街道の出会い
翌朝、アイラとイヴェリンはまだ暗いうちに宿を立った。フェランとライナスはあちこちの店を冷やかしているついでに、いろいろな噂話を聞き集めてきたようだ。
昨夜のうちに、頭の中に全てそれをしまい込んだアイラとイヴェリンは、歩きながら情報を精査する。
「でも、信者たちが集まっているという場所に行っても『教団に入れてください!』で入れてもらえるはずもないでしょうし」
「それも、そうだなんだろうな」
信者たちは皆黄色い布を首に巻いているが、それは教団からの支給品だ。そのあたりの店で買った黄色い布を巻いたところで集会場所には入れてもらえないだろう。
「死者の声を聞かせてくれるという噂話を聞いて、タラゴナから来たとでも言ってみるか」
「……誰殺します?」
「夫だな」
結構本気な声音でさらりと言ってのけたイヴェリンの顔を、アイラはまじまじと見つめた。眼鏡を外したイヴェリンの目が、愉快そうにきらめく。
「護衛だかお目付役だか知らないが、あいつらを寄越すんだ。殺したってかまわないだろう。どうせ話の上だけのことだ」
「……はぁ」
アイラの方は苦笑いだ。どうやら、ゴンゾルフは妻の恨みを買ってしまったようだ。
「あれー、そう言えばあの二人はまだ来てないですねぇ」
フェランとライナスは、今日は着いてきていないようだ。
「フェランが飲み過ぎたんじゃないか?」
「ああ、そうかも。でも着いてきてくれないと困るんですけどねー」
アイラとイヴェリンが食事を終えて部屋に戻ろうとした時も、フェランは周辺のテーブルの客たちに酒を奢って大騒ぎしていた。あの後も酒場に長居していたとしたら、二日酔いになっていたとしてもおかしくない。
昨日、イヴェリンは酒場を出る前にライナスの耳元で出立の時間をささやいたはずなのだが。
「役立たずだな」
イヴェリンは鼻で笑って、先を急ぐ。アイラもちょこちょことその後をついていった。
ふいに前方から大きな悲鳴が響いてきた。アイラとイヴェリンは顔を見合わせる。この場合、二人は町民を装っているのだから悲鳴の方に走っていくわけにはいかないのだろうけれど。
「行くぞ!」
身に染み着いた騎士の本能がイヴェリンを悲鳴の方へと向かわせる。
「武器ないですよ!」
アイラは喚いた。何しろ二人とも念のための短剣しか持ち合わせていない。悲鳴に似たアイラの声にはかまわず、イヴェリンは走り出した。
「もうー、知らないんだから!」
破れかぶれになってアイラもそちらの方へと走っていった。
夜明け前のこの時間、早めに出立する商売人たちが運ぶ積み荷を狙う強盗は少なくない。イヴェリンもそう思ったからこそ、迷わず悲鳴の方に走り出したのだろう。
走りながら、アイラは短剣を抜いた。エリーシャの元に上がってから仕込まれた二刀流。どこまで通用するかはわからないが、単なる強盗くらいならどうにかなるはずだと信じたいところだ。
「い――命だけはお助けを! 積み荷は全て差し上げますから!」
地面に這い蹲るようにして懇願しているのは、初老の男だった。
「うるさい。お前らのせいで、こっちは商売あがったりだ! 積み荷だけですむと思うなよ!」
威勢のいい言葉を吐き出していた男がいきなり吹っ飛ばされた。思いきりイヴェリンが蹴り飛ばしたのだ。
それと同時に彼女の手は、男が脅しのために抜いていた剣を取り上げていた。
「ふん、粗悪な剣だな!」
イヴェリンは、自分が演じている役を完全に忘れ去っているようだった。粗悪と自分で評した剣を肩に担いで、吹っ飛んだ男の背中を思いきり踏みつけている。
何だか似たような光景をつい最近見たような気がしたが、アイラはその点を追求するのはやめておいた。
「目立ってますよー、フェラン様のこと、言えませんよー」
ぼそっとアイラは言ったけれど、当然彼女の耳には届いていないだろう。
「あ……相手は女一人だ、やっちまえ!」
男には二人の仲間がいたようだ。イヴェリン一人と見てとって、二人とも剣を抜いてイヴェリンにつめよる。
「残念、妹ちゃんつきなんだよね!」
アイラは飛び出した。近い方の男の足に、自分の足をひっかけ、さらに短剣で剣を持っている方の腕を傷つける。
地面に倒れた男が派手な悲鳴を上げた。その間にイヴェリンは自分に向かってきた男の腹に蹴りを叩き込み、横にした剣で頭をぶん殴る。
彼女の足の下から、ぐぇっという音が聞こえてきたが、それは当然のごとく黙殺された。
「……朝食前の運動にもなりゃしない」
地面に剣を放り投げて、イヴェリンは息をついた。
「そーですねー、おねーさまー。とりあえず、お役人様でもよびましょーかー」
完全な棒読み口調になったアイラは、荷物の中からロープを取り出し、手際よく男たちを縛り上げていったのだった。
イヴェリンもフェランやライナスのことを言えないではないか。古書店のお姉さんを装うにはちょっとやり過ぎである。
「ありがとうございます! 助かりました!」
荷馬車の主は、イヴェリンを拝むようにしていた。その首に、黄色い布が巻きつけられているのを見て、アイラはイヴェリンの袖を引っ張る。
「……いえ、とんでもありませんわ。おほほほほ。積み荷は無事ですか?」
今頃装っても遅いとアイラは思うけれど、主は女神を見つめるような目でイヴェリンを拝んでいた。