睡蓮邸での会合
行動を起こしたエリーシャは素早かった。レヴァレンド侯爵邸にいた使用人たちは、ゴンゾルフとイヴェリンが指揮する皇女騎士団の手によって保護され、皇宮内にある魔術研究所へと連れて行かれた。
皆、自分の意志を失ってしまったかのように命じられるままに馬車に乗り込み、おとなしく魔術研究所へと運ばれていく。
それと同時に、ジェンセンが発見した遺体の山も魔術研究所へと運び込まれた。
「……ぴっちぴちの死体の山、ねぇ。そりゃ、ジェンセン・ヨークならうきうきしてしまうだろうな」
自分もうきうきしながら、カーラは並べられた遺体に視線を向ける。後宮に戻ったエリーシャはシャツに足首を縛ったパンツ、共布のベストという楽な格好に着替えて魔術研究所に赴いていた。同じような格好をしたアイラを供に連れて。
「そこ、死体で喜ばない。セシリーとやらが何をしようとしていたのかつきとめてちょうだい」
エリーシャは、カーラの頭を軽く小突いて、それから並んだ遺体に視線を向ける。彼女は遺体の全てを一つ一つ眺めて、それからカーラに紙を突き出した。
「何かわかったら、ここに書いて。それから資料が必要なら、アイラに言ってちょうだい。ジェンセンの資料の中に必要なものがなかったらそれも言って。全力でそろえるから」
「はーい、了解っ!」
「よろしく頼むわね。アイラ、さて、行きましょうか」
エリーシャはアイラの方を振り返った。
「皇女宮にお帰りですか?」
「いいえ違うわ。婚約者殿に会いに行くのよ! 熱烈に愛し合ってるんですからね、わたしたちは」
「お言葉ですけど」
アイラはふぅっと息を吐き出した。
「ものすごーく、嘘っぽいですよ! エリーシャ様!」
「あら、ばれた?」
けたけたと笑いながら、エリーシャは皇女宮を出て、中庭に足を踏み入れる。その先に控えているのは、離れとなっている建物が並んでいる一画だった。
皇宮内に宿泊を許されるのはごく一部であり、さらには公式行事の場として使用される前宮ではなく、後宮まで入ることを許されるのは、ごく一部の者だけである。
ダーシーは、エリーシャの婚約者としてその一画に入ることを許された。二人の婚約はまだ公式発表はされてはいない。皇帝であるルベリウスと皇后であるオクタヴィアが許可を出し、後宮の住人には知らされている。
ダーレーンと縁の深いセシリーが行方をくらましたことを皇后が知っているかどうかはアイラたちにはわからなかった。レヴァレンド侯爵の死は賊の手にかかったものとさえ、懸命の捜査が行われている。
ダーシーが滞在しているのは、睡蓮邸と呼ばれる池のすぐ側に建てられている離れだった。庭師たちが丁寧に世話しているから、季節になると、この池は見事な睡蓮の花で覆われるのだ。
「これはこれはエリーシャ様! そのようなお姿を拝見できるとは!」
大仰な仕草で、エリーシャの前に膝をついたダーシーはと言えば、こちらもまた白いシャツにゆったりとした黄緑のズボン、ズボンより少し濃い色合いのベストといたって気楽な格好である。
エリーシャが素早く後退するのを見て、アイラとダーシーは首を傾げた。
「あの、どうかなさいました?」
「いえ、たいしたことではないの――ただ、ついうっかり蹴り上げたくなったのは何でかしらね?」
「それは……」
あの時思いきりダーシーを蹴り上げたのが、そんなに癖になったのだろうか。
「あなたにならいくら蹴られてもかまいませんが」
「やめてよね。そんな癖には目覚めたくないわ」
この会話を交わしている間、ダーシーもエリーシャもいたって真面目な顔である。おろおろしているアイラには二人ともかまいもしなかった。
「それはともかく、よ」
エリーシャは真面目な顔を作って、ダーシーを手招きする。
「あなたはそこにお座りなさい」
皇女宮でそうしているように、床の上に直接クッションを置いてそれぞれ楽な格好になる。アイラは睡蓮邸付きの侍女たちと一緒になって、お茶の用意をしていた。
ダーシーとエリーシャは、低いテーブルを間に挟んで座っている。そこにアイラたちが茶器と茶菓子を並べ終えると、エリーシャはアイラ以外の侍女たちには下がるように命じた。
「さてと、真面目な話をしましょうか」
表情をがらりと変えて、エリーシャは薫り高いお茶の注がれたカップを手に取る。それから、壁際に控えているアイラにも立ったままではなくクッションを使って座るようにと合図した。皇女宮にいる時と違って、お茶の相手まではできないが、アイラはありがたくエリーシャの言いつけに従って壁際に腰を下ろす。
「明日から、あなたには魔術研究所に入ってもらうわ。とにかくセシリーの影響下にあった間の記憶をできるだけ掘り起こしたいの。ベリンダが協力するから」
「かしこまりました、エリーシャ様」
「それと、あなたの屋敷に仕えていた人たちだけど――遺体になって発見された人たちは実験台だったようね」
「……でしょうな」
ダーシーは何かを思い出そうとするかのように天井を見上げた。睡蓮邸の天井は、白い壁紙が張られている。
皇族の住まいである宮の天井は、金を施した華やかな絵画で飾られているが、この場所はそこまではされていなかった。
「残りも全員操られているというわけ。あなたと違って、あの人たちは影響から抜け出すのに少し時間がかかりそう」
エリーシャはため息をついた。
「あなたには魔術の心得があるのかしら?」
「心得というほどのものではありませんが、素養は持ち合わせているようですよ。ジェンセンが言っていました。子どもの頃から学んでいたなら、それなりの水準に達しただろう、と。三十過ぎてからでは遅いそうです」
「残念だと思う?」
「いえ。どちらにしても侯爵家を継がなければいけない身ですしね」
ダーシーは笑うと、自分も茶器を手にした。