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皇女の心

 机に向かっていたイヴェリンは、ただならぬ様子のアイラを椅子に座らせて、お茶を運ぶように命令した。

「何があったのですか? 今日はレヴァレンド侯爵の長男とお会いになっているのではなかったのですか?」

 イヴェリンは、アイラをあくまでも皇女として扱う。


「――あの人、何かおかしいです」

 アイラはまだどきどきしている胸元をしっかりと手で押さえた。そこに揺れるのは豪華な宝石の首飾り。

 アイラの本来の身分なら、絶対に身につけることのない品だ。

「おかしいって――?」

「う――うまく説明できません!」

 アイラは手を押さえたまま、ふるふると首を横に振る。


 ダーシーは、おそらく何かを知っている。だからこそアイラに脅しをかけてきたのだろう。

 けれど――それがどこまでなのかはわからない。アイラとエリーシャの入れ替わりを知ってのことか。それとも、アイラもエリーシャも知らない何かを彼がつかんでいるのか。


「まいったな。彼は使い物にならぬというのが、わたしたちの見立てだったのだが」

 イヴェリンは顔をしかめる。アイラを皇女として扱うのも忘れてしまったようだった。

「父の権勢によってぬくぬく生きているぼんぼんだ、と。父の方は野心剥き出しなのだがな」

「――わたしだってそう思っていましたよ!」

 アイラはエリーシャの護衛侍女であり、対外的には『一番のお気に入り』ということになっているから、エリーシャが行くところにはどこにでもついていた。


 だからこそ、ダーシーとエリーシャが会っている場にも同席していたし、他の侍女たちと比べればダーシーを見かける機会も多かった。

 アイラにとっては、ダーシーはぼんやりとした貴族でしかなくて、それはたぶんエリーシャにとっても同じだったはず。

「あいつだけはない。あいつとだけは国を背負うことなんてできない」

 と言っていたのだから。


 イヴェリンは小さくうなって、額に手を当てた。

「まいったな。さすがに侯爵家ともなると密偵を送り込むのは難しい――」

「……」

 アイラは黙り込んでしまった。

「――エリーシャ様にご報告だ。相手が侯爵家ではわたしたちの判断だけで動くことはできぬからな」


 イヴェリンは、従僕を使いに走らせて、皇女宮からエリーシャの侍女たちを呼びつける――アイラはエリーシャに見せかけているからだ。

 そうして、アイラに侍女たちを従わせて皇女宮に戻る時、イヴェリンも同行してエリーシャの部屋へと入った。

「何かあった?」

 ベリンダと一緒に図書室にした部屋で魔術書を広げていたエリーシャは、額に皺を寄せていた。


 アイラの報告を聞くと、うーんとうなって首を捻る。

「あれはただのバカだと思っていたんだけどねぇ」

 エリーシャの見立ても変わらなかった。レヴァレンド家の長男は、とるに足らない男――そう思っていたのは見込み違いだったのだろうか。

「……どうします?」

「この国は、どうなろうとしているのかしらねぇ」

 エリーシャは深刻な顔でため息をついた。彼女がこういう顔をするのは非常に珍しいことだ。


「イヴェリン」

 エリーシャは近衛騎士団の副団長に鋭い視線を向けた。

「――セシリー教団の調査はどうなってる?」

「……はかばかしくありません」

 イヴェリンの報告に、エリーシャはただうなずいた。

「――難しいわね。とりあえず、調査を進めてちょうだい。後はこれから考えるから」

 アイラは、エリーシャの服を脱いで侍女のお仕着せへと着替えた。それからエリーシャのいる図書室へと戻る。

 その時にはイヴェリンは自分の部屋へと戻っていて、他の侍女たちは図書室から出されていたから、残っているのはベリンダとエリーシャだけだった。

「エリーシャ様、お話したいことがあるんですけど――内密に」


 エリーシャが目配せするまでもなく、ベリンダもまた図書室を出る。

「会話の内容が外に漏れないように、結界を張っておくから」

 持ち前のぶっきらぼうな口調でそう言うと、するりと姿を消す。ページを繰っていた本を書棚に戻したエリーシャはアイラを見た。

「何かあったの?」


 クリスティアンに関することまでは、アイラは他の者たちの前では報告しなかった。それは、エリーシャ個人の問題だと思っていたから。

「……あの……クリスティアン様……」

 エリーシャの眉が寄った。急に切なそうな表情になる。

「クリスティアンが、何か?」


「――名前を出されました」

「誰に?」

「ダーシー様に、です」

 あの時感じた恐怖を、どう説明すればいいのだろう。一瞬にして放たれた殺気のような――何か。そしてそれを瞬時に消して見せた彼。


 クリスティアンのことが忘れられないのかと問うダーシーは、アイラにとてつもない恐怖を感じさせた。

「それで、あなたはどう返したの?」

「――忘れられる――はずなどない――と」

 扇を叩きつけて彼の前から走り去った。エリーシャならどうするのだろうと考える間もなく。


「……そうね、忘れられない」

 エリーシャは、胸の前で両手を組み合わせた。

「――でも、だからと言って――それに甘えるつもりも、惨めだと嘆くつもりもないわ」

 アイラの行動は正しかったのだ――と、エリーシャは笑う。レヴァレンド侯爵家への探索についてはエリーシャが手をうつことになった。

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