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酒場にて

「お酒飲みたいですぅぅぅ」

 どうやらエリーシャと一緒にいる間に、アイラもずいぶんと酒飲みになったようだ。ウェイトレスたちの運んでいるビールのジョッキがやけにうまそうに見える。

「お前な自分の立場を考えろ」

「わかってますけどー」

 どうやらずいぶん図々しくなったようだ。イヴェリンの前で酒が飲みたいと口にできるとは。


「そんなことより――おかしいな」

 イヴェリンは眉を寄せた。

「どうしました?」

「いや、ここへ来るまでの道中、首に黄色い布を巻いた連中をやたらに見かけただろう」

「そうですね」

「この店には一人もいないんだ」

 アイラはイヴェリンの言葉に従って、店の中を見回してみた。店内には多数の人があふれているが、確かに首に黄色い布を巻き付けた者はいない。


「いわれてみればその通りですね。ここにはいませんね。どうしたのでしょう」

「聞いてみようか」

 すいっとイヴェリンは立ち上がった。

 いつもの眼鏡をかけた厳しい容姿とは違って、今は眼鏡もはずして穏やかな化粧を施した顔は、どこから見ても平均より少しきれいなだけの町民だ。

「あなたはここで待っていなさい」

 どうするつもりなのかとアイラが見守っていると、すぐ近くのテーブルに座っている男たちに声をかける。

 

 しばらく見守っていると、イヴェリンはウェイトレスを呼んでそのテーブルにビールを運ばせていた。

 それから和やかな声に送られて、アイラのいるテーブルに戻ってくる。

「首に黄色い布を巻いているのは、セシリー教団の信徒だそうだ。信徒は酒は飲まないらしい」

「そういうものなんです?」

 アイラは記憶を掘り起こそうとした。エリーシャの婚約者であるダーシーはどうだっただろうか。その父親であるレヴァレンド侯爵は?


「国境を越えると、いろいろ変わるものだな」

 鶏の煮込み料理にパンを浸して食べながら、イヴェリンは嘆息した。

「レヴァレンド侯爵などは、酒をたしなんでいたと思うのだが」

「侯爵は、まだ信徒じゃなかったのかもしれませんねぇ」

 アイラも同じように、鶏の煮込みにパンを浸す。タラゴナ帝国とは違っていくらか辛みのきいたそれは、アイラの食欲をそそる。


「それより、今後のことを考えなければな。教団にどうやって入り込んだものか」

 旺盛な食欲で食事を片づけながら、イヴェリンは考え込んだ。

「その辺で信者募集してませんかねぇ?」

「そんな簡単なものではないだろう」

 イヴェリンとアイラがひそひそと話をしながら食事をしていると、急にがやがやとあたりが騒がしくなった。


「おーい、酒くれ! 酒」

 食堂に下りてきたフェランの陽気な声がする。イヴェリンは額に手を当てた。

「……あいつは任務のことを忘れているんじゃないのか?」

 ビールのジョッキがフェランの前に運ばれた。仏頂面のライナスの前には、ジョッキに並々と継がれた水が運ばれる。

「ライナス、お前も飲めよ」

「馬鹿か。明日も早く出なきゃならないんだぞ」

 ライナスはフェランを諫めるが、フェランは聞く耳を持たなかった。


「お姉さん、美人だねー。俺と一杯どう?」

 ジョッキ三杯のビールを空けた後、赤い顔をしたフェランはイヴェリンとアイラのいるテーブルへと割り込んできた。

「俺おごるしー」

 イヴェリンの眉毛が危険な角度に寄るのをアイラは見た。イヴェリンの方へジョッキを滑らせたフェランが、それと同時に何かを渡す。


「……若様、飲み過ぎですよ?」

 イヴェリンがひきつった顔のまま、フェランをたしなめた。

「すまないな、従兄弟が迷惑かけて。こいつ少し飲み過ぎなんだ」

 自分たちのテーブルから立ってきたライナスがフェランの襟首をつかんで引きずっていく。

「妹ちゃんの方でもいいよぉ~」

 未練がましいフェランの声が酒場中に響きわたった。


「……あの人、何考えてるんですか?」

 まさか、妹ちゃんの方がいいとかいう発言を本気でしているのではあるまいなと心配しながらアイラはたずねた。

「まあ、馬鹿だな」

 きっぱりとフェランのことを切り捨てて、イヴェリンはフェランから渡された紙を懐に忍び込ませた。


「わたしたち、密偵としてダーレーンに入ったんですよねぇ?」

「そのつもりだったんだがな」

 もっともフェランの大騒ぎのおかげで、アイラたちの存在はかき消されてしまっただろう。

「まあ、ライナスがあの馬鹿騒ぎをとめていないところを見ると、ライナスも賛成したんだろうな」

「ライナス様もとめられなかったんでしょうか」


 食事を終えて部屋に戻ると、イヴェリンはフェランから渡された紙を広げた。

「二人とも、どうやって調べてきたんだか」

 アイラは手渡された紙を広げる。セシリー教団の信徒たちが日頃どんな生活を知っているのか、そこに記されていた。

「こちらの国では、セシリーとやらは神格化されているようだな」

「目が見えないふりをしてるって、父は言ってましたけどね」

「帝国内では、使者の声を聞くのは禁じられているが、ダーレーンではそうでもないらしいからな」


 できるだけ早く、パリィと合流しなければならない。よその国から入ってきた信者たちが集まっている場所まで、フェランがよこした紙には記されていた。

 国内何カ所かに分かれているその場所を順番に探していくしかないのだろうか。

「フェランとライナスが調べてきてくれたこの場所にいるとも限らないしな」

 イヴェリンの指が伸びて、アイラから紙を奪い取る。そして、彼女は光源となっている蝋燭で、紙に火をつけた。



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