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口寄せの巫女

 真面目な顔になったジェンセンは、魔術師の着るローブを見苦しくない形に整えると床の上にあぐらをかいた。

 寝間着の上にガウンを羽織ったエリーシャとアイラも同じようにする。

「さて、皇女殿下――エリーシャ様」

 ジェンセンはエリーシャを見つめた。


「わたしは、皇帝陛下の直属として動いております――そのわたしが、あなたの呼び出しに応じてここまで来た。そのことからも、皇帝陛下はあなたの側に立っていると信じる理由にはなりませんか?」

「あんたが、おじい様の直属ってとこが怪しいじゃないの」

 エリーシャはふんと鼻を鳴らした。その手が、床に横たえた剣を引き寄せる。


「いい加減なことを言うと、叩き切るわよ」

「おお、怖い怖い」

 少しも怖がっていない口調でそう言うと、ジェンセンはエリーシャの前に左手を突き出した。

 その中指には、銀色に光る指輪がはめられている。ジェンセンは敵意などないと示すようにゆっくりと右手でその指輪に触れた。


「風の精霊よ、ジェンセン・ヨークの名において命じる。その口で真実を語れ」

 ゆらり、とその場の空気が変わるのがアイラにもわかった。エリーシャは眉を寄せて厳しい顔になる。彼女の口角が下がって、不機嫌そうな表情になった。

 アイラはめったに聞くことのない皇帝の声が指輪から聞こえてくる。その声は、宮廷魔術師をやめて、皇帝の密偵となるように命じていた。


「つまり?」

 命令を聞き終えたエリーシャは、器用に片方の眉を上げる。

「あのぅ、エリーシャ様」

「ん?」

「本当に皇帝陛下の命令なんですか? うちのばか親父が何か細工したとは思わないんです?」

 率直なアイラの問いに、エリーシャはくすりと笑った。


「大丈夫――タラゴナ皇帝家は魔術師としての力も持っているから。わたしも初級魔術くらいは押さえてるわよ。そうでなきゃ、魔術書読めるはずないでしょ――わたしが判断する限りでは本物」

「……」

 アイラは自分の父を疑り深い眼差しで見る。

「まあそんなわけで、ダーレーンとタラゴナを行き来しているというわけですよ、エリーシャ様」

 アイラにはかまわず、ジェンセンは勝手に話を進めていた。


「何かわかった?」

「なぁんにも」

 ジェンセンは大仰な仕草で肩をすくめる。

「なかなかダーレーン本国に入るというのは厳しくてね。言葉も違うし、苦労はしますよ――でも」

 思わせぶりに彼は声を潜める。


「タラゴナに手を伸ばしたがっているのは事実ですな――後は、セシリーとかいう女もダーレーン出身です。もとはダーレーンで口寄せの巫女をしていたとか」

「口寄せの巫女?」

 耳慣れない言葉に、アイラはまた首をかしげる。

「ええとね、タラゴナには存在しないけど、ダーレーンにはいるのよ。死者を乗り移らせて、その声を聞かせてくれる巫女――神殿や教会に属しているわけじゃないから巫女っていういい方も違うのかもしれないけど」


「なんで、そんな胡散臭い女がタラゴナ帝国に入ってくるのよ」

「――正式なルートでは無理でしょうな、皇女様」

 ふてぶてしい父親の後ろ頭を殴り倒してやろうかと、アイラはスリッパを握りしめた。

「ただし、ダーレーンの貴族の手引きがあるとなれば、話は別です。適当な貴族の娘という身分を作ってやれば、国境を越えるのは簡単だ――たとえそれが下級貴族でもね」

「下級貴族、ね。うまいところついてくるわ」

 エリーシャは組んだ手に顎を乗せて考え込んだ。

「下級貴族はうじゃうじゃいるものね。貴族って身分だけで保障はされているけれど、実際はどうだか――」

「そういうことですよ。そして、こちらの国内に入ってからは、レヴァレンド公爵家が後見人となっている――あまり表沙汰にはなっていませんがね」


「当たり前でしょ!」

 エリーシャの声音はきつい。

「タラゴナ貴族ともあろうものが、口寄せの巫女なんていかがわしい者に堂々と関わられては困るわ!」

 ジェンセンはエリーシャに同意するように、首を振った。


「――確かにそうですな。それにもう一つ理由があるのですよ」

 小さな声でジェンセンは言う。

「セシリーというのはたいそうな美女でねぇ。しかも目が見えないってんだから、同情心をそそる――まあ、演技ですがね」

「演技?」

「演技だよ。その方が、神秘性が高まるだろ? 死者の声を聞く能力と引き替えに視力を失ったというほうがね」


 演技かとたずねたアイラに父は言う。

「なんでわかるのよ」

 今度はエリーシャが口を挟んだ。

「杖なしにすたすた歩いている現場を目撃したんでね。わたし自身が、この目で」

 ひゅーう、とエリーシャは高く口笛を鳴らした。


「あなた密偵としても使い勝手がいいわね! パリィと交代させようかしら」

「あいにくですが、エリーシャ様。わたしは皇帝陛下の直属なので、交渉は陛下とお願いいたします」

「とりあえず、セシリーとやらに注意が必要ね。セシリー教団にも、レヴァレンド家にも」

 エリーシャは考え込んだ。


「現在わかっているのはこれだけです。まあ、またそのうちお邪魔しますよ。それでは、失礼します。あ、わたしにご用の際の連絡方法はこれで」

 エリーシャの手に何か落とし、ひょい、と肩をすくめたジェンセンは、そのまま姿を消す。

「父さん……転移の魔術は不得意なんですよねぇ。今度は変な場所に落ちなければいいけど」

 アイラは嘆息し、眠れないと言うエリーシャのために酒蔵に走ったのだった。


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