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何かついてきてますけどっ

 アイラは久しぶりに侍女のお仕着せでも、エリーシャとお揃いの男装でもなく、普通の町娘の格好をして後宮の裏門と化している秘密の出口から忍び出た。

 そのまま、イヴェリンと待ち合わせている宿屋へと向かう。

「……遅かったわね。ご主人がなかなか出してくれなかったのかしら?」

 指示された部屋で待っていたのは、ごく落ち着いた商家の奥方といた雰囲気の女性だった。柔らかな茶色の髪を右耳の下で一つに束ね、藤色のワンピースに身を包んでいる。


「――どなたですか?」

 予想していた人物と違う人に出迎えられてアイラは面食らった。目の前の女性は深々とため息をつく。

「お前は馬鹿か。鬘被ったぐらいでわからなくなるとか、どうかしているだろう」

「眼鏡もないです」

「あれは伊達眼鏡だからな。ウォリンの好みは眼鏡をかけた知的な外見の女だ」

「はあ、そうですか」

 わずかにイヴェリンの頬が赤くなる。なんだか意外な一面を見せられて、アイラは驚いたが、後宮にあがってから身につけた侍女の嗜みとしてそこは見なかったことにしておいた。


「わたしのことはお姉さまと呼べ」

「……努力します」

「わたしとお前はタラゴナ帝国内で商売をしている長女と三女。ダーレーンに嫁いだ次女をたずねていくところだ。いいな?」

「何を商っているんです?」

「……貴重な古書だ。それで、あちこち探って歩いてもさほど怪しまれないですむだろう」

 にっとイヴェリンは唇の端を持ち上げた。


「まあ、そんなわけで長剣は持ち歩けない。貴重品は服の内側にでも入れておけ。短剣はブーツの中に隠すんだ」

「わかりました」

 アイラは素直にイヴェリンの言葉に従った。

「それではすぐに出立するぞ。いいな?」

「大丈夫です」

 旅の荷物は最低限にして持ってきた。路銀はエリーシャの手からイヴェリンに渡されているはずだ。


「まずはセシリー教団について調べる。教団に潜入したまま戻ってこないパリィとかいう密偵を探しだそう。そいつと連絡がつけば、あとはそいつにまかせることができる。ところで、アイラ」

「何でしょう?」

「パリィの顔はわかるか? 今の状態でははなはだ不安なんだが」

 アイラは考え込んで、それから首を横に振る。

「変装してたら自信ないですねぇ。今だってイヴェリン様がわからなかったですし」


「心細い話だな。まあ仕方ない。出たとこ勝負でどうにかしよう」

 それからイヴェリンは、アイラが見たこともない表情でにこりと微笑んだ。

「頑張りましょうね、アイラ?」

「……最大の努力をさせていただきますぅ……」

 イヴェリンが柔らかな口調でしゃべると、ものすごく違和感がある。アイラは頬をひきつらせながらイヴェリンに同意したのだった。


 † † †


 その夜はその宿で過ごし、翌朝アイラとイヴェリンは、二人並んで歩き始めた。馬車を使ってもいいのだが、二人が現在身をやつしている古書店の主とその妹という身分では、乗り合い馬車も贅沢だ。一応路銀はエリーシャが十分に持たせてくれたのではあるが。

「エリーシャ様、ちゃんと禁酒できているんでしょうか」

 一日のことだが、はなはだ不安だ。なにしろ、アイラがエリーシャのもとにあがって以来、エリーシャが飲酒しなかった日はほとんどといっていいほどなかったのだ。


「大丈夫でしょう、アイラ。あの方は愚か者ではないのですよ」

「……イヴェリン様、そのしゃべり方怖いです」

「お姉さまと呼べと言っただろう!」

 イヴェリンの装っているふわふわとした雰囲気が瞬時にして消え去る。ひぃっと小さく悲鳴を上げたアイラは、慌てて言い直した。

「ごめんなさい、お姉さま」

「わかればいいのよ」

 にっこり。

 その微笑みが怖い。アイラの背中を冷たいものが流れ落ちる。


 休むことなくてくてくと歩き続け、二人は暗くなろうという頃、二つ離れた町にたどり着こうとしていた。足下がだいぶ見えにくくなっている。

「……アイラ」

 ひそひそとささやく

「何かしら、お姉さま」

 こうなればヤケだ。アイラも、イヴェリンのことをお姉さまと呼んで、仲のよい姉妹のように装う。


「その演技は今は忘れておけ」

 演技しろと言ったり、忘れろと言ったり忙しい話だ。混乱してアイラは眉間にしわを寄せる。

「つけられているのに気づいてないのか?」

 思いがけない事態に、アイラはぶんぶんと首を横に振った。

「まあいい。これを持っておけ。合図したら左右に分かれて道ばたの藪に飛び込むんだ」


 イヴェリンがアイラに渡したのは、ロープの端だった。

「いいか、しっかり握ってるんだぞ。何があっても離すな」

 イヴェリンの声にアイラはそのロープを手に二重に巻き付けた。

「行け!」

 命じられるままに道ばたの藪に飛び込む。

「いたたっ!」

 小枝が手足に突き刺さる。次の瞬間、だだっと走る足音がしたかと思うと、手にしたロープがぴんと引っ張られた。


「離さないん――だからねっ!」

 アイラは手にしたロープを懸命に両手で引く。

「出てこい。ロープは放して大丈夫だ」

 ロープにかかっていた重圧がなくなったかと思うと、イヴェリンの声がした。アイラはもぞもぞと藪から這いだす。


「……何やってるんですか、フェラン様」

 そこに転がり、背中をイヴェリンに踏みつけられている男の顔を確認して、アイラは目を丸くした。

「……乱暴じゃないかっ!」

「うあああああっ、靴、靴めり込んでるっ! アイラ、イヴェリン様をどけてくれ!」

 イヴェリンの靴が思いきりフェランの背中にめり込んでいる。

「お前についてこいといった覚えはないのだがな」

 嘆息したイヴェリンはようやくフェランの背中から足をおろしたのだった。


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