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たぶんそれは穏便じゃない

「お待ちしておりました、エリーシャ様」

 出迎えたダーシーは、アイラの目から見れば最初に出会った時のように生命力というものを感じさせない死んだ魚のような目つきで出迎えた。

「お招き、ありがとう。さて、今日のお茶はどこでいただけるのかしら?」

 エリーシャは、白い手袋をした手を、ダーシーの手に乗せた。表情を消したベリンダが、二人の後に従って、アイラは伏し目がちにベリンダの後につく。


「今日は天気がよいので、庭園に用意させました。父の自慢の水路を見てやってください。ダーレーンから取り寄せた噴水が見事なのですよ」

「あら、それは素敵」

 エリーシャは完璧な皇女スマイルで、ダーシーに微笑みかける。

「では、先に噴水を見てもかまわないかしら? 水路はどうなっているの?」

「屋敷の近くを流れている川の水を直接引き込んであるのです」

 エリーシャとダーシーは何気ない会話を続けながら、庭園内を流れる小川に沿って歩いて行った。


「まあ、噴水の縁の彫刻の見事なこと!」

「ダーレーンの彫刻家でなければこうはいかないでしょう」

 エリーシャが感嘆した声を上げてみせ、ダーシーは得意げにわずかに身体をそらせた。

 その時、エリーシャが何かにつまずいたかのように地面に派手に倒れ込んだ。

「いたぁいっ!」


 素のエリーシャを知っている者ならまじまじと二度見してしまうような、エリーシャらしからぬ可愛らしい悲鳴があがる。

「大丈夫ですか、エリーシャ様!」

 慌ててダーシーが手をさしのべた。

「左の足首を痛めたみたい……そこまで手を貸してくださる?」

 エリーシャが刺したのは、噴水の側に置かれているベンチだった。

「当然ですとも!」


 ダーシーは素早くエリーシャの膝裏に腕を差し込む。軽々とエリーシャを抱き上げると、そのベンチへと運んだ。

 その後には、エリーシャが履いていた踵の高い靴が残されている。アイラは慌ててそれを拾い上げると、ベンチに運ばれたエリーシャの方へと向かう。

「エリーシャ様! お履き物を!」


「それより、足首が心配です。侍医を呼びますから、このままこちらでお待ちを」

「いえ、たいしたことはなさそうよ。ゆっくりなら歩けそう……靴を履かせてくださる?」

 小首をかしげ、あいかわらずの笑みをうかべながら、エリーシャは目の前に膝をついたダーシーの方へ靴の脱げた左足を差し出した。


「君、靴をよこしたまえ」

 アイラにダーシーは手を差し出した。アイラは言われるままに靴を差し出す。

「ねえ、ダーシー。あなたはなぜわたしと結婚しようと思ったのかしら? まさかわたしを愛してるなんて寝言をほざくつもりはないのでしょう?」

 うわあああああ、とアイラは頭を抱え込みたくなった。日頃エリーシャのかぶっているいろいろなものが転げ落ちている。猫の皮とか猫の皮とか猫の皮とか――一枚くらい虎の皮も混ざっているかもしれない。


「起きている時に寝言を言う趣味はありませんよ、皇女様。ですが、あなたに夢中だと申し上げるのはおかしいことでしょうか? こうして、お側にいられるだけで夢のようだと申し上げたら?」

 嘘くさい! 心の中でアイラがつっこんでいる間に、ベリンダの表情はますます険しくなっている。

 エリーシャの眉が危険な角度に寄った。


「――失礼、いたします」

 恐る恐るダーシーはエリーシャのスカートをごくわずかに上側へとずらし――その下から出てきたものに戸惑ったように動きをとめた。

「寝言は寝てから言えってーの!」

 思わずアイラは目を閉じた。靴を履いている方のエリーシャの足が、勢いよく翻ったかと思うと、かがみ込んでいるダーシーの脳天から踵落としをくらわせたのだ。


 ダーシーは顔から地面につっこんだ。いや、いくら何でもやりすぎだろうとアイラがおろおろしているうちに、エリーシャはダーシーを押さえつける。

「早く! 今のうち!」

 ベリンダが素早く駆け寄って、ダーシーの頭に右手を載せた。

「光の精霊よ、この者の心から闇を追い払え」

 唱えたのはそれだけ。


「あいった……いててててて……」

 ダーシーが呻き声を上げた。

「いきなり踵落としくらわすとか何考えているんですか、あなたは。スカートの下にズボンまで履いているというのは最初からの計画ってことですよね」

「感謝なさい」

 自分で靴に足を押し込みながらエリーシャが言った。


「誰の支配下にあったのかしら?」

「それをここで言えと? なかなか難しい要求ですな、エリーシャ様」

 ハンカチを取り出し、地面に顔からつっこんだ時の汚れをぬぐい去りながらダーシーは言った。それから嫌みなほどに丁寧な仕草で、蹴られた勢いで乱れた髪を撫でつける。


「では、お茶の席へと参りましょうか」

 ダーシーの差し出した手を平然としてエリーシャはとる。わけがわからずおろおろしているアイラの腕をとって連行しながら、ベリンダが説明してくれた。

「あれが本来の彼――最初に王宮に来た時もそうだったけど、今まで操られてたってわけ。彼の頭を押さえつけないといけなかったから、エリーシャ様が穏便にすませたんだよ」


 あれが穏便なのか、アイラは戸惑ってしまう。敵の本拠地でけっこうな騒ぎを起こした気がしなくもないのだけれど。

 とはいえ、アイラにはそのあたりを追求することもできないわけで、どうなるんだろうと思いながら、ついて行くしかないのだった。


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