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ユージェニーの謎

 アイラはそれから二週間、床から離れることを許されなかった。新しく入ったベリンダを含め、エリーシャの侍女たちは後宮内をあっちこっち忙しく行き来している。

 アイラも早くその輪の中に加わりたいと思ったけれど、エリーシャに許されなかった。あれから二度、レヴァレンド侯爵の長男、ダーシーからは面会の申し入れがあったらしい。


 エリーシャは不愉快な顔をしながらも、「おばあ様が何を考えているかわかるかもしれないから」と、皇帝宮の中の一室で彼と過ごしたらしい。

 二度目に二人そろって庭園を散歩したのだけれど、手を握ろうとする彼の手をものすごい勢いで払い落としたというのは、付き添っていたファナの目撃証言だ。


 ファナとイリアは控え室の方に追いやっておいて、ベリンダはアイラの前に何冊かの本を並べた。

「やっぱり、死者蘇生なんだろうね」

 アイラの自宅から持ってきた本は、全てベリンダの手によってより分けられたのだそうだ。アイラは魔術に関しては素人だから、彼女が来てくれて本当によかったと思う。エリーシャの作業も楽になったことだし。


「死者に関する禁忌の術はいくつかあるんだけど――魂を殺して、肉体だけ操るとか。死者の霊魂を呼び出して、生きた人間の肉体を乗っ取らせるとか」

 ベリンダは指を折って一つ一つ、思いつく魔術を上げていく。

「後は死者を生き返らせる――この場合は、元の肉体の魂が肉体に宿ることになるんだけど。これも難しいんだよねぇ」

 自分はやったことないけれど、とベリンダはつけ足した。


「まあ、あの世と会話するくらいなら街角の魔術師崩れもやるだろ? あれも本当はあまりよくないんだけどね。あたりにいる何の関係もない霊を呼びよせたりするからさ。でも、ジェンセンが調べていたのはそんなレベルじゃない――最後に読んでいた本から判断すると、死者を生き返らせて自在に操ろうとする死者操術が一番可能性が高いかな」

 エリーシャは興味深げに、ベリンダの並べた本を眺めている。

「それって難しいの?」

 ベリンダは大きく首を降った。


「難しいどころの話じゃない――二段階で術を成功させなきゃならないからね。まずは死者の肉体に魂を植え付けること。次にその死者を自在に操ること――それでも生きている人間を複数同時に操るよりは簡単かもしれない」

「ジェンセンなら、それに成功すると思う?」

「わたしの知ってる限りでは、ジェンセン・ヨークか――ユージェニー・コルスくらいかな」

 エリーシャの問いに、ベリンダは二人の名を上げた。それから天井を見上げてしばらく考えた後、もう一人の名前をつけ足す。


「後はユーディーン、という名前だけ知られている魔術師。もっとも彼は行方不明になってから十年以上たっているからもう死んでいるかもしれないけどね」

 ベッドから上半身を起こしたアイラは、おそるおそるたずねた。

「ユージェニー・コルスって、三十代……うぅん、二十代後半くらいの割と美人な?」

 アイラの脳裏には父と対峙していた女魔術師の姿が蘇っていた。背が高くて、女性としての魅力に溢れていたと思う。


「ああ、アイラ――というか皇女を殺そうとした魔術師でしょ、間違いない」

 それから、ベリンダはとんでもないことを口にした。

「もっともあいつは中身八十以上のばーさんだけどね」

 アイラとエリーシャは顔を見合わせて目をぱちぱちとさせた。

「え、だって、どう見ても二十代……でなければ三十代で」


 無愛想な声音は変わらずにベリンダは言った。

「あの女、わたしの師匠の愛人だったんだよ。当時から姿が変わらない化け物でね。八十というのも最低限見積もっての話。ひょっとすると百過ぎているかもしれない」

「うそぉ……」

 アイラの口から気の抜けた声が漏れた。いくら何でもそんな年には見えなかった。


「さて、それはさておき、だよ。あんたの父親を呼び戻す手段を考えないとね」

 ベリンダは腕組みをする。エリーシャはぺらぺらと書物を捲っていた手を止めた。

「パリィに連絡してみたんだけどね。セシリー教団の方には動きはないみたい――だけどまあずいぶんとぼったくりな話なのよね」

「ぼったくり、ですか」

 ふん、とベリンダが鼻を鳴らす。


「おおかた死者の声を聞かせてやるとかなんとか言って、引き替えに大金を要求しているんだろうよ。あいつらのやることなんて大概そんなもんだ」

「あらよくわかってるじゃない」

 くすくすとエリーシャは笑う。それから、パリィ自ら教団内部に潜入したらしいという情報を教えてくれた。


「彼に調べさせた方がいいものとかあるの?」

 腕組みしたままベリンダは考え込んだ。

「アイラの話からすると、ユージェニーの死者操術はまだ完璧じゃないと思う。『ぐずぐずになる』ってジェンセンは言ってたんだろ?」

 こくり、とアイラはうなずいた。あの森での出来事は思い出したくもなかったがしかたない。


「ということは、だ。おそらく死者操術の一段階目。呼び出した魂と肉体の結合がうまくいっていない。だから、死体が腐ってくんだろうと思うね」

「……すごく……臭かった……」

「教団とユージェニーの間につながりはないかな。死者の声を聞くってだけなら難しくはないが――本がこの状態だからね。使い手はそれほど多くない。そもそも禁忌だし」

 ベリンダは、エリーシャの持っている「おいしいお魚料理のレシピ集」に見せかけた魔術書の方へ顎をしゃくった。


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