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ダーシーという男

 お見合い相手との面会というのも、公式の場に含まれるのだろうか。アイラは、レヴァレンド侯爵の長男であるダーシーと皇宮の庭園にいた。

 アイラはエリーシャの物である青いドレスを身につけている。カーラの手によって以前より強化された指輪の力で、エリーシャそっくりに装っていた。

 アイラが身動きするたびに、首に三重にかけた首飾りが揺れる。サファイアと金針入りの水晶を連ねた首飾りは重たくて肩がこりそうだった。


 ――この男、大丈夫なのだろうか。

 アイラはにこにことしながら、ダーシーを見やる。覇気のない死んだような目に、血色の悪い顔色。三十という年齢よりやや若く見える顔立ちは、整っていると言えば言えるのだが、目が全てを台無しにしている。

「以前とは違う魔術を身につけておられるようですね?」

 ふいにダーシーが口を開いた。


 アイラは一瞬ぎくりとし――それから首を傾ける。

「何のことかしら?」

 エリーシャそっくりの微笑みを浮かべて。

 カーラの魔術は、以前は髪の色と目の色をエリーシャそっくりにするだけだった。今回はさらにもともと似ている顔立ちを瓜二つというところまで似せるようにされている上に、容易には解除されないように強化されている。


「隠しても無駄ですよ。以前からあなたに魔術がかけられているのを気づいていないほどわたしは鈍くありません――皇女殿下なら当然でしょう?」

 アイラは目をぱちぱちとさせた。

「以前にあなたにかけられていたのは、ジェンセンの手によるものだった。おそらく宮廷を去る前に施したのでしょう」


 ――この男、意外に鋭い? アイラの頭の中に警鐘が鳴り響く。不機嫌になった時のエリーシャの表情を真似かけ――慌ててうつむいて表情を隠す。エリーシャは対外的には楚々とした立ち居振る舞いなのだった。

「からかってはいけませんな、皇女様。わたしとて初級魔術をおさめていることくらいご存じでしょう? ジェンセン以外の痕跡を感じるのですが?」


 魔術を使えば、そこに必ずかけた者の痕跡が残る。だから、術をかけた者と解読するものが以前に顔を合わせたことがあれば、誰がかけた魔術なのかすぐにわかる。

 さらに詳しくその痕跡を読み解けば、どんな術がかけられているのか判断することもできる。

 上級の魔術師ともなれば、痕跡を解読することによりその術をかけた者がどこの派閥に属するのか――というところまで読みとれる者もいるという。


 アイラはうつむいたまま、肩を震わせた。どうしたらいいかとっさに判断できないけれど、うかつな答えを返せば危険に足を踏み入れてしまうことになりそうだ。

「それは――」

 アイラの頭の中でぱちりとパズルのピースがはまった。

「えぇ――、カーラに頼みましたわ。だって、別荘に行った時に襲われたんですもの……当然でしょう?」


 エリーシャ自身も、アイラも。襲われるなんて思ってもいなかった。ダーシーが目を細める。

「――どのような、術を?」

 手にした扇を口元にあてて、アイラは表情を隠す。

「お教えできるはずないでしょう? わたくしの身を守る術ですのよ?」

 ダーシーは苦笑いになった。

「たしかに、そうですな――愚問でした」

 失礼いたしました、と彼は頭を下げる。


 ほっとして、アイラが口元を隠した扇の陰で息をついた時だった。すいっと彼はアイラの耳元に口を寄せる。

「俺を甘く見ない方がいい、皇女殿下」

「な――何を」

 一歩後退したダーシーは、アイラを見て笑う。覇気のない男だと思っていたのに、エリーシャにもそう聞いていたのに、そうしてみるとずいぶん印象が変わった。


「言葉の通りですよ、皇女殿下」

 まさか、見破られた? アイラの背中を冷たいものが流れ落ちる。

「ど、……どう解釈したらいいのか、わかりませんわ」

「わからないならそれで結構。あなたがわたしをどう見ているのかわからないほど、愚か者ではありませんのでね、わたしも」

 彼から感じるこの感情は何なのだろう。


 扇を持つ手が震えそうになるのを必死にこらえながら、アイラは彼の内面を探り出そうとする。

 鋭い、何か――まるで殺気にも似た。すっと、ダーシーの表情が元に戻る。そうすると、アイラに向けて放たれていた殺気のようなものも消え去った。

「クリスティアンのことが忘れられませんか、エリーシャ様?」

 ふいに出された名前が、アイラをまた揺さぶった。


 クリスティアン。

 エリーシャの婚約者だった従兄弟――二年前に惨殺されて発見された。

 エリーシャなら、どう答える? 

「……忘れられるはず、ないでしょう? ――あんな――あんな風な――」

 イヴェリンもゴンゾルフも、詳しいことは教えてくれなかった。惨たらしい姿で発見されたということ以外。


 エリーシャが彼を深く愛していたというのは、当時から彼女に仕えていた仲間の侍女たちの証言。

 アイラは扇を閉じた。手にしたそれを強く、握りしめる。折れてしまいそうな勢いで。

「忘れられないと言ったら何か変わるのかしら? わたしは皇女――だから、自分の結婚問題くらい、自分の感情と切り離してみせるわ!」


 アイラは走り去った。ダーシーの顔に扇を投げつけて。

 庭園に一番近かったイヴェリンの部屋に飛び込んで、ようやく大きく息をつく。驚いたように机に向かっていたイヴェリンが顔を上げた。

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