いていくのは大変でしょう。二つ隣の村まででよければ乗っていきませんか」
アイラとイヴェリンは顔を見合わせた。主の首には黄色い布が巻かれている。ということは、セシリー教団の信徒ということだ。
偶然のこととはいえ、教団の信徒に接近する機会を得たならば逃す手はない。役人たちに根ほり葉ほり聞かれる危険性と、教団の信徒と近づきになれる利点を考慮した結果、答えはすぐに出た。
「乗せていっていただけますか?」
「では、お役人との話が終わるまでしばらく待っていてくだされ」
主に言われて、イヴェリンはアイラに道の傍らにある石に腰掛けて待とうと合図した。
しばらくしてやってきた役人たちは、三人の強盗をやっつけたアイラとイヴェリンの腕前に感心したようだった。ろくな武器も持っていなかったのだ。
「あー……あれですかー」
問われてアイラは遠い目になった。
「うちの姉、見かけはああなんですが、ぶちきれると怖いんですよー。もう、コントロールするのが大変で大変で大変で大変でほんっとーに大変でー!」
ぶちきれると怖いのは、強盗たちは身を持って知ったことだろう。
いや、実際には切れていたわけではなくて、イヴェリンはとても冷静だったのだが、そう説明しておいた方が話が早いと思ったのだ。
「いや、大変なのはわかりますよ……」
アイラの話を聞いた役人も遠い目になった。倒された強盗たちの様子を見れば、イヴェリンを敵に回したくないというのは当然の判断だ。
「でもまあ、タラゴナの貴族の方々が残りの三人を捕まえてくれたのも幸運でしたね。何でも、お忍びで物見遊山の旅の途中だとか」
「ぜんぜん忍べてませんけどねー」
あはは、とアイラが笑うと、そうですねー、と役人も笑ったのだった。
† † †
「本当に助かります。妹と二人でどうしたらいいのかと途方にくれていたので」
荷台に座ったイヴェリンは、主――ケヴィンと名乗った――に丁寧に礼の言葉を述べた。フェランとライナスは、役人たちが送ることになって別行動だ。まあ、落ち合う先は決めてあるから大丈夫だろう。
「いやー、こんな美人さんお二人なら大歓迎。でも、あまり似てない……かな?」
「この子は父と後妻の間に生まれたんです。わたしとは腹違いということになりますね」
「そうなんだ、しかしまあ、あんたたちのお母さんは二人とも美人だったんだろうなぁ」
二人は赤の他人だから似ている方がレアケースなのだ。そんなことは当然知るはずのないケヴィンは、のんきな言葉をはきながら、奇跡的に怪我一つ負っていなかった馬に荷馬車を引かせている。
「そう言えば、皆さん、首に黄色の布を巻いているのですね。こちらの国の流行なのですか?」
「ああ、これか?」
ケヴィンは、何でもないことのように首に巻いた布に手をやる。
「秘密でもなんでもないしなぁー。セシリー様にお会いした者は全員もらえるんだ」
「馬鹿高い値段で売りつけられるとかじゃないんですか?」
アイラが身を乗り出した。馬を御しながら、肩越しにケヴィンはアイラの方を振り返り、怪訝な表情を浮かべる。
「ああ、だって、ほら! 生臭坊主とか、役に立たない紙切れを大枚はたいて買わせたりするじゃないですか!」
タラゴナ帝国内の一部でそういった団体が問題になったのはつい最近のことだ。セシリー教団のような新興宗教団ではなく、皇帝が訪れる神殿まで似たようなことをやっていたのだから始末に負えない。
幸運を呼ぶという壷、魔を払うという指輪、悪霊を封じるためのお札。あの父親に育てられたアイラなどは馬鹿馬鹿しいと思うけれど、信じる人がいるのもまた事実。
「あはは、セシリー様はそんなことはしないよ。あの方には貴族階級の人たちも世話になってるからねー。たぶん、お偉いさんたちがお金を出しているんじゃないか?」
物凄く失礼なアイラの言い分にもケヴィンは腹をたてず、全部説明してくれた。話がうまく教団にいったところで、イヴェリンが泣き落としにかかる。
「……セシリー様というのは、死者の声を聞かせてくれるのだそうですね」
「あんたら、タラゴナの人だろ? そっかー、そっちにまで噂は広まっているのか」
「えぇ……」
イヴェリンは目を伏せて見せる。この先はイヴェリンの演技力にかかっているのだなぁとアイラは他人事のようにことの成り行きを見守るつもりになっていた。