護衛侍女はブスメイクなんですね!
熊に見守られながら、お菓子を食べるというのは落ち着かない。出された香りの高い茶も、アイラにとっては単なる湯と大差なかった。
救いはアイラとイヴェリンが話している間にゴンゾルフが大半の菓子を片づけてしまっていたことで――クッキーを二枚かじったところで皿は空になった。
それからイヴェリンは、アイラの前に侍女の着るお仕着せを差し出した。
カフェで着ていたのとは似ているが、こちらの方が露出は少ない。カフェのブラウスは黒かったが、こちらは白。袖がふんわりと膨らんでいる。
黒いスカートはくるぶしまでで、動きやすそうな黒い靴が一緒に支給された。髪は首の後ろできっちりとまとめて白い帽子を被る。
「そこの衝立の陰で着替えてこい」
言われるままに、アイラは衝立の陰で家から着てきた服と侍女のお仕着せを着替える。着てきた服は、鞄につめこんだ。
「――それと、これ」
出てきたところでアイラに手渡されたのは眼鏡だった。イヴェリンがかけているのとは違って、フレームが太い。
「前髪はもう少しおろしておけ。顔があまり見えないように――あと化粧は野暮ったく。不細工に見えればなおいい」
「……化粧、したことないです」
カフェで働いている時だって、化粧なんて必要としたことはなかった。
「ここは女の戦場だからな、化粧は必須だ――ゴンゾルフ、どうにかならないか?」
「大丈夫、まかせて」
おっさんに顔をまかせるのか――と思ったのだけれど、ゴンゾルフの方は慣れたものだ。メイク道具一式を机の引き出し――化粧道具常備かよっとアイラはこころの中でつっこんだ――アイラの顔にぺたぺたとクリームを塗り、粉をはたきあちこち色を載せていく。
「はい、終わり」
鬘をかぶせられた時同様、目の前に鏡が突き出された。
「うわぁ……これは、……ひどい」
化粧で女は化けると言うが、逆の意味にも使うことができるのだとアイラは初めて知った。
顔色は悪く、青白くなっている。ぱっちりとして可愛らしかった目元は、瞼が重く見えるように色を塗られていた。唇も不健康そうに青ざめた色合いに塗られている。
イヴェリンに渡された眼鏡をかけると、皇女エリーシャの影武者になれるかもしれない雰囲気は完全に消えた。不細工だ――あまりにも不細工すぎる。
「後でやり方教えるから、覚えてちょうだい」
「不細工メイクにもほどがありますって……」
これでは、出会いをもとめる機会もなさそうだ。まあ、後宮に出入りできる男は騎士団所属の者と皇帝の側近だけだし、出会ったところで何か期待できるわけでもないが。
鞄を持ったアイラを引き連れ、イヴェリンは部屋を出た。
「まずはエリーシャ様の侍女に引き合わせよう。二名ついているが、今後は君が一番近くにつくことになる」
「先輩侍女を押しのけてですか?」
「君は護衛を兼ねているが彼女たちは違うのでね――彼女たちもわかっているから大丈夫だ」
本当に大丈夫なんだろうか。
長い脚を動かして、さっさと廊下を進んでいくイヴェリンのあとから、ちょこまかとアイラはついていった。
どこまでも続いているのではないかと思われるほど長い廊下を延々と歩いていくと、廊下の前方が壁で塞がれていた。
「ここが後宮の入り口になる」
アイラの手が緊張で握りしめられる。扉の両側は、やはり騎士団の制服を身につけた男たちにかためられていた。
「ここから先は、騎士団員の中でも選ばれた者しか入ることしか許されない」
そう説明して、イヴェリンは扉を守る騎士たちに扉を開くように告げる。
似たような扉をもう一つくぐる――この扉を守ることができるのは、騎士団員の中でも高位の者なのだそうだ。
そこからいくつかに別れた通路のうちの一本を進んでいき、再び扉の前に立った。
「ここが皇女宮だ。この扉を守るのは皇宮騎士団の中でも、皇女付きの者――皇女近衛騎士団にのみ許されている。フェランとライナスもそうだな」
アイラは扉の両脇を守る男たちを見つめる。彼らはアイラに見つめられても、微動だにしなかった。
「ここから先は本当に選ばれた者しか入ることはできない――よほどのことがない限りはな。皇女近衛騎士団では、わたしと夫だけだ。外に出かけたい時は、わたしの許可をとってくれ。簡単に許可を出すわけにはいかないがな」
「……わかりました」
皇女の宮に入ると、あたりの空気は一気に女性らしい華やいだものに変化した。廊下の窓にかけられているカーテンは、淡いピンク色のものだ。床のカーペットは取り払われて、磨き込まれた木目が輝いている。
壁には花が生けられた花瓶がかけられて、甘い香りを放っていた。
「――ここが侍女の控え室だ。エリーシャ様は、政治学の授業で、今は教室にいらっしゃるはずだ」
イヴェリンが扉を叩くと、中から大きく開かれる。
「イリア、新しい侍女を連れてきた。部屋を案内してやってくれ。後はまかせていいな?」
「はい、おまかせください、イヴェリン様」
イリア、と呼ばれた少女はにこにことすると体をずらしてアイラを中に入れてくれた。
「……よろしく、お願いします……」
アイラはぺこりと頭を下げ、部屋の中を見回す。そこにはもう一人いて、
「ファナよ、よろしく」
とアイラに右手を差し出した。