絶対デートにはならないわけで
久しぶりにアイラが外出を許されたのは、床を離れて数日後のことだった。父親のこともあり、アイラ自身狙われている可能性もあるため、一人での外出というわけではない。
アイラの見えないところで、こっそり宮廷魔術師が護衛につき、堂々と付き添うのはフェランだった。
「……何でフェラン様が一緒なんでしょうね」
町で暮らしていた頃の服を着て、アイラは後宮の裏口――ではなく、裏口と化している隠し通路――からこっそり後宮を出た。
「そりゃ、護衛が必要だからだろ。俺じゃ不満?」
「不満なのではなく、分不相応だと言ってるんですよ」
今日のフェランは、皇女近衛騎士団の制服ではなく私服を着込んでいた。
「側から見てたらさ、俺たちデート中に見えない?」
「――見えませんよ」
フェランの服の仕立てはアイラのものとはまるで違う。どう贔屓目に見ても、主人の外出につき合わされるメイドないし侍女と言ったところだ。
「えー、アイラ、つれないなぁ」
アイラはふんと鼻を鳴らした。フェランの戯言につき合っている場合ではない。今回の外出も、フェランと楽しくデートしているわけではないのだ。
アイラは出た後、繁華街をつっきって、自分の家へと戻った。アイラの数歩後をひょこひょことフェランがついてきているのは気づいていない振りをする。
久しぶりの自宅は、どこかよそよそしいように感じられた。家を出る前に大家に頼んであったから、時々風を通すことはしてもらっているものの、人の気配のない家はがらんとしている。
父が帰ってきた気配はなかった。やれやれとため息をついて、アイラは皇女からの伝言を父の机に残す。
仮に何者かが押し入ってこの手紙を見たとしても、何を意味しているのかはわからないだろう。アイラ自身の手で、今働いている場所に会いに来て欲しいと書いてあるだけなのだから。
その裏にある情報をよこせというエリーシャの意図まではわかるまい。わかるとすれば――皇女に敵対する何者か――アイラが後宮に勤めているだけではなく、同時に「保護」もされていると知っている者のみ。
自分の家だというのに、アイラは緊張していた。後ろから何者かに追われているのではないか、狙われているのではないかという不安に襲われる。
「――アイラ」
まさか自分がこんなことに巻き込まれるなんて思っても見なかった。だいたい、父のことだって研究熱心だけどぼんくらだとばかり思っていたのに。
「大丈夫か?」
父の机の前に立ったまま動けないアイラに、フェランが声をかけた。
「……大丈夫です」
フェランがアイラの腕をとる。
「帰る前に飯でも食べていかないか? うまい店を知ってるんだ」
「遠慮しときます。さっさと帰りたいんで」
狙われているかもしれないというのに、のんきに外をうろつく気にはなれなかった。
「えー、二人で逃避行した仲じゃないか」
「誤解を招く言い方はやめてください。追っ手から逃げただけです」
「――アイラは俺につれない」
「愛想よくする必然性を感じません」
「命がけで守ってあげたのに」
「恩着せがましい割に、わたし重傷負ってるんですけど」
「それは……」
フェランがう、とうなったところで、アイラは家を出た。彼が後を追ってくるのを待って、しっかりと戸締まりをする。
それから大家の家によって、もう一度挨拶をしてから後宮に戻る道を歩き始める。
「アイラは何でそんなに俺のことを嫌うわけ?」
急ぎ足に歩くアイラの後を悠々と歩きながらフェランはたずねる。アイラはくるりと向き直った。
「――ろくなことがないからですよ、フェラン様」
これがライナスなら――万が一にもないだろうが――アイラは素直に誘いに乗っただろう、たぶん。
彼の好意がどこに向いているか知っているし、実直な人柄にも好感を持っている。ぶっきらぼうなのは知っているが、信頼できる相手だとも思っている。
それがフェランとなると――アイラは首を横に振る。皇宮騎士団に属する者はそれが皇女近衛騎士団でも、都の女性たちの憧れの的だ。
フェランがしばしば違う女性と出歩いているのは、皇宮内の噂に詳しいファナがあちこちから仕入れてくるから知っている。
「だいたい、フェラン様こそなんでわたしに関わりたがるんですか?」
その言葉に、フェランの方が黙り込む。
「わたしに関わると、何かいいことがあるんですか?」
「……」
「そこで首かしげないでくださいよ!」
さて、ここで首を捻られて傷つけばいいのだろうか、流せばいいのだろうか。
もっとも、フェランのような人種にとって自分がそれほど魅力のある存在ではないことも十分承知しているつもりではあるが。
自分と親しくしたがる裏には、絶対何かあるとアイラは踏んでいる。まさか、エリーシャに近づく手段が欲しいとか?
なにせ、皇帝一家の住居である後宮内の一部には入ることを許されても、その奥の皇女宮までは許されていない。
アイラを籠絡することができれば、皇女宮に潜り込む手段の一つになるかもしれない。しれないが、かなり不愉快な話だ。利用されて喜ぶほど人間ができているわけじゃない。
「まったく――、用事が済んだんだからさっさと帰りますよ!」
皇女宮まで戻る間、フェランはずっと首を捻り続けたままだった。