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婚約者たちはお茶を飲む

 いずれにしても、ダーレーン国内で何があったのかを調べなければなるまい。皇宮内でも警備の厳重な後宮内にいるのならば、エリーシャにだっていくらでも手が打てる。

 ダーシーの身に危険が及ぶこともないだろう。エリーシャの祖母であり皇后であるオクタヴィアが、ダーレーン側につながりがあろうとも、エリーシャが全力で守りの体勢に入ったなら、後宮内でダーシーの暗殺を謀るような真似はできないはずだ。

「あなたの警護には、フェランとライナスを中心に皇女騎士団の騎士たちを。それからベリンダをつけるから」

「皇族待遇ですね、エリーシャ様」

 ダーシーは涼しい顔をしてお茶をすすっている。


「あなたが必要だからよ」

「愛してるとは言っていただけないのですか?」

 壁際に控えているアイラが喉から奇妙な声を出すのとは対照的に、エリーシャの方は表情を白けさせただけだった。

「言ってほしいなら言ってあげるけど? 愛してる、愛してる、愛して――」

「けっこうです」

 完全に棒読みの口調で言うエリーシャをダーシーは途中で遮った。


「あなたがその手の言葉を必要とする女性とは思っていませんよ。わたしからは差し上げないことにいたしましょう」

「だったら最初から要求しないでよ。何ならもう一度蹴り飛ばして――」

「それならむしろ望むところ――」

 言いかけたダーシーの後頭部を、衝撃が襲う。とっさにアイラが投げつけたのは、銀のティーポットだった。不幸中の幸いは、完全に中身が空だったことで、茶の残りが入っていれば、ダーシーは火傷を負っていただろう。


「よくやったわ、アイラ!」

「すみません、ダーシー様。手が滑りました」

 謝ったものの、アイラは殴ってから激しく後悔していた。ついうっかり、「くそ親父」に対するのと同じ態度をとってしまった。ダーシーがその気になれば、アイラなどひとたまりもないというのに。

「いてて、君、なかなかいい腕してるね。護衛侍女として合格点をあげよう。ただ、次回からはわたしがエリーシャ様の婚約者だということを忘れないでもらえるとありがたいな」

 後頭部を押さえながら、ダーシーはぼやいた。


 アイラはとっさに口を押さえて、無言で頭を下げることでダーシーに答えた。「ダーシー様ってヘンタイですね」などと口走るわけにもいかないだろう。

「それで、ダーレーン国内にあなたツテは持ってないの?」

 行儀悪く片膝を抱え込んで座ったエリーシャはダーシーにたずねる。

「ダーレーンに密偵を入れたいのだけれど、もし、あなたの信頼できる人がダーレーンにいるのなら、協力してもらいたいわ」

「あいにくと」


 ダーシーは大仰な仕草で両腕を広げて首を振る。ちょっと前までは父親に生気を吸い取られたような男だったのに、復活したとたんやたらに芝居じみた動作が目に付くようになった。

「ダーレーンに親族はおりますが、信用できるかという点になるとはなはだ疑問ですな。セシリーに協力していたのが、そちらの人間であるということを考えればなおさら」

「うぅん」

 エリーシャは大きくうなって考え込む。


「ジェンセンが使えれば一番楽なんだけどなー。ジェンセンはおじい様付きだし、勝手には使えないわよね。皇宮内で使う分にはかまわないっておじい様はおっしゃっていたけど」

「ジェンセン・ヨークなら一番安心でしょう。彼の能力にはわたしも感心させられております」

「くそ親父ですけどね」

「エリーシャ様の前で、その言葉遣いはどうかと思うよ」

 アイラのつっこみを、ダーシーがたしなめた。無言でアイラは一礼したが、ヘンタイに言われたくない、とはさすがに返せなかった。あまりよくない言葉であることは自覚しているし。


「教団に潜入したパリィからも連絡ないしね。あれからどうしたのかしら」

 侯爵がいなくなったために情報を追うのが難しくなってしまった。証拠隠滅を謀るのなら、セシリーに力を貸していたダーシーの父は真っ先に殺すべき対象だ。自分でもそうすると、エリーシャはため息をついた。

「ああもう、手が足りないったら!」

 ジェンセンは魔術研究所で生存者の手当を行うべきだ。それは手がかりのない今、重要な手がかりを得るための最短の道でもある。生存者たちの証言を得ることができたなら。


 しばし考え込んでいたエリーシャは、ぽんと手を叩いた。

「ジェンセンの手の者を借りればいいんだわ! ジェンセンだって一人で動いていたわけじゃないだろうし――彼の部下を借りればいい」

「信用できますか、彼の手の者が?」

「彼はおじい様の直属だもの。ある意味、大貴族よりよほどおじい様に近くて、信頼されている人間だと思わない?」

「それは、そうかもしれませんが」

 ダーシーは渋い顔だ。あれを信頼してはいけないのではないかと、アイラは心の中でつぶやいた。


 正直なところ、父が何を考えているのかわからない。アイラが思っていたよりずっと重要人物で、頼れる存在で、たまには真面目になることもあるらしいということを最近ようやく知ったところではあるけれど。

「アイラ。ジェンセンに夕食後、図書室に来るように言ってちょうだい。魔術研究所よりあそこの方が盗み聞きの心配はないだろうから」

「かしこまりました」

 アイラからエリーシャの伝言をきいたジェンセンは、先に行って結界を確認して皇女を待つと返事したのだった。


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