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ダーレーンに入って

「何というか、異常に目立ってないですか?」

 アイラは街道をのんびり進みながら、イヴェリンにたずねた。イヴェリンは、肩を揺すって、肩に掛けた荷物の位置を直している。

「……何故、あいつらにまかせたんだろうな。やりにくくて仕方ない」

 イヴェリンは目立たないように後方に視線を向けた。アイラとイヴェリンの後ろを歩いてくるのは、フェランとライナスの二人だ。

 二人とも馬に乗ってではなく歩いているのだが、服装が貴族の子弟のままだから、かえって人目を引いている。

 

 歩き始めてから数日。常にフェランとライナスはアイラたちの少し後ろを見え隠れしながら着いてきていた。

 顔立ちの整っている二人だし、徒歩で移動するような身分でないことは見ればわかってしまうしで、目立つことこの上ない。

 周囲の人たちの視線が二人に集まっているおかげで、その前方を行くアイラとイヴェリンについては人々の記憶から消却されているようではあるが。


「そんなにわたしは頼りないのだろうか」

 額に手を当ててイヴェリンは嘆息した。

「そんなことないですよー。やっぱり、離れたら心配なんじゃないですか? 頼りないとかじゃなくて、あう、お二人はいつも一緒だし」

 ゴンゾルフとて悪気はないのだろう、たぶんとアイラは思う。なにしろ皇女近衛騎士団の団長と副団長は夫婦なのだから当然一緒に住んでいる。職場も一緒だし、離れている時間の方が少ないくらいだ。


 それが妻の方だけ、アイラの護衛として出て行くということになったら心配になるというのは当然だ。剣の腕がどれだけ優れていようとも、とアイラなどは思うのだけれど。

「帰ったら教育が必要だな」

 イヴェリンの方は厳しい表情をしている。

「教育って……」

「おかしいだろう、任務を果たしに行くのに護衛のつく騎士がどこにいる」

 イヴェリンは顔をしかめたまま足を進めた。


「まさか、夫の躾直しをしなければならないとはな」

 ぶつぶつと言いながら、イヴェリンは顎に手を当てて考え込んだ。

「それは帰ってからにしませんか」

 イヴェリンの怒りを抑えるのは大変そうだ。アイラは頬をひきつらせながら、皇宮に戻った後の様子を思い浮かべて身を震わせた。


「そろそろダーレーン王国との国境ですねぇ」

 慌ててアイラは話題を変える。

「そうだな、気を引き締めていくか」

 口元を引き結んだイヴェリンは、急ぐようにアイラに合図した。


 † † †


 国境を越えるのはそれほど難しい話ではなかった。ダーレーン国内に嫁いでいる古書店の次女、というのは実在する人物である。アイラとイヴェリンは、彼女の姉妹の身分を借りていた。

 本物の古書店の長女と三女は、今日も元気に仕事に励んでいるはずだ。

「……何も変わらないですねぇ」

 アイラはきょろきょろと周囲を見回す。

「お前は馬鹿か。国境越えたとたん何が変わるというのだ。まさか国境越えたとたん、死者がうろうろしているとでも思っていたのか」


「そこまでは思ってないですけどー」

 アイラはもごもごと言った。実を言うと、イヴェリンが言ったようなことを想像していたのは口にしないことにしておく。

「どうだかな」

 はん、とイヴェリンは笑うと、周囲を見回す。

「それにしても……同じような格好をしている人間が多いな」


「同じような格好、ですか」

「見てみろ。首に黄色の布を巻いている人間がずいぶん多いと思わないか?」

「……言われてみれば」

 ダーレーン国内に入ってから、すれ違う人物が全員黄色の布を首に巻いているというわけではない。けれど、同じ色合いの、同じ黄色の布を巻いている人間がやたらに多いのだ。

「何なんでしょうね?」


「同じ物を身につけるのは、同じ組織に属していることの証明だったりするだろう?」

「ああ……皇宮の侍女たちがお揃いの服を着ているみたいに?」

「そういうことだ」

「あの人たち、どこの組織に属しているんでしょうねぇ」

 アイラはきょろきょろと周囲を見回した。

「聞いてみればいい」

 イヴェリンはそう言って足を速める。


「どこで聞くんですか?」

 アイラも必死に足を動かしてイヴェリンについていく。

「情報が集まる場所と言えば決まっているだろう」

「酒場、ですね」

 それはアイラが皇宮にあがって、最初にエリーシャに教えられたことの一つだった。情報を集めるために、エリーシャは夜な夜な皇女宮を抜け出して、繁華街の酒場を巡っていた。それに何度も付き合わされたアイラは知っている。


「そういうことだ。今夜は繁盛している近くの酒場にとまろう」

「わかりましたぁ」

 アイラはちらりと後方に視線を投げる。通りがかりの店を冷やかしているフェランの腕をライナスが引っ張っている。

「あのお二人、やる気があるんでしょうかねぇ」

 思わずアイラがつぶやくと、イヴェリンは小さく笑った。

「その点は問題ないだろう。あれでも一応、わたしと夫が仕込んだのだからな」


 その日、イヴェリンが選んだのは一階が酒場となっている宿屋だった。

「……女将さん、お食事だけでもかまわないかしら? わたしも妹もあまりお酒はいただけないの」

 首を傾げて、にこりとイヴェリンはたずねる。このイヴェリンの表情にはいつまでたっても慣れないなぁとアイラはそのイヴェリンの後ろでにこにこするにとどめておいた。


 食事だけの客も、当然歓迎される。イヴェリンとアイラは人目に付かないように、それでも周囲の声はよく聞こえるような席を選んで座った。

「貴族の若様たちがこんなお宿で大丈夫なのですか?」

 女将が後からやってきたフェランとライナスを歓迎する声を聞く。

「いいんだ、お忍びだからな」

 フェランが女将に言っている声も聞こえてきた。どこから見ても貴族の若様な風体のままで、何がお忍びなのだろうかとおかしくなったのだが、アイラは表情に出さないように内心にとどめておいた。

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