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皇女宮にくそ親父が乱入しました

 その夜、アイラはけたたましい悲鳴に叩き起こされた。

「この――! 変質者が! アイラ、ゴンゾルフ呼んできて!」

「ちょ、待った! 呼ばれたから来ただけで――!」

 その声にアイラは聞き覚えがあった。アイラは、慌てて明かりをつける。

「この時間にここに来るか、くそ親父!」


 床の上で頭を押さえているのはジェンセンだった。

 空中から現れたまではよかったが、着地した場所が悪かった。時期皇位継承者のベッドの上。剣を抜かずに鞘ごと殴られただけですんだのは運が良かっただろう。

「――だめだなぁ、アイラ。皇女様より起きるのが遅いなんて。パパ、殴られちゃったよ」

 頭をかきながら苦笑いしているジェンセンをアイラは思い切り殴りつけた――寝室用のスリッパで。


「何でこんな時間に来るのよ――」

 アイラはぼやき、エリーシャは寝間着の上にガウンを羽織って、ベッドに腰を落とす。

「緊急事態だと思ったもので」

 しれっとした顔で、ジェンセンは床に直接座り込んだ。魔術師のローブが床に広がる。


「――後宮、それに皇女宮に入り込むなんてなかなか大胆不敵ね」

 くすりとエリーシャは笑って、ジェンセンを手招きした。

「昔取った杵柄というやつでね。皇宮全体に施されている防御結界をすり抜ける術を心得てるってわけですよ、エリーシャ様」

 エリーシャは口元を歪めた。

「さて、教えてちょうだい。なぜ、あなたは死者に関する術を探ってるの?」


 ジェンセンは、ぽりぽりと頭をかく。

「さてと、皇女様。この後宮は大きく分けて二つのグループに分けられるということはお気づきですか?」

「二つのグループじゃないわ。三つでしょ」

 エリーシャは肩をすくめた。

「一つは、おばあ様、リリーア、セルヴィス。もう一つがおじい様と愛人たち。それにわたし」


「いえいえ、エリーシャ様。皇帝陛下はエリーシャ様側ですよ」

 アイラは二人が会話しているのを眺めていた。何しろこの時間だ。お茶の用意というわけにもいくまい。

「うぅん、ちょっと待って……はん、そういうことね」

「さすが皇女様、すぐにおわかりいただけると思いましたよ」

 わかっていないのは、アイラだけだった。


 エリーシャは、アイラの方にちらりと視線を向ける。

「要はダーレーンの血が入っている人と、入っていない人の二つに分類されるってことよ」

「……ダーレーン……」

 ダーレーン王国は、タラゴナ帝国と国境を接する国だ。皇后オクタヴィアにも、リリーアにもダーレーンの血が流れている。


「でも、ダーレーンの血が流れているといっても、それと死者に関する魔術は関係ないでしょう?」

 ジェンセンが真面目な顔になった。

「セシリー教団についての情報を集めるよう、ゴンゾルフに命じたな。皇女殿下?」

 エリーシャはうなずく。


「皇女近衛騎士団が動くわけにはいかないから、ゴンゾルフから皇宮騎士団を通じて、調査を頼んだってわけ。あちらには調査専門の部隊があるし――」

 正確には、騎士団の下にいる部隊になる。そちらに属しているのは、貴族ではなく平民だ。

「それと、皇女様ご自身でも動いてらっしゃる」


「そうね、個人的に使っている密偵に頼んだわ――最近、皇宮に出入りする貴族たちの間にセシリー教団に出入りする者が増えているのに気づいたから」

 エリーシャは素直に認めた。

「今頃パリィは教団に入り込んでいるはずよ。こっちから連絡をとるとは言ったけど――重大なことを発見すれば向こう側から連絡あるだろうから、まだ何もわかってないんでしょうね」


 ふむ、とジェンセンは顎に手を当てる。エリーシャはたたみかけた。

「セシリー教団とユージェニーのつながりは?」

「……それはないと思う。あいつが望むのは――自分のことだけだからな」

「自分のことだけって?」

 好奇心に負けて、アイラは身を乗り出す。


「あいつ、今、魔術師組合とは離れたところで動いてるんだよ」

 タラゴナ帝国内だけではなく、魔術師たちは基本的には組合に属することになっている。組合に属していれば、貴重な魔術書を閲覧する機会にも恵まれる。仲間たちとの情報収集もスムーズに行われる。

 そこを離れると言うことは、組合の掟から自由になるということでもあるが、反面、自身の研究に遅れが生じる可能性があるということでもある。


 入手できる情報量がまるで違う。したがって、組合を離れる魔術師はよほどの変わり者ばかりだ。

「離れて何してるの?」

「暗殺者として、どっかの誰かに雇われてるらしい――てのが魔術師仲間の間に流れている噂話だ。その報酬で、あいつは自分の研究に邁進してるってわけさ」

「自分の研究って?」

 興味深そうに、エリーシャはジェンセンの方へとわずかに身を乗り出した。


「不老不死――というか、美貌を保つ術、と言った方が正しいだろうなぁ」

「ずいぶん、詳しいのね――『パパ』?」

 パパという単語に嫌みをこめて言ってやると、ジェンセンはははっと豪快に笑った。

「いやー、パパ昔彼女とおつきあいしていたことがあってねぇ。その時にいろいろ教わったんだよ」

「……この、くそ親父!」

 ――ほんのちょっとの間だけだけどね、という続きの言葉はアイラのスリッパによって阻まれたのだった。

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